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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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105/120

第105話 選んだ者

――レイン。


 その声が。


 扉の向こうから聞こえた。


 俺は。


 動けなかった。


「……俺?」


 違う。


 そう思った。


 声は。


 確かに俺と同じだった。


 だが。


 今の俺の声ではない。


 初代レインとも違う。


 もっと。


 何も知らない。


 もっと。


 何も背負っていない声。


 ミラが。


 俺の袖を掴んだ。


「レイン」


「ああ」


「これ」


「うん」


「嫌な予感しかしない」


「奇遇だな」


「同じこと思ってた」


 Mは。


 扉を見つめている。


 その顔には。


 いつもの静けさがなかった。


「M」


「知ってるのか?」


『……』


「答えてくれ」


 Mは。


 ゆっくり首を振った。


『知らない』


「本当に?」


『……』


 少しだけ。


 間があった。


『知らないことにしていた』


「……」


 俺は。


 扉を見る。


「それは」


「知ってるってことだろ」


『そうかもしれない』


「便利な言い方だな」


 ミラが。


 小さく呟く。


「レイン」


「何だ?」


「私」


「もう少し普通の人生がよかった」


「俺もだ」


「……」


「でも」


 俺は。


 扉に手を伸ばす。


「ここまで来たら」


「見るしかない」


「そうだね」


 ――カチッ。


 扉が開いた。


 その先には。


 一人の少年がいた。


 年齢は。


 十歳くらい。


 服は白い。


 番号はない。


 胸にも。


 何もない。


 ただ。


 こちらを見ている。


「……」


 少年は。


 俺を見る。


 そして。


 言った。


『レイン』


「……」


「俺の名前を知ってるのか?」


『うん』


「どうして?」


『Mから聞いた』


「……」


 俺は。


 Mを見る。


 Mは。


 目を逸らした。


「おい」


『……』


「M?」


『この子は』


 一拍。


『私が選んだ』


「……!」


 ミラが。


 息を呑む。


「この子が?」


『そう』


「でも」


 俺は。


 少年を見る。


「こいつは」


「Rじゃない」


『違う』


「初代レインでもない」


『違う』


「じゃあ」


「誰だ?」


 少年は。


 自分で答えた。


『僕は』


 一拍。


『まだ』


『誰でもない』


「……」


 その言葉。


 どこかで。


 聞いたことがある。


 M-03。


 R。


 自由領域。


 番号を持たない者。


 名前を持たない者。


 この施設では。


 「誰でもない」という言葉が。


 何度も。


 重要な意味を持ってきた。


「じゃあ」


「名前は?」


『ない』


「欲しい?」


『分からない』


 ミラが。


 俺を見る。


「……」


「何だ?」


「また始まった」


「何が?」


「名前をつけるかどうか問題」


「……」


 少年が。


 ミラを見る。


『ミラ』


「え?」


『あなたは』


『どうしてミラなの?』


「……」


 ミラは。


 少し考えた。


「自分で選んだから」


『誰かに』


『選ばされたんじゃない?』


「違うよ」


『……』


「私が」


「私をミラって呼ぶことにしたの」


 少年は。


 しばらく。


 ミラを見る。


 そして。


 頷いた。


『じゃあ』


『僕も』


「?」


『僕が決めていい?』


「もちろん」


 ミラが。


 笑う。


「ただし」


「変な名前でも」


「自分で選んだなら」


「それは君の名前だよ」


 少年は。


 嬉しそうに。


 笑った。


 その瞬間。


 部屋の壁が。


 光った。


 ――自己選択:確認。


 ――人格形成:開始。


「……」


 俺は。


 息を呑む。


「M」


「お前」


「こいつを作ったのか?」


『違う』


「じゃあ?」


『選んだ』


「……」


『作ったんじゃない』


『見つけた』


 少年が。


 俺を見る。


『僕は』


『作られる前に』


『見つけられた』


「……」


 その言葉で。


 俺は。


 M-03を思い出した。


 あいつも。


 「作られた存在」ではなく。


 「選択によって生まれた可能性」に近かった。


「お前」


「M-03と同じなのか?」


『違う』


「……」


『僕は』


 一拍。


『Mが最初に選んだ存在』


「……!」


 Mが。


 目を閉じた。


「最初?」


 ミラが。


 Mを見る。


「私より前?」


『そう』


「……」


 俺は。


 持っていた金属板を見る。


 表。


 ――32。


 裏。


 ――R。


「じゃあ」


