↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
119/120

第119話 名前

――「明日」


 俺は。


 その景色を。


 知っていた。


 南の町。


 古びた街灯。


 少し傾いた家の屋根。


 夜になると。


 どこからか聞こえてくる。


 犬の鳴き声。


 風に揺れる木々。


 そして。


 家の前に立つ。


 一人の人影。


「……母さん」


 もう一度。


 俺は呟いた。


 人影が。


 こちらを向く。


「おかえり」


 やっぱり。


 母さんの声だった。


「……ただいま」


 自分でも。


 驚くほど。


 自然に出た。


 ミラが。


 俺の隣に立つ。


「本物?」


「分からない」


「また?」


「ああ」


 母さんが。


 少し笑った。


「それでいいのよ」


「……」


「分からないものを」


「無理に決めなくても」


 その言葉に。


 俺は。


 足を止めた。


 聞いたことがある。


 いや。


 何度も。


 聞いた。


 この物語の。


 ずっと前から。


 何度も。


「……母さん」


「なあに?」


「俺が」


「何者なのか」


「知ってた?」


 母さんは。


 少しだけ。


 黙った。


「知っていたこともある」


「知らなかったこともある」


「……」


「でも」


「あなたが何者なのかより」


「あなたが」


「あなたでいることの方が」


「大切だった」


 胸が。


 痛くなった。


 母さんが。


 俺の方へ歩いてくる。


「あなたを拾った日のこと」


「覚えてる?」


「……ああ」


 だが。


 記憶は。


 曖昧だった。


 小さな身体。


 古い布。


 そして。


 ――三十二。


「俺は」


「赤ん坊だった?」


 母さんは。


 少し困ったように笑う。


「そう見えたわ」


「……見えた?」


「ええ」


「本当は?」


「本当は」


 母さんが。


 俺を見る。


「分からない」


「……」


「あなたは」


「泣いていなかった」


 その一言に。


 俺は。


 息を止めた。


「赤ん坊なのに?」


「ええ」


「眠ってもいなかった」


「じゃあ」


「何をしてた?」


 母さんは。


 静かに答えた。


「私を」


「見ていた」


 ――。


 五十年前。


 Mが。


 誰かを観測していた。


 Rが。


 選択を拒んだ。


 そして。


 名前のない存在が。


 誰かを呼んだ。


 全部が。


 繋がっているような。


 気がした。


「母さん」


「俺は」


「最初から」


「俺だったのかな」


 母さんは。


 すぐには答えなかった。


 そして。


 俺の胸に。


 手を当てた。


「あなたが誰だったかは」


「私は知らない」


「……」


「でも」


「あなたが」


「ここで生きてきたことは」


「知ってる」


「あなたが」


「笑ったことも」


「怒ったことも」


「怪我したことも」


「仕事で帰ってきて」


「疲れたって言ったことも」


 母さんが。


 笑う。


「全部」


「あなたのものよ」


 俺は。


 何も言えなかった。


 後ろから。


 ミラの声がする。


「……それでいいんじゃない?」


「ミラ」


「過去のレインが何人いたって」


「今のレインは」


「今ここにいる」


 俺は。


 頷いた。


「……そうだな」


 その時。


 家の扉が開いた。


 父さんが。


 出てくる。


「お前ら」


「遅いぞ」


「……父さん」


「飯」


「冷めるぞ」


「いや」


 俺は。


 少し笑った。


「今、飯?」


「何か悪いか」


「世界が再構成されてる最中なんだけど」


「腹が減ってる方が問題だ」


 ミラが。


 吹き出した。


「お父さん」


「何だ」


「最高」


「そうか」


「はい」


「じゃあ飯を食え」


「はい!」


 俺は。


 思わず笑った。


 こんな状況なのに。


 妙に。


 いつも通りだった。


 だが。


 家の中に入ろうとした瞬間。


 父さんが。


 俺の腕を掴んだ。


「……待て」


「何?」


「その前に」


 父さんの顔から。


 笑みが消えた。


「一つだけ」


「聞きたい」


「……何?」


「お前は」


「帰ってきたのか?」


「……」


 俺は。


 父さんを見る。


「帰ってきた」


「本当に?」


「……ああ」


 父さんは。


 しばらく俺を見る。


 そして。


 手を離した。


「なら」


「それでいい」


 その瞬間。


 世界が。


 また揺れた。


 ――世界再構成:51%→68%。


「……!」


 ミラが。


 空を見る。


「急に増えた!」


 家。


 町。


 街灯。


 空。


 全部が。


 少しずつ。


 色を取り戻していく。


 白かった世界が。


 現実になっていく。


 でも。


 同時に。


 俺の耳元で。


 システムの声がした。


 ――世界定義を開始します。


 俺は。


 振り返った。


「……やっぱり来たか」


 空に。


 無数の文字が浮かぶ。


 ――人間。


 ――町。


 ――記憶。


 ――名前。


 ――過去。


 ――未来。


 次々と。


 世界が。


 定義されていく。


 ミラが。


 俺の隣に立つ。


「止める?」


「いや」


「え?」


「全部止める必要はない」


「じゃあ」


「どうするの?」


 俺は。


 空を見た。


 世界を。


 もう一度。


 作り直す必要はない。


 でも。


 全部を。


 システムに。


 決めさせる必要もない。


「選べるようにする」


「……」


「世界を」


「一つの答えにしない」


 ミラが。


 笑った。


「それ」


「レインらしい」


 その時。


 空に。


 最後の選択肢が出た。


 ――世界を定義しますか?


