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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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109/120

第109話 新しい人格

――第四生存:起動。


 その文字が。


 暗闇の中で。


 赤く点滅していた。


「……四つ目」


 俺は。


 胸を押さえる。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 四つの鼓動。


 それぞれが。


 微妙に違う。


 一つ目は。


 今の俺。


 二つ目は。


 選択。


 三つ目は。


 生存。


 そして。


 四つ目は――。


「……何だ?」


 返事はない。


 ミラが。


 俺の胸に耳を近づける。


「ちょっと」


「何してる」


「確認」


「何を?」


「四つあるか」


「聞こえるのか?」


「……」


 ミラは。


 しばらく黙った。


「うん」


「四つ」


「本当に?」


「五つじゃない」


「そこじゃない」


 思わず。


 苦笑した。


 だが。


 Mは笑っていなかった。


『……起動した』


「M?」


『この音』


 Mが。


 ゆっくり。


 暗闇を見る。


『知ってる』


「またか」


『五十年前に』


 一拍。


『一度だけ聞いた』


「誰の?」


『分からない』


「……」


『だから』


 Mの声が。


 少し震える。


『怖かった』


 その瞬間。


 床に。


 文字が浮かんだ。


 ――第四生存:記録欠損。


 ――起動時期:分離前。


 ――現在:再起動。


「分離前?」


 俺は。


 表示を睨む。


「それなら」


「MやRより前じゃないか」


『そう』


「じゃあ」


「どうして今になって?」


『分からない』


「……」


 ミラが。


 珍しく黙っている。


 そして。


 暗闇の奥から。


 声がした。


『私は』


 女とも。


 男ともつかない声。


『死んでいない』


 俺は。


 振り返る。


「誰だ?」


『名前はない』


「……」


『名前を持つ前に』


『消されるはずだった』


 Mが。


 顔を上げた。


『……あなた』


 その声に。


 明らかな動揺が混じる。


「知ってるのか?」


『知ってる』


「誰?」


 Mは。


 答えない。


 代わりに。


 暗闇の奥へ。


 向かって言った。


『どうして』


『まだいるの?』


『あなたが』


『消さなかったから』


「……!」


 俺は。


 Mを見る。


「お前が?」


『違う』


『私ではない』


「じゃあ誰が?」


 四つ目の鼓動が。


 強く鳴った。


 ――ドクン。


 その音と同時に。


 少年の声がした。


『僕』


「……S?」


『うん』


「お前が?」


『違う』


「……」


『僕は』


『生き残った』


『でも』


 一拍。


『この人は』


『生き残された』


「……」


 その言葉の違いに。


 俺は気づいた。


「生き残った」


「生き残された」


『違う』


 Sが答える。


『僕は』


『消えなかった』


『この人は』


『消されなかった』


「……」


 Mが。


 目を閉じる。


『そう』


「M」


「何をした?」


『私は』


 長い沈黙。


『選んだ』


「何を?」


『消すことを』


「……!」


 ミラが。


 Mを見る。


「あなたが?」


『そう』


「誰を?」


『この存在を』


 四つ目の鼓動が。


 止まった。


 ――。


 静寂。


「……」


 俺は。


 息を止めた。


「今」


「止まった?」


『止まった』


 Mが答える。


「死んだ?」


『違う』


「じゃあ?」


『待っている』


 四つ目の鼓動が。


 ――ドクン。


 再び鳴る。


『私が』


『もう一度』


『選ぶのを』


「……」


 俺は。


 Mを見る。


「お前は」


「五十年前」


「こいつを消そうとした」


『そう』


「どうして?」


『怖かったから』


「また?」


『違う』


 Mが。


 ゆっくり。


 首を振る。


『こいつが』


『生きると』


『世界が』


『分かれてしまうと思った』


「……」


『MとR』


『観測と選択』


『生と死』


『全部』


『分けられてしまう』


「だから」


「消そうとした?」


『そう』


 俺は。


 暗闇を見る。


「でも」


「消えなかった」


