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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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112/120

第112話 余白

――世界:再構成準備。


 その文字を。


 俺はしばらく見つめていた。


「……世界を」


「作り直す?」


 ミラが呟く。


「嫌な言葉だな」


「うん」


「何が起こる?」


「分からない」


「だよな」


 俺は。


 壁に近づいた。


 指先で。


 文字に触れる。


 ――世界:再構成準備。


 触れた瞬間。


 文字が崩れた。


 そして。


 別の言葉になる。


 ――対象:未定。


「……」


 もう一度。


 変わる。


 ――範囲:未定。


 さらに。


 ――開始条件:未定。


 ミラが。


 腕を組む。


「何も決まってないじゃん」


「それなのに準備だけしてる」


「気が早いね」


「システムらしい」


 その時。


 第五存在が。


 俺たちの後ろから言った。


『違う』


「何が?」


『システムは』


『再構成したいわけじゃない』


「じゃあ?」


『怖いんだ』


 俺は。


 振り返った。


「何が?」


『このまま』


『世界が』


『決まらなくなることが』


「……」


 ミラが。


 小さく息を呑む。


「決まらなくなる?」


『番号がない』


『役割がない』


『名前がない』


『誰が誰なのか』


『何が何なのか』


『決められない』


「……」


『だから』


『システムは』


『全部を』


『もう一度』


『決め直そうとしている』


 俺は。


 壁を見る。


「つまり」


「再構成って」


「管理し直すってことか」


『たぶん』


「……」


 嫌な予感がした。


 この施設は。


 ずっと。


 同じことをしてきた。


 名前を付ける。


 番号を付ける。


 役割を付ける。


 不要なら消す。


 それを。


 世界全体に広げようとしている。


「ミラ」


「うん」


「これ」


「止められるか?」


「レインが聞く?」


「仕事だからな」


「便利な言葉だね」


 ミラは。


 少し考えた。


「たぶん」


「壊すだけなら簡単」


「でも」


「止めるだけじゃ」


「また別のシステムが作られる」


「……」


「だから」


 ミラは。


 第五存在を見る。


「この子が」


「必要なんじゃない?」


『僕?』


「うん」


『何をすればいい?』


「何もしなくていい」


『……』


「それが大事なんだと思う」


 俺は。


 ミラを見る。


「どういう意味だ?」


「何もしない存在が」


「初めてだから」


「……」


「今までの存在は」


「何かのために作られてたでしょ?」


「Mは観測」


「Rは選択」


「Sは生存」


「第四生存も」


「何かを残すため」


「でも」


 ミラが。


 第五存在を見る。


「この子には」


「何もない」


「だから」


「システムが」


「一番困る」


 俺は。


 納得した。


「役割がない存在」


「名前もない」


「番号もない」


「それでも存在している」


『うん』


「それが」


「システムの外側か」


『分からない』


「また分からないか」


『うん』


「便利だな」


『君ほどじゃない』


「……」


 ミラが。


 吹き出した。


「仲良くなってる」


「そう見えるか?」


「うん」


「名前もないのに?」


「名前がなくても仲良くなれるでしょ」


「……」


 その言葉に。


 胸の奥が。


 少しだけ温かくなった。


 その瞬間。


 ――警告。


 空間全体が。


 赤く染まった。


 ――未定義存在による干渉を検知。


 ――世界再構成を開始します。


「来た」


 ミラが。


 身構える。


 床から。


 無数の線が伸びる。


 俺たちの足元を。


 囲んでいく。


「逃げる?」


「どこに?」


「……ないね」


「だろ」


 線が。


 俺の足に触れた。


 ――対象:レイン。


 ――名称:レイン。


 ――役割:未定義。


 ――番号:なし。


 ――再登録を開始。


「断る」


 文字が。


 揺れた。


 ――拒否を確認。


 次に。


 ミラへ。


 ――対象:ミラ。


 ――番号:08。


「嫌」


 即答だった。


 ――番号を付与します。


「嫌だって」


 ――役割:観測補助。


「嫌」


 ――人格:M-00派生。


「それも嫌」


 ミラが。


 俺を見る。


「レイン」


「何だ?」


「これ」


「結構腹立つ」


「珍しいな」


「私にもあるよ」