 ――はい。


 ――いいえ。


 そして。


 その下に。


 いつもの。


 空白。


 ――未定義。


 俺は。


 その空白を見つめる。


 だが。


 今回は。


 それを選ばなかった。


「……違う」


「え?」


「今まで」


「俺たちは」


「“決めない”ことで」


「システムを止めてきた」


「うん」


「でも」


 俺は。


 町を見る。


 家を見る。


 ミラを見る。


 母さんを見る。


 父さんを見る。


 そして。


 自分を見る。


「決めないことだけが」


「自由じゃない」


 ミラが。


 静かに頷く。


「うん」


「選びたい時に」


「自分で選べること」


「それが」


「自由」


 その瞬間。


 空の文字が。


 全部消えた。


 ――選択権:個別化。


 ――世界定義:強制解除。


 ――名称決定権:本人。


 ――役割決定権:本人。


 ――生存決定権:本人。


 そして。


 最後に。


 ――自由領域:63%→89%。


「……89」


 ミラが。


 目を丸くする。


「一気に増えた」


「ああ」


 だが。


 世界再構成は。


 まだ。


 ――68%。


「……まだだな」


 俺が呟く。


 その瞬間。


 町の奥から。


 声が聞こえた。


「レイン」


 俺は。


 振り返る。


 そこには。


 Mがいた。


 Rもいる。


 Sも。


 第四生存も。


 第五存在も。


 そして。


 あの名前のない少年も。


 全員が。


 こちらを見ている。


「……」


 Mが。


 微笑む。


「もう」


「私たちは」


「あなたに選ばせない」


 Rが。


 続ける。


「私も」


「自分で選ぶ」


 Sが。


 笑う。


「僕は」


「生きている」


 第四生存は。


 何も言わない。


 ただ。


 そこにいる。


 第五存在が。


 初めて。


 自分から。


 俺に近づいてきた。


『僕は』


『まだ』


『分からない』


「それでいい」


『うん』


 そして。


 最後に。


 名前のない少年が。


 俺を見る。


「僕は」


「まだ名前がない」


「ああ」


「でも」


「いつか」


「呼ばれるかもしれない」


「そうだな」


「その時は」


「自分で答える」


「……ああ」


 少年が。


 笑った。


 その瞬間。


 世界再構成率が。


 動く。


 ――68%→89%。


「……」


 あと。


 十一。


 俺は。


 空を見る。


 すると。


 最後の扉が。


 空に浮かんだ。


 その扉には。


 何も書かれていない。


「……」


 ミラが。


 俺を見る。


「最後の扉」


「ああ」


「何て書く?」


「分からない」


「レイン」


「何だ?」


「今度は」


「あなたが書いていいんじゃない?」


 俺は。


 扉を見る。


 そして。


 指先で。


 空中に。


 一文字。


 書いた。


 ――明日。


 扉に。


 文字が刻まれる。


 ――明日。


 世界が。


 静かに。


 光に包まれた。


 その中で。


 最後に。


 システムが。


 問いかけてくる。


 ――最終選択者:現在のレイン。


 ――最終選択を開始します。


 俺は。


 目を閉じる。


 そして。


 思った。


 俺は。


 もう。


 誰かになる必要はない。


 三十二でも。


 七でも。


 Rでも。


 M-02でも。


 誰かの作ったレインでもない。


 俺は。


 俺だ。


 だから。


 最後に選ぶものは。


 名前じゃない。


 役割でもない。


 過去でもない。


 未来ですらない。


 俺が選ぶのは。


 ――どう生きるか。


 目を開ける。


 その瞬間。


 世界再構成率が。


 ――89%→99%。


 あと。


 1%。


 なのに。


 世界は。


 そこで。


 止まった。


「……?」


 ミラが。


 空を見る。


「レイン」


「ああ」


「なんで」


「99%から」


「進まないの?」


 俺は。


 笑った。


「たぶん」


「最後の1%は」


 空に。


 最後の一行が浮かぶ。


 ――誰にも決められない領域。


 俺は。


 それを見上げる。


 そして。


 初めて。


 この世界が。


 俺たちに。


 答えを求めていないことに気づいた。


 最後の1%は。


 誰かが。


 決めるものじゃない。


 誰かが。


 作るものでもない。


 明日。


 生きている者が。


 その日その日に。


 選ぶもの。


 だから。


 99%で。


 いい。


 俺は。


 ミラを見る。


「帰るぞ」


「どこに?」


「家」


「……」


 ミラが。


 笑った。


「うん」


 俺たちは。


 歩き出した。


 そして。


 背後で。


 最後の文字が。


 静かに。


 浮かんだ。


 ――世界再構成:99%。


 ――残り1%:明日へ委譲。


 俺は。


 振り返らなかった。


 明日が。


 どうなるかなんて。


 分からない。


 でも。


 それでいい。


 なぜなら。


 明日は。


 まだ。


 誰のものでもないからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。