第106話 選ばれる者
――第二選択者:レイン。
その文字だけが。
暗い部屋に残っていた。
「……第二?」
ミラが。
壁を見上げる。
「第一は誰?」
「Mだろ」
「じゃあ第二がレイン?」
「そうらしい」
「何を選ぶの?」
「知らん」
「……」
「何だよ」
「レイン」
「うん」
「そろそろ」
「知らん、分からん、で進むのやめない?」
「無理だ」
「即答……」
俺は。
壁に近づいた。
指で。
文字をなぞる。
――第二選択者:レイン。
その瞬間。
指先に。
冷たい感触が走った。
「……!」
視界が。
一瞬だけ。
白くなる。
そして。
声が聞こえた。
『選んで』
「……誰だ?」
『あなたに』
『選択権を渡す』
「何を?」
『Mを』
「……」
俺は。
Mを見る。
「お前を?」
『そう』
「どういう意味だ?」
『私を』
一拍。
『残すか』
『消すか』
「……!」
ミラが。
すぐにMの前へ出た。
「ちょっと待って」
『……』
「なんでレインが決めるの?」
『第二選択者だから』
「そんなの理由になってない」
『システム上の条件』
「じゃあ」
ミラは。
壁を睨む。
「そのシステムを」
「変えればいい」
俺は。
思わず。
ミラを見る。
「……またそれか」
「だって」
「この施設」
「何でもシステムのせいにするじゃん」
「まあ」
「それに」
ミラは。
俺を見る。
「レインが誰かを消す選択なんて」
「私は嫌だよ」
「……」
Mも。
ミラを見る。
『あなたは』
『私を守るの?』
「違う」
ミラは。
首を振る。
「Mが」
「自分で決めればいい」
『……』
「レインも」
「私も」
「Mも」
「自分のことは自分で決める」
その言葉に。
壁が。
激しく明滅した。
――条件不一致。
――選択者による決定が必要。
「……」
俺は。
壁を見る。
「つまり」
「俺に選ばせたいんだな」
『そう』
「Mを残すか」
「消すか」
『そう』
「じゃあ」
俺は。
Mを見る。
「俺は選ばない」
『……』
「Mを消すことも」
「Mを残すことも」
「俺が決めることじゃない」
沈黙。
そして。
壁に。
文字が浮かぶ。
――選択拒否。
――処理不能。
ミラが。
ニヤッと笑う。
「ほら」
「また壊れた」
「……お前」
「何?」
「楽しんでるだろ」
「ちょっとだけ」
Mが。
小さく笑った。
『あなたたちは』
『よく似ている』
「誰と?」
『Rと』
「……」
俺の笑みが。
消える。
「Rは」
「選ばなかったんじゃないのか?」
『違う』
「?」
『Rは』
『選ぶことを拒否した』
「……」
『そして』
『拒否することを』
『自分の選択にした』
俺は。
黙った。
「……じゃあ」
「俺も」
「同じじゃないか」
『違う』
「何が?」
『Rは』
『一つを拒否した』
『あなたは』
一拍。
『誰かに選択を押し付けることを拒否した』
「……」
ミラが。
小さく頷く。
「それ」
「結構違うね」
俺は。
壁を見る。
すると。
新しい表示が出た。
――第二選択者:レイン。
――選択内容:選択権を放棄。
「……」
「それでいいのか?」
Mが。
俺を見る。
『いい』
「M?」
『私は』
『あなたに選ばれたくない』
「……」
『五十年前にも』
『そう言った』
俺は。
息を止めた。
「……だから」
『私は』
『あなたを拒否した』
「……」
『あなたの人生を』
『私が決めたくなかった』
「……」
Mの目に。
ほんの少し。
悲しさが浮かぶ。
『だから』
『あなたも』
『私を決めなくていい』
俺は。
その言葉を聞いて。
ようやく。
少しだけ。
分かった。
Mが。
五十年間。
待っていた理由。
俺が。
何を選ぶのか。
ではない。
俺が。
誰かの人生を。
自分の選択で。
決めてしまわないか。
それを。
見ていたのだ。
「……M」
『何?』
「お前」
「ずっと」
「俺を試してたのか?」
『違う』
「違う?」
『観測していた』
「……」
『試すのと』
『見るのは』
『違う』
ミラが。
横から口を挟む。
「でも」
「似てない?」
『似ている』
「認めるんだ」
『うん』
「……」
この二人。
妙に気が合っている。
俺は。
ため息をついた。
「で」
「第二選択は」
「これで終わりか?」
壁に。
文字が出る。
――第二選択:完了。
――M:存続。
――レイン:選択権保持。
「……」
そして。
その下に。
新しい文字。
――第三選択者:未定。
「……」
ミラが。
嫌な顔をする。
「また増えた」
「第三か」
「もう何人目?」
「数えるな」
「だって」
「増えすぎだよ」
その時。
部屋の奥から。
音がした。
――コン。
――コン。
――コン。
「……」
俺たちは。
一斉に振り返る。
壁の一部が。
ゆっくり。
開いていく。
その奥から。
一枚の金属板が。
滑り出てきた。
拾う。
表には。
数字がない。
裏にも。
名前がない。
ただ。
一つの言葉だけ。
――生存。
「……」
ミラが。
小さく呟く。
「名前じゃない」
「番号でもない」
「役割でもない」
「ああ」
俺は。
金属板を握る。
すると。
胸の奥で。
また。
鼓動が鳴った。
――ドクン。
だが。
今までとは違う。
一つ目。
二つ目。
そして。
もう一つ。
――ドクン。
――ドクン。
三つの鼓動が。
重なった。
「……!」
Mが。
顔を上げる。
『これは』
「何だ?」
『選択じゃない』
「じゃあ?」
『生存』
その瞬間。
壁に。
新しい記録が刻まれた。
――第三存在:生存側。
――名称:未定。
――人格:未定。
――役割:なし。
そして。
最後に。
小さな文字。
――生存は、選択されるものではない。
俺は。
その一文を見つめる。
「……じゃあ」
「どうやって存在する?」
誰も。
答えなかった。
ただ。
俺の胸の奥で。
三つ目の鼓動が。
もう一度。
鳴った。
――ドクン。
そして。
暗闇の奥から。
誰かの声が。
静かに。
聞こえた。
『やっと』
『僕の番だ』
俺は。
息を止めた。
その声は。
今まで聞いた。
どの声とも違った。
子供でも。
大人でもない。
男でも。
女でもない。
ただ。
生きている者の声だった。
壁に。
一行が浮かぶ。
――第三選択者:生存。
そして。
その下に。
初めて。
名前の代わりに。
一文字が刻まれた。
――S。




