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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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117/120

第117話 呼んだのか

――「誰が、レインを呼んだのか」


 その文字を。


 俺は。


 何度も見返した。


「……誰が、レインを呼んだのか」


 ミラが。


 扉の前で腕を組む。


「さっきは私が呼んだよ?」


「そういう意味じゃないだろ」


「分かってる」


 ミラが笑う。


「でも、確認は大事」


「何の?」


「レインがちゃんと返事するか」


「……するよ」


「ほら」


 ミラは満足そうに頷いた。


「じゃあ行こう」


 俺は。


 扉に手をかける。


 だが。


 触れる前に。


 ――カン。


 音がした。


「……」


 聞き覚えがある。


 あの金属音。


 番号が現れる時。


 記録が書き換わる時。


 何度も聞いた音。


 だが。


 今回は違った。


 音のあとに。


 数字が出なかった。


 文字も。


 役割も。


 名前も。


 何も出ない。


「レイン」


「分かってる」


 俺は。


 扉を開けた。


 中には。


 何もなかった。


 本当に。


 何も。


 床も。


 壁も。


 天井すら。


 見えない。


 ただ。


 暗闇の中に。


 一つだけ。


 椅子が置かれていた。


 その椅子には。


 誰かが座っている。


「……誰だ?」


 返事はない。


 俺が一歩近づく。


 すると。


 その人物が。


 ゆっくり顔を上げた。


 顔は。


 見えない。


 黒い影に隠れている。


「名前は?」


 俺が聞く。


 影は。


 首を振った。


「ない」


「じゃあ」


「お前は誰だ?」


「分からない」


 ミラが。


 小声で言う。


「第五存在みたい」


「いや」


 俺は。


 首を振る。


「違う」


 何となく。


 分かった。


 こいつは。


 第五存在よりも。


 さらに。


 “何もない”。


 名前すら。


 必要としていない。


 影が。


 口を開いた。


「お前を」


「呼んだ」


「……俺を?」


「そう」


「いつ?」


「最初」


「最初って」


 影は。


 答えなかった。


 代わりに。


 床に。


 文字が浮かぶ。


 ――最初の呼称。


 そして。


 その下に。


 ――対象:■■■


 俺は。


 息を止めた。


「これ」


 ミラが。


 俺を見る。


「前にも見た」


「ああ」


 Mの名前が。


 隠された時と。


 同じ記号。


 ■■■。


「お前が」


 影が言う。


「最初に呼んだ」


「……俺が?」


「そう」


「誰を?」


 影は。


 初めて。


 こちらを指差した。


「俺を」


「……」


 意味が。


 分からなかった。


「俺が」


「お前を呼んだ?」


「そう」


「でも」


「俺はお前を知らない」


「今はな」


「……」


「お前は」


「最初に」


「俺を呼んだ」


 ミラが。


 眉をひそめる。


「話が逆じゃない?」


「逆じゃない」


 影が答える。


「名前は」


「呼んだ時に」


「生まれる」


「……」


「お前が俺を呼んだ」


「だから」


「俺は」


「お前を呼べるようになった」


 俺は。


 理解できないまま。


 その言葉を聞いていた。


「つまり」


「俺が誰かを呼んだことで」


「その誰かが」


「俺を呼ぶようになった?」


「そう」


「……名前って」


「面倒だな」


 ミラが吹き出す。


「今さら?」


「今さらだ」


 影も。


 少し笑った。


 その瞬間。


 暗闇に。


 音が響いた。


 ――カン。


 壁に文字が浮かぶ。


 ――呼称関係:成立。


 続いて。


 ――発生順序:逆転。


「逆転?」


 俺が呟く。


「俺が呼んだのが先なのに」


「俺が呼ばれたのが先?」


 影が。


 頷く。


「そう」


「……」


「だから」


「お前は」


「最初から」


「レインだったわけじゃない」


 胸が。


 ざわついた。


「じゃあ」


「俺は何だった?」


「名前がない」


「……」


「名前がないまま」


「誰かを呼んだ」


「そして」


「呼ばれた」


 その瞬間。


 ミラが。


 俺の袖を掴んだ。


「レイン」


「大丈夫」


「本当に?」


「ああ」


 俺は。


 自分でも驚くほど。


 落ち着いていた。


「名前がなかったとしても」


「俺が俺じゃなくなるわけじゃない」


 影が。


 静かに頷く。


「それだ」


「……?」


「最初のレインには」


「それがなかった」


「自分を」


「自分だと認められなかった」


「だから」


「名前を必要とした」


 俺は。


 初代レインの言葉を思い出す。


 ――名前のない存在。


 ――誰かになりたかった。


