第109話 新しい人格
――第四生存:起動。
その文字が。
暗闇の中で。
赤く点滅していた。
「……四つ目」
俺は。
胸を押さえる。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
四つの鼓動。
それぞれが。
微妙に違う。
一つ目は。
今の俺。
二つ目は。
選択。
三つ目は。
生存。
そして。
四つ目は――。
「……何だ?」
返事はない。
ミラが。
俺の胸に耳を近づける。
「ちょっと」
「何してる」
「確認」
「何を?」
「四つあるか」
「聞こえるのか?」
「……」
ミラは。
しばらく黙った。
「うん」
「四つ」
「本当に?」
「五つじゃない」
「そこじゃない」
思わず。
苦笑した。
だが。
Mは笑っていなかった。
『……起動した』
「M?」
『この音』
Mが。
ゆっくり。
暗闇を見る。
『知ってる』
「またか」
『五十年前に』
一拍。
『一度だけ聞いた』
「誰の?」
『分からない』
「……」
『だから』
Mの声が。
少し震える。
『怖かった』
その瞬間。
床に。
文字が浮かんだ。
――第四生存:記録欠損。
――起動時期:分離前。
――現在:再起動。
「分離前?」
俺は。
表示を睨む。
「それなら」
「MやRより前じゃないか」
『そう』
「じゃあ」
「どうして今になって?」
『分からない』
「……」
ミラが。
珍しく黙っている。
そして。
暗闇の奥から。
声がした。
『私は』
女とも。
男ともつかない声。
『死んでいない』
俺は。
振り返る。
「誰だ?」
『名前はない』
「……」
『名前を持つ前に』
『消されるはずだった』
Mが。
顔を上げた。
『……あなた』
その声に。
明らかな動揺が混じる。
「知ってるのか?」
『知ってる』
「誰?」
Mは。
答えない。
代わりに。
暗闇の奥へ。
向かって言った。
『どうして』
『まだいるの?』
『あなたが』
『消さなかったから』
「……!」
俺は。
Mを見る。
「お前が?」
『違う』
『私ではない』
「じゃあ誰が?」
四つ目の鼓動が。
強く鳴った。
――ドクン。
その音と同時に。
少年の声がした。
『僕』
「……S?」
『うん』
「お前が?」
『違う』
「……」
『僕は』
『生き残った』
『でも』
一拍。
『この人は』
『生き残された』
「……」
その言葉の違いに。
俺は気づいた。
「生き残った」
「生き残された」
『違う』
Sが答える。
『僕は』
『消えなかった』
『この人は』
『消されなかった』
「……」
Mが。
目を閉じる。
『そう』
「M」
「何をした?」
『私は』
長い沈黙。
『選んだ』
「何を?」
『消すことを』
「……!」
ミラが。
Mを見る。
「あなたが?」
『そう』
「誰を?」
『この存在を』
四つ目の鼓動が。
止まった。
――。
静寂。
「……」
俺は。
息を止めた。
「今」
「止まった?」
『止まった』
Mが答える。
「死んだ?」
『違う』
「じゃあ?」
『待っている』
四つ目の鼓動が。
――ドクン。
再び鳴る。
『私が』
『もう一度』
『選ぶのを』
「……」
俺は。
Mを見る。
「お前は」
「五十年前」
「こいつを消そうとした」
『そう』
「どうして?」
『怖かったから』
「また?」
『違う』
Mが。
ゆっくり。
首を振る。
『こいつが』
『生きると』
『世界が』
『分かれてしまうと思った』
「……」
『MとR』
『観測と選択』
『生と死』
『全部』
『分けられてしまう』
「だから」
「消そうとした?」
『そう』
俺は。
暗闇を見る。
「でも」
「消えなかった」
『誰かが』
一拍。
『止めた』
「誰が?」
Mは。
答えない。
代わりに。
床に。