「何が?」


「怒る権利」


「……そうだな」


 ミラが。


 線を踏みつける。


 すると。


 線が消えた。


「……消えた?」


 俺は。


 足元を見る。


 ミラも。


 自分の足を見る。


「踏んだら消えた」


「雑だな」


「私の強み」


「それ強みなのか?」


 だが。


 システムは。


 止まらない。


 今度は。


 第五存在へ。


 ――対象:未定義存在。


 ――番号を付与します。


 第五存在が。


 黙っている。


「……」


「おい」


 俺が声をかける。


「嫌なら」


「嫌って言え」


『……』


「お前の選択だ」


『僕には』


『選択が分からない』


「なら」


「分からないって言え」


『……分からない』


 その瞬間。


 ――処理不能。


 システムが。


 初めて。


 止まった。


「……」


 ミラが。


 目を丸くする。


「勝った?」


「いや」


 俺は。


 首を振った。


「たぶん違う」


 システムが。


 文字を変える。


 ――「分からない」を選択として認識。


「……」


「やっぱり」


 俺は。


 頭を抱えた。


「そう来るか」


 ミラが。


 ため息をつく。


「システムって」


「何でも選択にするね」


「だから」


「自由が分からないんだろうな」


 第五存在が。


 静かに言った。


『僕』


『分からないことを』


『分からないままにしても』


『いいの?』


「いい」


『どうして?』


「俺だって」


「分からないことだらけだから」


「……」


「それでも」


「俺は俺だ」


『……』


「お前も」


「そのうち」


「そうなる」


 第五存在が。


 少しだけ。


 こちらへ近づいた。


 そして。


 俺の手に。


 触れた。


 何も起こらない。


 番号も。


 名前も。


 役割も。


 現れない。


 ただ。


 五つ目の音が。


 鳴った。


 ――カン。


「……」


 俺の胸の四つの鼓動とは。


 違う。


 それは。


 鼓動ではなかった。


 金属音。


 でも。


 確かに。


 生きている何かの音だった。


『これ』


 ミラが。


 小さく呟く。


「何だ?」


『たぶん』


「……」


『始まりの音』


「始まり?」


『うん』


『名前が生まれる前』


『世界が分かれる前』


『何かが選ばれる前』


 一拍。


『最初に』


『鳴った音』


 俺は。


 その言葉を聞いて。


 壁を見る。


 そこには。


 新しい記録が浮かんでいた。


 ――第五存在:起源音を確認。


 ――名称:未定。


 ――発生時点:分離前。


 ――選択:未発生。


 そして。


 最後の一行。


 ――「世界」の定義:未完了。


「……世界の定義?」


 ミラが。


 呟く。


「世界って」


「最初から世界だったんじゃないの?」


 第五存在が。


 答える。


『違う』


「じゃあ?」


『世界は』


『誰かが』


『世界だと』


『決めた』


「……」


『その前には』


『何も分かれていなかった』


 俺は。


 息を呑む。


「じゃあ」


「最初に世界を決めたのは」


『……』


 第五存在が。


 俺を見る。


『まだ』


『名前がない』


「……」


 その瞬間。


 施設全体が。


 大きく揺れた。


 壁が。


 崩れる。


 天井が。


 裂ける。


 そして。


 遥か遠くから。


 何か巨大なものが。


 こちらへ近づいてくる音。


 ――ドン。


 ――ドン。


 ――ドン。


 ミラが。


 俺の腕を掴む。


「レイン」


「分かってる」


「何か来る」


「ああ」


「でも」


「ここ」


 俺は。


 周囲を見る。


「逃げ道がない」


 その時。


 第五存在が。


 初めて。


 自分から。


 俺たちの前に立った。


『逃げなくていい』


「……」


『あれは』


『敵じゃない』


「何だ?」


『世界』


 ――ドン。


 ――ドン。


 ――ドン。


 壁の向こうから。


 巨大な影が現れる。


 顔はない。


 身体もない。


 ただ。


 空間そのものが。


 こちらへ向かって歩いてくる。


 そして。


 俺たちの前で。


 止まった。


 壁に。


 最後の文字が浮かぶ。


 ――世界:初期化します。


 俺は。


 その文字を見て。


 ゆっくり。


 拳を握った。


「……させるかよ」


 その瞬間。


 五つ目の音が。


 もう一度。


 鳴った。


 ――カン。


 そして。


 世界が。


 初めて。


 俺たちを見た。

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