「これも」


「お前に関係してる?」


 少年が。


 金属板を見る。


 その瞬間。


 表情が。


 変わった。


『それ』


「知ってるのか?」


『うん』


「何だ?」


『僕のものだった』


「……!」


 俺の指が。


 止まる。


「32が?」


『違う』


「じゃあR?」


『違う』


「じゃあ何なんだ?」


 少年は。


 首を傾げる。


『僕が』


 一拍。


『最初に持っていたもの』


「……」


『でも』


『僕は』


『それを』


『Rに渡した』


 部屋が。


 静まり返った。


「……何のために?」


『名前を』


「名前?」


『うん』


 少年は。


 俺を見る。


『Rには』


『名前がなかったから』


「……」


『だから』


『僕は』


『これを渡した』


 少年が。


 金属板を指差す。


『そこには』


『名前が書いてあった』


 俺は。


 裏返す。


 ――R。


「……」


「Rって」


「名前だったのか?」


『違う』


「じゃあ?」


『呼び方』


「……」


『僕が』


『Rを』


『そう呼んだ』


 俺は。


 固まった。


「……待て」


「じゃあ」


「Rという呼び方も」


「誰かが作った?」


『そう』


「最初に?」


『僕』


「……!」


 Mが。


 静かに言った。


『だから』


『この子が』


『最初にRを選んだ』


「……」


 少年は。


 頷いた。


『でも』


『Rは』


『僕を選ばなかった』


「……」


『だから』


『僕は』


『Mを選んだ』


 その瞬間。


 壁に。


 新しい記録が現れた。


 ――最初の選択者:不明。


 ――第一選択:R。


 ――拒否。


 ――第二選択:M。


 ――成立。


「……」


 俺は。


 Mを見る。


「お前が」


「最初に選ばれた?」


『そう』


「Rじゃなく?」


『そう』


「でも」


「MはRを選んだ」


『そう』


「……」


 ミラが。


 頭を抱える。


「ちょっと待って」


「整理しよう」


「私」


「今まで」


「かなり頑張って理解してきたけど」


「これは無理」


「俺もだ」


「よかった」


「何が?」


「レインだけじゃなかった」


 少年が。


 不思議そうに。


 二人を見る。


『二人とも』


『仲がいいんだね』


「……」


 ミラが。


 固まる。


「え?」


「何でそうなる」


『いつも一緒だから』


「……」


「……まあ」


 ミラが。


 少しだけ笑う。


「そうだけど」


「お前」


「そこ拾うのか?」


 少年は。


 首を傾げた。


 そして。


 突然。


 俺を見る。


『レイン』


「何だ?」


『僕は』


『あなたを選んでいない』


「……」


『Mも』


『あなたを選んでいない』


「……」


『でも』


 一拍。


『Rは』


『あなたを選んだ』


「……!」


 俺の胸が。


 強く鳴った。


 ――ドクン。


「Rが?」


『そう』


「いつ?」


『まだ』


「……は?」


 ミラが。


 思わず。


 吹き出した。


「まだって何?」


 少年は。


 真顔で答える。


『これから』


「……」


 部屋の空気が。


 一気に。


 冷たくなった。


 壁に。


 文字が浮かぶ。


 ――R:未完了選択。


 ――選択対象:レイン。


 俺は。


 息を呑む。


「……Rが」


「俺を選ぶ?」


 Mが。


 初めて。


 明確に。


 驚いた顔をした。


『そんな記録は』


『なかった』


 少年が。


 小さく笑う。


『だから』


『未来なんだよ』


 そして。


 壁の表示が。


 さらに変わった。


 ――自由領域:40%。


 ――原初人格:再構成率43%。


 ――R:未完了。


 最後に。


 新しい一行。


 ――「レイン」という名前の所有者:未確定。


 俺は。


 その文字を見ながら。


 思った。


 俺が。


 レインなのか。


 それとも。


 誰かが。


 俺を。


 レインと呼んだから。


 そうなったのか。


 まだ。


 分からない。


 ただ。


 一つだけ。


 はっきりしたことがある。


 Rは。


 過去ではない。


 まだ。


 何かを。


 選んでいない。


 そして。


 その選択対象が。


 ――俺だ。


 少年が。


 最後に。


 俺へ向かって。


 微笑んだ。


『だから』


『気をつけて』


「……何を?」


『Rが』


 一拍。


『あなたを選んだ時』


 少年の姿が。


 ゆっくり。


 薄れていく。


『あなたも』


『何かを選ばされるから』


 ――暗転。


 そして。


 最後に。


 壁に。


 一文字だけが残った。


 M。


 その下に。


 小さく。


 新しい文字。


 ――第二選択者:レイン。

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