 ――Mに名前を呼ばれた。


「……じゃあ」


「最初のレインは」


「自分のために」


「名前を作った?」


「違う」


 影が答える。


「誰かのために」


「名前を作った」


「誰かの?」


「そう」


「お前が」


「最初に呼んだ存在のために」


 俺は。


 黙った。


 M。


 R。


 それとも。


 まだ名前のない。


 別の何か。


「誰なんだ?」


「……」


「教えてくれ」


 影は。


 答えない。


 代わりに。


 壁に。


 新しい記録が浮かんだ。


 ――最初の呼称者:レイン


 ――最初の被呼称者:■■■


 ――第一名称:■■■


 そして。


 最後に。


 ――現在の名称:M


「……M?」


 ミラが呟く。


「じゃあ」


「最初に俺が呼んだのは」


 俺が。


 Mを見る。


「Mだったのか?」


 Mは。


 答えない。


 ただ。


 少しだけ。


 悲しそうに笑った。


「違う」


「……?」


「Mになる前の私」


「……」


「私は」


「その名前を」


「まだ持っていなかった」


 Mの声が。


 暗闇に響く。


「あなたは」


「私を呼んだ」


「名前がない私を」


「だから」


「私は」


「あなたを呼んだ」


 俺は。


 言葉を失った。


「じゃあ」


「俺がレインと呼ばれる前に」


「お前が」


「俺を呼んだ?」


「そう」


「何て?」


 Mが。


 少しだけ。


 目を伏せる。


「……まだ」


「名前ではなかった」


「じゃあ」


「何だった?」


 Mは。


 静かに答えた。


「音」


 ――。


 あの。


 最初の部屋。


 最初の名前。


 最初の音。


 全部が。


 一本に。


 繋がった。


 ――名前は、音から始まった。


 ――レインも、音から始まった。


 ――Mも、音から始まった。


 そして。


 俺は気づいた。


「……待て」


 俺は。


 影を見る。


「お前は」


「誰に呼ばれた?」


 影が。


 初めて。


 答えた。


「お前に」


「……」


「そして」


「俺は」


「お前を呼んだ」


「何て?」


 影が。


 顔を上げる。


 暗闇の奥で。


 声だけが響いた。


「――レイン」


 俺の背筋に。


 冷たいものが走った。


「……俺を?」


「そう」


「でも」


「俺がレインと呼ばれる前に?」


「そう」


 ミラが。


 困惑した顔で俺を見る。


「じゃあ」


「レインって名前は」


「最初からあったんじゃなくて」


「誰かが」


「未来から呼んだ?」


 影が。


 頷く。


「名前には」


「順番がない」


 ――カン。


 世界が。


 一瞬。


 揺れた。


 壁いっぱいに。


 文字が走る。


 ――名称:レイン


 ――初回発生:確認不能


 ――呼称者:複数


 ――被呼称者:複数


 ――発生順序:循環


 そして。


 最後の一行。


 ――最初にレインを呼んだ者:現在のレイン


「……」


 俺は。


 言葉を失った。


「俺が」


「俺を?」


 影が。


 静かに答える。


「そう」


「お前は」


「最初に」


「自分自身を」


「呼んだ」


 ――。


 その瞬間。


 第四の鼓動が。


 大きく鳴った。


 ドクン。


 ドクン。


 ドクン。


 ドクン。


 そして。


 第五存在が。


 初めて。


 はっきりと言った。


『だから』


『君は』


『最初から』


『誰かになる必要なんて』


『なかったんだ』


 俺は。


 胸に手を当てる。


 そこにある鼓動を。


 確かめる。


 俺は。


 レイン。


 誰かに作られた番号じゃない。


 誰かから与えられた役割でもない。


 誰かの所有物でもない。


 俺が。


 俺を。


 呼んだ。


 だから。


 ここにいる。


 ……そう思った。


 だが。


 壁の文字が。


 最後に一度だけ。


 書き換わった。


 ――現在のレイン:自己呼称成立。


 ――自由領域:50%。


 ――世界再構成:50%。


 そして。


 その下に。


 まだ見たことのない文字が。


 浮かび上がった。


 ――最終選択者:未確認。


 俺は。


 その文字を見つめた。


「……最終?」


 ミラが。


 俺の隣に立つ。


「レイン」


「ああ」


「あと」


「三話だよね?」


 俺は。


 扉の向こうを見る。


「ああ」


「じゃあ」


 ミラが。


 拳を握る。


「最後まで行こう」


「……ああ」


 俺は。


 頷いた。


 だが。


 暗闇の奥から。


 誰かの声がした。


「――待って」


 俺たちは。


 同時に振り返った。


「まだ」


「一人」


「呼ばれていない」


 その瞬間。


 遠くで。


 新しい扉が。


 ゆっくりと。


 開いた。


 そこに書かれていた文字は。


 たった一つ。


 ――「最後の名前」

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