古い文字が浮かぶ。
――消去処理:開始。
――対象:第四生存。
――実行者:M。
その下。
――中断者:R。
「……!」
ミラが。
息を呑む。
「Rが?」
『そう』
「Rが」
「止めた?」
『そう』
「でも」
俺は。
眉をひそめる。
「Rは」
「Mを拒否したんじゃなかったのか?」
『拒否した』
「それなのに?」
『それでも』
一拍。
『私を選んだ』
「……」
さっき。
少年が言っていた。
――Rは一度だけMを選んでいる。
あれは。
これだったのか。
「Rが」
「Mを選んだ理由は?」
『私ではない』
「……?」
『この存在を』
『消さないため』
俺は。
言葉を失った。
「……つまり」
「Rは」
「Mを救ったんじゃなく」
「Mが消そうとした存在を救った?」
『そう』
四つ目の鼓動が。
再び。
大きく鳴る。
――ドクン。
『だから』
声が。
初めて。
はっきり聞こえた。
『私は』
『Rを』
『嫌いになれなかった』
「……」
『拒否したけど』
『嫌いではなかった』
Mが。
静かに。
笑う。
「それが」
「お前の最初の選択?」
『違う』
「……」
『最初の選択は』
一拍。
『Rを選んだこと』
「……」
『二番目は』
『Rを拒否したこと』
『三番目は』
Mが。
胸元に手を当てる。
『この存在を』
『消そうとしたこと』
「……」
『そして』
Mが。
俺を見る。
『四番目は』
「……」
『まだ』
『選んでいない』
その瞬間。
壁の文字が。
大きく変わった。
――M:第四選択待機。
――対象:第四生存。
――選択肢:
――消去。
――存続。
ミラが。
すぐに言った。
「二択?」
「……」
「また二択だよ」
俺は。
壁を見る。
「M」
『何?』
「選ぶ必要」
「あるのか?」
『……』
「お前」
「前にも言っただろ」
「誰かの人生を」
「俺が決める必要はない」
「だったら」
「M自身が決めればいい」
Mが。
俺を見る。
『そうね』
「ただ」
俺は。
続ける。
「今度は」
「三択にしてもいい」
『……』
「いや」
「三択じゃなくてもいい」
「四択でも」
「五択でも」
「選ばなくてもいい」
ミラが。
笑う。
「レイン」
「何だ?」
「それ」
「選択肢増やしてる?」
「たぶん」
「雑だなぁ」
「仕方ない」
Mが。
静かに。
目を閉じた。
そして。
初めて。
自分から。
四つ目の鼓動へ。
手を伸ばした。
『私は』
一拍。
『消さない』
――消去処理:停止。
四つ目の鼓動が。
大きく鳴る。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
「……」
だが。
それだけでは。
終わらなかった。
壁に。
新しい文字が現れる。
――第四生存:存続。
――人格:未確定。
――名称:未定。
――役割:未定。
そして。
最後の一行。
――R:選択対象変更。
「……?」
俺は。
その文字を読む。
「選択対象変更?」
ミラが。
俺の横に来る。
「今度は」
「誰を選ぶの?」
文字が。
ゆっくり。
変わっていく。
――Rの選択対象:レイン。
――選択予定:未定。
「……」
俺は。
息を呑んだ。
そして。
暗闇の奥から。
あの声が。
再び聞こえた。
『レイン』
今度は。
はっきり。
俺に向かって。
『今度は』
『僕が』
『君を選ぶ』
四つ目の鼓動と。
俺自身の鼓動が。
重なった。
――ドクン。
その瞬間。
壁に。
新しい扉が現れた。
そこには。
たった一つ。
文字が刻まれていた。
――「Rの選択」
俺は。
その扉を見つめた。
そして。
なぜか。
思った。
これは。
Rが俺を選ぶ話じゃない。
――俺が。
Rに選ばれたあと、何を選ぶか。
その話なのだと。




