第113話 世界の初期化
――世界:初期化します。
その文字が。
俺の目の前で。
ゆっくりと点滅していた。
「……初期化」
ミラが。
小さく呟く。
「何を?」
「全部だろ」
「全部って」
「名前も」
「記憶も」
「役割も」
「……」
ミラが。
自分の胸元に手を当てる。
「私も?」
「たぶん」
「レインも?」
「ああ」
「……嫌だな」
「俺もだ」
その瞬間。
世界そのものが。
動いた。
――ゴゴゴゴゴ……。
床が。
壁が。
天井が。
全部。
同時に崩れ始める。
「走るぞ!」
「どこに!?」
「分からない!」
「それ走る意味ある!?」
「ない!」
「じゃあ止まって!」
「それも危ない!」
「もう!」
ミラが。
俺の腕を掴んだ。
俺たちは。
とにかく。
前へ走る。
だが。
走っても。
景色が変わらない。
いや。
正確には。
景色そのものが。
変わり続けていた。
廊下だった場所が。
森になる。
森が。
街になる。
街が。
何もない白い空間になる。
「……」
俺は。
足を止めた。
「ここ」
「どこ?」
ミラも。
立ち止まる。
「分からない」
白い。
何もない。
ただ。
俺と。
ミラと。
第五存在だけが。
立っている。
「……名前」
ミラが。
自分の胸を指す。
「ミラ」
次に。
俺を見る。
「レイン」
そして。
第五存在を見る。
「……」
名前がない。
「そういえば」
俺は。
思った。
「お前」
「まだ名前がないな」
『うん』
「怖くないか?」
『分からない』
「そっか」
ミラが。
少し笑った。
「でも」
「今はそれでいいよ」
『……』
「名前がないことが」
「悪いことじゃないって」
「私たちが知ったから」
第五存在が。
ミラを見る。
『ありがとう』
「どういたしまして」
その瞬間。
白い世界に。
黒い線が走った。
――初期化率:12%。
「……始まった」
俺は。
拳を握る。
「どうすれば止まる?」
第五存在が。
白い空間を見渡す。
『止める必要はない』
「何?」
『初期化は』
『壊すことじゃない』
「じゃあ何だ?」
『決め直すこと』
「……」
『世界が』
『自分を』
『決め直している』
ミラが。
眉をひそめる。
「世界自身が?」
『うん』
「でも」
「システムがやってるんじゃ?」
『システムは』
『世界の声を』
『勝手に翻訳しているだけ』
「……」
俺は。
思わず。
壁のない空間を見た。
「じゃあ」
「今までの記録は」
『世界が言ったことを』
『システムが』
『番号や役割に変えただけ』
「……」
全部。
違っていた。
いや。
全部が嘘だったわけじゃない。
だが。
世界そのものの言葉ではなかった。
「じゃあ」
「三十二も」
『世界が』
『三十二と言ったわけではない』
「……」
「Mも?」
『Mも』
「Rも?」
『Rも』
「レインも?」
第五存在が。
俺を見る。
『レインは』
一拍。
『最初から』
『世界の言葉ではない』
「……?」
『誰かが』
『呼んだ』
「……」
その瞬間。
胸の奥が。
熱くなった。
――レイン。
昔。
誰かに。
そう呼ばれた。
名前が。
与えられた。
でも。
システムは。
その名前を。
番号の代わりにしようとした。
俺は。
何度も拒否した。
「……」
ミラが。
俺の横に立つ。
「レイン」
「何だ?」
「呼んでみる?」
「何を?」
「あなたの名前」
「……」
「レイン」
その声を聞いた瞬間。
白い世界に。
小さな光が灯った。
――名称:レイン。
しかし。
次の瞬間。
文字が消える。
「……消えた」
ミラが。
驚く。
「また?」
だが。
違った。
文字が消えた場所に。
新しい文字が浮かぶ。
――名称:レイン。
――発生条件:呼称。
――所有者:なし。
――変更権限:本人。
「……」
俺は。
その文字を見る。
