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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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104/120

第104話 最初の選択

――Mの最初の選択。


 扉には。


 そう書かれていた。


 俺は。


 その文字を見つめる。


「……M」


『うん』


「お前にも」


「最初の選択があったのか?」


 Mは。


 すぐには答えなかった。


 ただ。


 扉に手を伸ばす。


 触れる。


 ――カチッ。


 鍵が。


 外れた。


「……開くぞ」


 ミラが。


 俺の隣に来る。


「でも」


「ちょっと待って」


「何だ?」


「嫌な予感がする」


「いつものことだろ」


「今回は特に」


「……」


 俺も。


 同じことを感じていた。


 この施設で。


 「最初」という言葉が出てきた時。


 まともな結果になったことがない。


「行くぞ」


「うん」


 俺とミラ。


 そしてM。


 三人で。


 扉をくぐった。


 ――そこには。


 何もなかった。


 白い。


 ただの部屋。


 壁も。


 床も。


 天井も。


 真っ白。


「……普通だな」


 ミラが。


 周囲を見る。


「普通すぎて逆に怖い」


「同感だ」


 Mは。


 部屋の中央に立った。


 すると。


 床に。


 一つの円が現れた。


 円の中に。


 文字。


 ――M。


 その下。


 ――観測対象:R。


「……」


 俺は。


 その文字を見る。


「またRか」


『そう』


「Mは」


「Rを観測していた」


『うん』


「それが」


「お前の最初の役割?」


『違う』


「……?」


『それは』


『私が最初に与えられた役割』


「最初に?」


『私が選んだものではない』


「……」


 ミラが。


 眉をひそめる。


「じゃあ」


「最初からMだったわけじゃない?」


『名前はMだった』


『でも』


『Mという存在ではなかった』


 俺は。


 言葉を失う。


「どういうことだ?」


『名前と』


『自分は』


『同じじゃない』


「……」


『名前をMと呼ばれていても』


『Mとして生きる必要はない』


 ミラが。


 少しだけ。


 笑った。


「それ」


「私と同じだね」


『そうね』


「……」


 ミラが。


 Mを見る。


「私は」


「ミラって呼ばれて」


「ミラになった」


『私は』


「Mと呼ばれて」


『Mを選んだ』


「……」


 俺は。


 少し驚いた。


「選んだ?」


『そう』


「じゃあ」


「Mという名前も」


「自分で選んだ?」


『違う』


「……」


『最初は』


『誰かに呼ばれた』


「R?」


 Mが。


 首を横に振る。


『違う』


「じゃあ」


『もっと前』


 部屋の壁に。


 文字が浮かんだ。


 ――M以前。


「……」


 ミラが。


 目を細める。


「M以前?」


『そう』


「それは」


「何?」


『名前がなかった』


 俺は。


 思わず。


 息を止めた。


「……Rと同じ?」


『似ている』


「でも違う?」


『違う』


「何が?」


『Rは』


『選択する前の空白』


『私は』


 一拍。


『選択された後の空白』


「……!」


 ミラが。


 小さく呟く。


「選択された後?」


『そう』


『私は』


『最初に』


『誰かから選ばれた』


「誰に?」


『……』


 Mが。


 初めて。


 言葉を止めた。


「M?」


『記録がない』


「またか」


 俺は。


 ため息をつく。


「五十年前のことなのに」


「記録がないって便利だな」


 ミラが。


 横から言う。


「でも」


「今回はちょっと違うんじゃない?」


「何が?」


「Mが」


「自分で記録を消した可能性」


「……」


 俺は。


 Mを見る。


『……』


 Mは。


 否定しなかった。


「M」


「消したのか?」


『一部だけ』


「何を?」


『最初の選択』


「……!」


 部屋が。


 静かになる。


「どうして?」


『怖かったから』


 その言葉に。


 俺は。


 少し驚いた。


 初代レインも。


 Rも。


 Mも。


 みんな。


 「怖かった」と言う。


 名前を持つこと。


 名前を持たないこと。


 選ばれること。


 選ぶこと。


 自由になること。


 どれも。


 簡単ではなかった。


「何が怖かった?」


『私が』


 一拍。


『自分で選んだことを』


『後悔するのが』


「……」


 Mは。


 床の円を見る。


『だから』


『最初の選択を』


『記録から消した』


「でも」


「今は覚えてる」


『そう』


「じゃあ」


「どうして話す気になった?」


 Mは。


 俺を見る。


『レインが』


『Rを選ばなかったから』


「……」


『あなたが』


『自分で選んだ』


