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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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116/120

第116話 最初のレイン

――「最初のレイン」


 その扉を。


 俺は。


 しばらく見ていた。


「……最初のレイン」


 ミラが。


 小さく読む。


「前にも出てきたよね」


「ああ」


「でも」


「今度は違う気がする」


「……俺もだ」


 扉には。


 番号がない。


 役割もない。


 ただ。


 名前だけ。


 ――最初のレイン。


「入るぞ」


「うん」


 俺が。


 扉を開ける。


 中には。


 一人の男がいた。


 背を向けている。


 年齢は。


 分からない。


 服装も。


 今まで見たものとは違う。


 ただ。


 その声だけは。


 聞いたことがあった。


「……お前」


 男が。


 振り返る。


「久しぶり」


 俺と。


 同じ顔。


 少しだけ。


 古い。


「……初代レイン?」


「そう呼ばれていた」


「本当に?」


「分からない」


「またそれか」


 男が。


 少し笑う。


「この場所では」


「“本当に誰なのか”なんて」


「簡単には決まらない」


 ミラが。


 男を見る。


「あなたは」


「私たちが前に会った人と同じ?」


「違う」


「じゃあ」


「同じ顔をした別人?」


「それも違う」


「……」


 ミラが。


 困った顔をする。


「難しい」


「俺もそう思う」


 男は。


 椅子に座った。


「俺は」


「最初のレインではない」


「……」


「だが」


「最初のレインが」


「最初に選んだものを」


「知っている」


「何を?」


 男が。


 俺を見る。


「名前だ」


 ――。


 胸の奥が。


 ざわついた。


「俺の名前?」


「違う」


「じゃあ」


「Mの名前?」


「それも違う」


「R?」


「違う」


「……」


 男は。


 静かに言った。


「最初のレインが」


「最初に選んだのは」


 一拍。


「“呼ぶ”ことだ」


「……」


 俺は。


 息を止めた。


「呼ぶ?」


「ああ」


「誰を?」


「まだ」


「名前のないものを」


 ミラが。


 小さく呟く。


「……M?」


「そう」


 男が。


 頷く。


「Mになる前の存在」


「それを」


「最初のレインが呼んだ」


 俺は。


 さっき見た記録を思い出す。


 ――呼称者:レイン。


「じゃあ」


「俺がMを呼んだ?」


「お前ではない」


「……」


「最初のレインだ」


「同じじゃないのか?」


「違う」


 男は。


 即答した。


「名前は同じでも」


「選んだ者が違う」


「……」


 俺は。


 眉をひそめる。


「どういう意味だ?」


「名前は」


「受け継げる」


「でも」


「選択は」


「受け継げない」


「……」


「最初のレインが」


「Mを呼んだ」


「その後」


「別の誰かが」


「レインと呼ばれた」


「そして」


「お前が」


「今のレインになった」


 俺は。


 黙った。


「つまり」


「レインって名前は」


「何人も使った?」


「そう」


「でも」


「同じ人間じゃない」


「そういうことだ」


 ミラが。


 俺を見る。


「だから」


「記録がめちゃくちゃだったんだ」


「ああ」


 五十年前。


 二十八年前。


 現在。


 全部の記録に。


 “レイン”がいる。


 でも。


 同じ一人ではない。


 名前だけが。


 残っていた。


「じゃあ」


「俺は何代目だ?」


 男は。


 首を振る。


「数える必要はない」


「……」


「数えた瞬間」


「また番号になる」


 俺は。


 口を閉じた。


 確かに。


 そうだった。


 三十二。


 七。


 M-00。


 M-01。


 M-02。


 数字を付けた瞬間。


 存在は。


 役割になる。


 だから。


 俺は。


 もう。


 数えない。


「じゃあ」


「最初のレインは」


「何だった?」


 男は。


 少しだけ。


 遠くを見る。


「名前のない存在だった」


「……」


「Mと同じ」


「Rと同じ」


「何者でもなかった」


「でも」


「一つだけ違った」


「何?」


「呼んだ」


 俺は。


 黙って聞く。


「誰かを」


「初めて」


「自分から」


「呼んだ」


「それが」


「Mだった」


「……」


「そして」


 男が。


 俺を見る。


「Mが」


「初めて」


「自分から選んだのが」


「レインだった」


 俺は。


 息を呑んだ。


「……じゃあ」


「全部」


「そこから?」


「違う」


「……?」


「もっと前がある」


 男が。


 床を指差す。


 そこには。


 小さな円。


 中心に。


 点。


 さっき。


 第五存在の胸にあったものと。


 同じ記号。


「これ」


「何だ?」


「最初の選択」


「……」


「レインがMを呼ぶより前」


「MがRを選ぶより前」


「Rが世界を分けるより前」


「そこに」


「これがあった」


「第五存在?」


「違う」


「じゃあ」


「名前がない」


 男は。


 静かに答えた。


「名前を付ける必要すらないものだ」


 俺は。


 その円を見る。


「……選択?」


「そう」


「でも」


「選択そのものは」


「第五じゃない」


「第五は」


「その余白から」


