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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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111/120

第111話名前より先にあったもの

――第五存在:確認開始。


 その文字が。


 暗闇の中で。


 ゆっくりと浮かんだ。


「……第五」


 ミラが。


 俺の隣で呟く。


「また増えたね」


「増えたというより」


「見つかったんじゃないか?」


「どっちでも怖いよ」


「確かに」


 俺は。


 前を見る。


 さっきまで何もなかった場所に。


 一つの細い通路が伸びていた。


 壁も。


 天井も。


 ない。


 ただ。


 暗闇の中に。


 白い線だけが続いている。


 その先に。


 何かがある。


 そんな気がした。


「行く?」


 ミラが聞く。


「行く」


「即答だね」


「ここまで来て帰るのも面倒だ」


「理由がレインらしい」


 俺たちは。


 白い線に沿って歩いた。


 しばらくすると。


 足元に。


 文字が現れた。


 ――名称:なし。


「……名前がない」


 さらに進む。


 ――人格:なし。


 もう少し。


 ――身体:なし。


 さらに。


 ――役割:なし。


 ミラが。


 首を傾げる。


「これ」


「第四生存と同じじゃない?」


「いや」


 俺は。


 立ち止まった。


「違う」


「どこが?」


「第四生存には」


「“生存”があった」


「……」


「こいつには」


「何もない」


 ミラが。


 黙った。


 その瞬間。


 前方から。


 声がした。


『あるよ』


「……!」


 俺たちは。


 同時に顔を上げた。


『何もないわけじゃない』


 声は。


 近い。


 でも。


 姿が見えない。


「じゃあ」


「何がある?」


『まだ』


『決まっていない』


「……」


『だから』


『何もないように見える』


 俺は。


 少し考えた。


「それ」


「Rと同じじゃないか?」


『違う』


「どこが?」


『Rは』


『選ぶ前だった』


『僕は』


『選ばれる前』


「……」


 ミラが。


 小さく呟く。


「選ばれる前……」


 声が続く。


『Rは』


『自分で選ぶための空白』


『僕は』


『誰にも選ばれていない空白』


「……」


 俺は。


 暗闇に向かって言う。


「じゃあ」


「お前は何なんだ?」


『分からない』


「自分でも?」


『うん』


「名前は?」


『ない』


「欲しい?」


『分からない』


「生きたい?」


『分からない』


「死にたい?」


『分からない』


 ミラが。


 俺を見る。


「……すごいね」


「何が?」


「全部分からない」


「便利な奴だな」


『便利?』


「いや」


「忘れてくれ」


 声が。


 少しだけ笑った。


『君は』


『変だね』


「よく言われる」


『僕も』


「……?」


『君に会う前から』


『そう言われていた』


「誰に?」


『誰にも』


「……」


 意味が分からない。


 だが。


 その言葉には。


 妙な寂しさがあった。


 誰にも選ばれない。


 誰にも呼ばれない。


 誰にも名前を与えられない。


 それは。


 Rの「空白」とも違う。


 Mの「選ばれた後の空白」とも違う。


 Sの「生き残ったもの」とも違う。


 そして。


 第四生存とも。


 違う。


「お前」


「ずっとここにいたのか?」


『うん』


「いつから?」


『最初から』


「……」


『でも』


『“最初”という言葉ができる前から』


 ミラが。


 目を見開いた。


「それって……」


『そう』


 声が。


 静かに答える。


『僕には』


『始まりもない』


 俺は。


 周囲を見る。


 そこには。


 何もない。


 記録も。


 扉も。


 番号も。


 名前も。


 何一つ。


「じゃあ」


「どうして今」


「俺たちの前に出てきた?」


『君が』


『ここまで来たから』


「俺が?」


『うん』


「俺が何かした?」


『した』


「何を?」


『誰も』


『消さなかった』


 胸が。


 四つ鳴る。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


『Mを消さなかった』


『Rを消さなかった』


『Sを消さなかった』


『第四生存も』


『消さなかった』


「……」


『だから』


『僕が』


『見えるようになった』


 ミラが。


 静かに息を吐く。


「つまり」


「レインが何かを残したから」


「こいつが見えた?」


『違う』


「え?」


『僕は』


『残されたんじゃない』


『ずっと』


『残っていた』


「……」


『ただ』


『誰も』


『見ようとしなかった』


 その言葉が。


 妙に胸に残った。


 誰も見なかった。


 誰にも選ばれなかった。


 名前もない。


 役割もない。


 それでも。


 消えなかった。


「……お前」


「もしかして」


「“自由”か?」


 沈黙。


 長い。


 そして。


『違う』


「……」


『自由は』


『選んだ後に生まれる』


『僕は』


『選ぶ前ですらない』


「じゃあ何だ?」


『……』


 声が。