『誰かが』


 一拍。


『止めた』


「誰が?」


 Mは。


 答えない。


 代わりに。


 床に。


 古い文字が浮かぶ。


 ――消去処理:開始。


 ――対象:第四生存。


 ――実行者:M。


 その下。


 ――中断者:R。


「……!」


 ミラが。


 息を呑む。


「Rが?」


『そう』


「Rが」


「止めた?」


『そう』


「でも」


 俺は。


 眉をひそめる。


「Rは」


「Mを拒否したんじゃなかったのか?」


『拒否した』


「それなのに?」


『それでも』


 一拍。


『私を選んだ』


「……」


 さっき。


 少年が言っていた。


 ――Rは一度だけMを選んでいる。


 あれは。


 これだったのか。


「Rが」


「Mを選んだ理由は?」


『私ではない』


「……?」


『この存在を』


『消さないため』


 俺は。


 言葉を失った。


「……つまり」


「Rは」


「Mを救ったんじゃなく」


「Mが消そうとした存在を救った?」


『そう』


 四つ目の鼓動が。


 再び。


 大きく鳴る。


 ――ドクン。


『だから』


 声が。


 初めて。


 はっきり聞こえた。


『私は』


『Rを』


『嫌いになれなかった』


「……」


『拒否したけど』


『嫌いではなかった』


 Mが。


 静かに。


 笑う。


「それが」


「お前の最初の選択?」


『違う』


「……」


『最初の選択は』


 一拍。


『Rを選んだこと』


「……」


『二番目は』


『Rを拒否したこと』


『三番目は』


 Mが。


 胸元に手を当てる。


『この存在を』


『消そうとしたこと』


「……」


『そして』


 Mが。


 俺を見る。


『四番目は』


「……」


『まだ』


『選んでいない』


 その瞬間。


 壁の文字が。


 大きく変わった。


 ――M:第四選択待機。


 ――対象:第四生存。


 ――選択肢:


 ――消去。


 ――存続。


 ミラが。


 すぐに言った。


「二択?」


「……」


「また二択だよ」


 俺は。


 壁を見る。


「M」


『何?』


「選ぶ必要」


「あるのか?」


『……』


「お前」


「前にも言っただろ」


「誰かの人生を」


「俺が決める必要はない」


「だったら」


「M自身が決めればいい」


 Mが。


 俺を見る。


『そうね』


「ただ」


 俺は。


 続ける。


「今度は」


「三択にしてもいい」


『……』


「いや」


「三択じゃなくてもいい」


「四択でも」


「五択でも」


「選ばなくてもいい」


 ミラが。


 笑う。


「レイン」


「何だ?」


「それ」


「選択肢増やしてる?」


「たぶん」


「雑だなぁ」


「仕方ない」


 Mが。


 静かに。


 目を閉じた。


 そして。


 初めて。


 自分から。


 四つ目の鼓動へ。


 手を伸ばした。


『私は』


 一拍。


『消さない』


 ――消去処理:停止。


 四つ目の鼓動が。


 大きく鳴る。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


「……」


 だが。


 それだけでは。


 終わらなかった。


 壁に。


 新しい文字が現れる。


 ――第四生存:存続。


 ――人格:未確定。


 ――名称:未定。


 ――役割:未定。


 そして。


 最後の一行。


 ――R:選択対象変更。


「……?」


 俺は。


 その文字を読む。


「選択対象変更?」


 ミラが。


 俺の横に来る。


「今度は」


「誰を選ぶの?」


 文字が。


 ゆっくり。


 変わっていく。


 ――Rの選択対象:レイン。


 ――選択予定:未定。


「……」


 俺は。


 息を呑んだ。


 そして。


 暗闇の奥から。


 あの声が。


 再び聞こえた。


『レイン』


 今度は。


 はっきり。


 俺に向かって。


『今度は』


『僕が』


『君を選ぶ』


 四つ目の鼓動と。


 俺自身の鼓動が。


 重なった。


 ――ドクン。


 その瞬間。


 壁に。


 新しい扉が現れた。


 そこには。


 たった一つ。


 文字が刻まれていた。


 ――「Rの選択」


 俺は。


 その扉を見つめた。


 そして。


 なぜか。


 思った。


 これは。


 Rが俺を選ぶ話じゃない。


 ――俺が。


 Rに選ばれたあと、何を選ぶか。


 その話なのだと。

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