『だから』


『私も』


 一歩。


 前に出る。


『自分の選択を』


『もう一度』


『選び直す』


 その瞬間。


 床の文字が変わった。


 ――M:選択開始。


 さらに。


 その下。


 ――過去の選択を再確認。


 そして。


 部屋の中央に。


 三つの光が現れた。


 ――観測する。


 ――選択する。


 ――拒否する。


 ミラが。


 眉をひそめる。


「……また三択」


「この施設」


「本当に選択肢が好きだな」


 俺が。


 ぼそっと言う。


「でも」


 Mが。


 三つの光を見る。


「これは」


「三択じゃない」


「……?」


『これは』


『全部』


『私が一度選んだもの』


「……!」


 光が。


 一つずつ。


 明滅する。


 ――観測。


 Mは。


 Rを観測した。


 ――選択。


 Mは。


 Rを選んだ。


 ――拒否。


 Mは。


 Rから選ばれることを拒否した。


「……」


 俺は。


 その意味に気づく。


「お前」


「全部選んだのか?」


『そう』


「順番は?」


 Mが。


 少しだけ。


 笑った。


『それが』


『記録されていない』


「……」


 ミラが。


 呆れたように言う。


「この施設」


「肝心なところだけ消えるよね」


「同感だ」


 だが。


 次の瞬間。


 部屋の壁に。


 新しい文字が現れた。


 ――第一選択:観測。


 ――第二選択:選択。


 ――第三選択:拒否。


 俺は。


 目を見開く。


「……残ってるじゃないか」


 Mが。


 黙る。


「お前」


「消したんじゃないのか?」


『……』


「M?」


 Mは。


 壁を見る。


『私が消したのは』


 一拍。


『選択そのものじゃない』


「じゃあ何を?」


『誰を』


『選んだか』


 ――沈黙。


 ミラが。


 ゆっくり。


 口を開く。


「……誰?」


 Mは。


 答えない。


 代わりに。


 三つの光が。


 すべて消えた。


 部屋の中央に。


 新しい文字が。


 浮かぶ。


 ――第一選択者:M。


 ――選択対象:■■■。


 黒く塗り潰されている。


「……」


 俺は。


 その表示に近づく。


「隠されてる」


『そう』


「誰が?」


『私』


「……」


「どうして?」


 Mは。


 静かに答えた。


『その名前を』


『あなたが知れば』


『あなたは』


 一拍。


『また選ぼうとするから』


「……!」


 胸の奥が。


 冷たくなった。


「俺が?」


『そう』


「誰を?」


 Mが。


 俺を見る。


 その目は。


 今まで見たことがないほど。


 悲しそうだった。


『私が』


『五十年前に』


『一度だけ』


『選んだ人』


「……」


 俺は。


 息を呑む。


 Mが。


 初めて。


 俺ではなく。


 俺の後ろを見た。


『あなたじゃない』


「……え?」


『でも』


 Mが。


 小さく笑う。


『あなたに』


『とてもよく似ていた』


 その瞬間。


 背後から。


 ――カツン。


 金属が落ちる音。


 振り返る。


 床に。


 一枚の金属板が。


 落ちていた。


 拾い上げる。


 表。


 ――32。


 裏。


 ――R。


「……」


 俺は。


 その板を握る。


 すると。


 壁に。


 新しい記録が現れた。


 ――第一選択者:M。


 ――選択対象:R。


 ――選択結果:拒否。


 俺は。


 Mを見る。


「……Rを選んだ?」


『そう』


「でも」


『拒否された』


「誰に?」


 Mは。


 静かに答えた。


『Rに』


「……」


『だから』


『私は』


『Rを選ぶことを』


『二度としなかった』


 そして。


 最後に。


 壁に。


 一行だけ。


 浮かんだ。


 ――しかし、Rは一度だけMを選んでいる。


「……!」


 ミラが。


 息を呑む。


「待って」


「それ」


「今までの話と」


「逆じゃない?」


 Mは。


 答えなかった。


 ただ。


 俺の手の中にある。


 32とRの金属板を見つめていた。


 そして。


 小さく。


 呟いた。


『だから』


『五十年前のレインは』


『私を選ばなかった』


 ――自由領域:39%。


 部屋の奥で。


 新しい扉が。


 静かに。


 開いた。


 そこには。


 一つの名前だけが。


 書かれていた。


 ――「最初にMを選んだ者」


 俺は。


 その扉を見ながら。


 嫌な予感しかしなかった。


 そして。


 その予感は。


 すぐに。


 現実になった。


 扉の向こうから。


 俺と同じ声が。


 聞こえた。


『――レイン』


 俺は。


 息を止めた。


 その声は。


 今の俺でも。


 初代レインでもなかった。


 もっと古い。


 もっと遠い。


 それなのに。


 確かに。


 俺と同じ声だった。

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