 初めて。


 迷った。


『たぶん』


『可能性』


「……」


『何かになる前の』


『何にでもなれるもの』


 ミラが。


 小さく呟く。


「それって」


「名前を持つ前の人と」


「同じじゃない?」


『違う』


「どうして?」


『人は』


『いつか』


『自分を決める』


『僕は』


『決められることすら』


『決まっていない』


 俺は。


 その言葉を聞いて。


 少しだけ。


 嫌な予感がした。


「……それ」


「システムにとっては」


「一番困る存在じゃないか?」


 声が。


 止まった。


 ミラも。


 黙った。


 そして。


 遠くから。


 機械音が聞こえた。


 ――警告。


 ――未定義存在を検知。


 ――分類不能。


 ――登録処理を開始します。


「……やっぱり」


 俺は。


 ため息をついた。


「来たか」


 ミラが。


 俺の袖を掴む。


「どうする?」


「決まってる」


「また拒否?」


「ああ」


 壁に。


 新しい文字。


 ――番号を付与します。


「いらない」


 ――役割を付与します。


「いらない」


 ――名前を付与します。


「……」


 俺は。


 少しだけ考えた。


 そして。


「それも」


「いらない」


 ミラが。


 笑った。


「レイン」


「何だ?」


「その子」


「何て呼ぶ?」


「……」


 俺は。


 暗闇を見る。


 声の主は。


 まだ。


 姿を見せない。


「名前」


「欲しいか?」


『分からない』


「そうか」


 俺は。


 頷いた。


「なら」


「今はつけない」


『……』


「名前は」


「欲しくなった時に」


「自分で選べばいい」


『……君は』


「何だ?」


『僕を』


『何者にも』


『しないの?』


「しない」


『役割も?』


「つけない」


『名前も?』


「今はな」


『……』


「お前が」


「お前になった時」


「その時に決めればいい」


 長い沈黙。


 そして。


 初めて。


 声が。


 少し震えた。


『……ありがとう』


 その瞬間。


 暗闇に。


 一つの小さな光が灯った。


 そこに。


 誰かが立っていた。


 少年にも。


 少女にも見える。


 大人にも。


 子供にも見える。


 顔すら。


 はっきりしない。


 ただ。


 胸元だけが。


 見えた。


 そこには。


 番号も。


 名前も。


 文字もなかった。


 代わりに。


 一つだけ。


 小さな円。


 その中心に。


 点がある。


 ミラが。


 その記号を見る。


「……これ」


「何だ?」


「分からない」


 俺も。


 分からなかった。


 だが。


 システムは違った。


 壁いっぱいに。


 文字が溢れ出す。


 ――第五存在:確認。


 ――名称:なし。


 ――人格:未形成。


 ――役割:未定義。


 ――番号:付与不能。


 ――分類:不可能。


 最後の一行だけ。


 何度も。


 点滅した。


 ――製造不能。


「……」


 俺は。


 その文字を見る。


「製造不能?」


 ミラが。


 首を傾げる。


「じゃあ」


「どうやって存在してるの?」


「……」


 答えは。


 すぐには返ってこなかった。


 やがて。


 第五存在が。


 静かに言った。


『僕は』


『作られていない』


「……」


『だから』


『消すことも』


『作り直すことも』


『できない』


 俺は。


 その言葉を聞いて。


 背筋が冷たくなった。


 これまで。


 俺たちは。


 作られたものだった。


 番号を与えられ。


 役割を与えられ。


 名前を与えられ。


 そして。


 必要がなくなれば。


 消される。


 だが。


 こいつは。


 違う。


 最初から。


 作られていない。


 だから。


 システムの外にいる。


 そして。


 その瞬間。


 壁に。


 新しい記録が浮かんだ。


 ――第五存在:製造不能。


 ――製造理由:なし。


 ――発生理由:未確認。


 ――推定:世界そのものの余白。


「……世界そのもの」


 ミラが。


 小さく呟く。


 第五存在が。


 初めて。


 俺たちの方へ。


 一歩。


 近づいた。


『レイン』


「何だ?」


『僕は』


『君を選ばない』


「……」


『君にも』


『僕を選ばせない』


 俺は。


 その言葉に。


 少しだけ。


 笑った。


「それでいい」


『でも』


 第五存在が。


 顔のない顔で。


 俺を見る。


『いつか』


『君が』


『僕を選ぶ日が来る』


「……」


『その時』


『君は』


『世界を』


『選ぶことになる』


 ――ドクン。


 四つ目の鼓動が。


 大きく鳴った。


 そして。


 五つ目の音が。


 初めて。


 聞こえた。


 ――カン。


 俺は。


 その音を聞いて。


 思った。


 まだ。


 終わりじゃない。


 むしろ。


 ここからが。


 本当の始まりなのかもしれない。


 壁には。


 新しい文字が。


 ゆっくりと浮かんでいた。


 ――第五存在:起動。


 ――自由領域:43%。


 そして。


 最後に。


 俺たちがまだ知らない言葉。


 ――世界:再構成準備。

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