「所有者なし」
「変更権限は俺」
ミラが。
笑う。
「いいじゃん」
「……ああ」
俺も。
少し笑った。
その瞬間。
世界が。
大きく揺れた。
――初期化率:27%。
白い空間に。
今度は。
無数の扉が現れた。
一つ目。
――M。
二つ目。
――R。
三つ目。
――S。
四つ目。
――第四生存。
五つ目。
――第五存在。
そして。
最後。
――レイン。
ミラが。
扉を見る。
「全部」
「残ってる」
「……」
俺は。
頷いた。
「初期化って」
「消すことじゃなかったんだ」
『違う』
第五存在が言う。
『必要のないものを』
『消すだけ』
「……」
『そして』
『必要なものを』
『残す』
俺は。
その言葉に。
違和感を覚えた。
「待て」
「必要って」
「誰が決める?」
第五存在が。
黙る。
ミラも。
黙った。
俺は。
その沈黙で。
気づいた。
「……世界か?」
『違う』
「じゃあ」
『誰にも』
『決められない』
「……」
胸の四つの鼓動が。
重なった。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
そして。
五つ目の音。
――カン。
白い世界に。
一行だけ。
浮かんだ。
――必要性:未定義。
「……」
ミラが。
笑った。
「また未定義」
「この世界」
「未定義が多すぎない?」
「俺たちが増やしてるんだろ」
「そうかも」
その瞬間。
Mの扉が。
開いた。
『……』
Mが。
扉の向こうから。
こちらを見る。
「M?」
『私』
「どうした?」
『初期化される前に』
『一つだけ』
「何だ?」
『伝えたい』
Mが。
ゆっくり。
こちらへ歩いてくる。
『私は』
『もう』
『観測者じゃない』
「……」
『Rも』
『選択者ではない』
『Sも』
『生存側ではない』
『第四生存も』
『第四ではない』
ミラが。
目を見開く。
「じゃあ」
「何になるの?」
Mが。
微笑む。
『分からない』
「……」
『だから』
『これから』
『決める』
俺は。
少しだけ。
嬉しくなった。
「それでいい」
『レイン』
「ん?」
『あなたも』
『決めるのよ』
「俺は」
「もう決めた」
『何を?』
「俺は」
「レインでいる」
Mが。
笑った。
『それも』
『一つの選択ね』
その時。
――初期化率:51%。
世界が。
半分。
白く消えた。
そして。
残った半分に。
一つの巨大な文字が浮かぶ。
――新しい世界の最初の定義を選択してください。
「……」
ミラが。
俺を見る。
「また」
「選ばせるんだ」
「ああ」
「何を選ぶの?」
俺は。
巨大な文字を見る。
その下には。
三つの選択肢があった。
――世界を一つにする。
――世界を分けたままにする。
――世界を作り直す。
「……」
ミラが。
ため息をつく。
「また三択」
「いや」
俺は。
首を振った。
「違う」
「え?」
俺は。
三つの文字の下を見る。
そこには。
今までなかった。
小さな空白があった。
「第四がある」
ミラが。
目を細める。
「……何も書いてない」
「ああ」
「選択肢じゃないじゃん」
「だから」
俺は。
その空白に。
手を伸ばした。
「これでいい」
――第四選択肢:未定義。
世界が。
初めて。
沈黙した。
そして。
その沈黙の中で。
第五存在が。
初めて。
はっきりと。
笑った。
『……やっと』
「何が?」
『世界が』
『世界になる』
――初期化率:停止。
――世界の定義:未定義。
そして。
最後の一行。
――自由領域:50%。
俺は。
その数字を見て。
思った。
残り半分。
まだ。
何かが。
決まっていない。
そして。
白い世界の奥で。
新しい扉が。
静かに開いた。
そこに刻まれていた文字は。
――「最初の名前」
だった。