「発生した」


「……」


 男が。


 続ける。


「だから」


「第五存在は」


「世界より古いわけじゃない」


「世界と同じでもない」


「ただ」


「世界が」


「世界になる前に」


「残っていた余白だ」


 ミラが。


 少し考える。


「じゃあ」


「第五存在って」


「最初から誰かだったわけじゃないんだ」


「そう」


「じゃあ」


「今は?」


 男が。


 第五存在を見る。


 第五存在は。


 少し離れたところに。


 立っていた。


『分からない』


「……」


 ミラが。


 苦笑する。


「やっぱり」


「そう言うと思った」


 俺は。


 第五存在を見る。


「でも」


「今は」


「何かになり始めてる」


『うん』


「何になる?」


『まだ』


「決まってない?」


『うん』


「そうか」


 俺は。


 少し笑った。


「なら」


「それでいい」


 男が。


 俺を見る。


「お前は」


「本当に変わったな」


「……?」


「昔のお前は」


「名前を欲しがった」


「誰かになりたがった」


「今のお前は」


「何者でもないものを」


「そのままにできる」


「……」


「だから」


「今のお前が」


「最初のレインとは違う」


「でも」


「同じ名前を持っている」


 俺は。


 自分の胸に。


 手を当てる。


「名前は」


「同じでも」


「俺は俺か」


「そう」


「それなら」


「問題ない」


 その瞬間。


 部屋の壁に。


 大きな文字が浮かんだ。


 ――最初のレイン:役割なし。


 ――現在のレイン:役割なし。


 ――名称:レイン。


 ――同一性:なし。


「……」


 ミラが。


 笑う。


「ちゃんと別人って出た」


「ああ」


「ちょっと安心した?」


「何で?」


「レインが」


「昔の誰かに全部取られるんじゃないかって」


「……」


 俺は。


 少し考える。


「名前を取られるのは」


「嫌だな」


「でも」


「俺が俺じゃなくなるわけじゃない」


「うん」


 ミラが。


 頷く。


 その時。


 男が。


 ゆっくり立ち上がった。


「なら」


「最後に一つだけ」


「何だ?」


「最初のレインが」


「お前に残したものを」


 男が。


 俺に。


 一枚の紙を渡す。


 そこには。


 たった一行。


 ――名前を返す必要はない。


 俺は。


 その文字を見る。


 すると。


 下に。


 新しい文字が浮かんだ。


 ――名前は、返却するものではない。


 さらに。


 ――名前は、呼び続けるもの。


 ミラが。


 俺を見る。


「……レイン」


「何だ?」


「呼んでいい?」


「今さら?」


「うん」


 ミラが。


 笑う。


「レイン」


「……ああ」


 返事をする。


 その瞬間。


 白い光が。


 部屋いっぱいに広がった。


 ――名称:レイン。


 ――応答:確認。


 ――所有者:なし。


 ――継続:可能。


 そして。


 今までとは違う。


 新しい一行。


 ――呼称者:ミラ。


 俺は。


 その文字を見る。


「……」


 ミラが。


 驚いた顔をする。


「私?」


「ああ」


 ――呼称者:M。


 さらに。


 ――呼称者:R。


 そして。


 ――呼称者:S。


 ――呼称者:第四生存。


 ――呼称者:第五存在。


 最後に。


 ――呼称者:レイン。


「……」


 俺は。


 理解した。


 この名前を。


 誰か一人が所有しているんじゃない。


 呼び続ける者が。


 いる限り。


 レインは。


 レインでいられる。


 男が。


 静かに笑った。


「これで」


「最初のレインの役目は」


「終わった」


「……」


 男の身体が。


 少しずつ。


 光になっていく。


「待て」


「どこへ行く?」


「もう」


「俺は必要ない」


「……」


「お前が」


「お前自身の名前を選んだから」


「俺の役目は」


「ここまでだ」


 そして。


 消える直前。


 男が。


 最後に言った。


「レイン」


「何だ?」


「次に選ぶのは」


「世界じゃない」


「……」


「お前自身だ」


 光が。


 消えた。


 静寂。


 そして。


 壁に。


 最後の文字が浮かぶ。


 ――最初のレイン:終了。


 ――現在のレイン:継続。


 俺は。


 その文字を見て。


 ゆっくり。


 息を吐いた。


 だが。


 ミラが。


 突然。


 顔を上げた。


「……レイン」


「何だ?」


「一つ」


「おかしくない?」


「どこが?」


「最初のレインが」


「最後に言ったこと」


「世界じゃなくて」


「自分自身を選べって」


「……」


 俺も。


 気づいた。


 壁の文字が。


 変わっている。


 ――次の選択対象:レイン。


 その下。


 ――選択者:不明。


 そして。


 さらに。


 今までなかった。


 もう一つの記録。


 ――世界再構成:50%。


 俺は。


 思わず。


 笑った。


「……半分か」


「何が?」


「まだ」


「世界が」


「半分しか決まってない」


 ミラが。


 苦笑する。


「じゃあ」


「残り半分は?」


 俺は。


 白い空間の奥を見る。


 そこには。


 新しい扉が。


 静かに現れていた。


 ――「誰が、レインを呼んだのか」


 俺は。


 その扉を見つめた。


 そして。


 初めて。


 思った。


 俺は。


 自分の名前を。


 まだ。


 全部は知らない。

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