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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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103/120

第103話 暗転

――暗い。


 何も見えない。


 音もない。


 ミラの声すら。


 聞こえなかった。


「……ミラ?」


 返事がない。


「ミラ!」


 やはり。


 何も返ってこない。


 俺は。


 手を伸ばした。


 何もない。


 足元も。


 壁も。


 床も。


 全部。


 消えている。


「……またか」


 こういう場所には。


 もう慣れた。


 慣れたくはなかったが。


 慣れてしまった。


「初代レイン?」


 今度は。


 返事があった。


『いる』


「ミラは?」


『ここにはいない』


「……」


「じゃあ」


「俺とお前だけか?」


『違う』


「何が?」


『三人いる』


「……?」


 俺は。


 暗闇を見る。


「誰だ?」


『R』


「……」


『そして』


 一拍。


『お前』


「それなら二人だろ」


『もう一人は』


 初代レインが。


 静かに言った。


『お前が選ばなかった可能性』


「……」


 背後で。


 何かが。


 動いた。


 振り返る。


 何もない。


「おい」


「出てこい」


『呼ばなくていい』


「何で?」


『呼ばれることで』


『名前を持ってしまうから』


「……」


 なるほど。


 この場所では。


 名前を呼ぶこと自体が。


 何かを決めてしまう。


「じゃあ」


「名前を呼ばなければ」


『選択肢のままでいられる』


「……」


『Rも』


『最初はそうだった』


「空白」


『そう』


「何者でもない」


『そう』


「名前もない」


『そう』


「でも」


 俺は。


 暗闇の中で。


 初代レインに聞く。


「お前は」


「どうしてレインになった?」


 しばらく。


 返事がなかった。


 やがて。


『怖かったから』


「……」


『何者でもないことが』


『怖かった』


「……」


『だから』


『Mに』


『名前をもらった』


「Mがつけたんじゃないのか?」


『違う』


『Mは』


『ただ呼んだ』


「……」


『俺が』


『それを受け取った』


 俺は。


 少し驚いた。


「つまり」


「名前をつけてもらったんじゃなく」


「名前を受け入れた?」


『そう』


「……」


『だから』


『俺はRではなくなった』


「それで」


「レインになった」


『そう』


「じゃあ」


「お前は」


「Rを捨てたのか?」


『……』


 長い沈黙。


 やがて。


『捨てたかった』


「でも?」


『捨てられなかった』


 暗闇の奥から。


 何かが。


 こちらを見ている。


 そんな気がした。


『Rは』


『消えなかった』


『俺の中に』


『ずっと残っていた』


「だから」


「五十年後に」


「戻ってきた?」


『違う』


「違う?」


『戻ったんじゃない』


『呼ばれた』


「……」


「誰に?」


『お前に』


 胸の奥が。


 ズキッとした。


「俺が?」


『そう』


「いつ?」


『最初に』


『自分を疑った時』


「……」


 俺は。


 思い返す。


 32番。


 07番。


 七人目。


 M-01。


 R。


 何度も。


 自分が何者なのか。


 疑った。


 そのたびに。


 何かが。


 俺の中で。


 目を覚ましていた。


「……俺が」


「自分を疑うたび」


「Rが出てきた?」


『違う』


『Rではない』


「じゃあ?」


『Rではないものを』


『探し始めた』


「……」


 その言葉に。


 俺は。


 息を止めた。


「Rじゃないもの」


『そう』


『お前は』


『Rになることを拒否した』


「……」


『32になることも』


『07になることも』


『七人目になることも』


『拒否した』


「……」


『それでも』


『お前は』


『何者かであろうとした』


「……」


『それが』


『俺にはできなかった』


 初代レインの声が。


 少しだけ。


 震えた。


『俺は』


『名前を選んだ』


『役割を選んだ』


『レインになることを選んだ』


『でも』


 一拍。


『その前に』


『Rを選び直すことができなかった』


「……」


『だから』


『お前を見ていた』


「俺を?」


『五十年間』


「……」


『お前が』


『Rに戻るのか』


『レインでいるのか』


『それを見ていた』


「……」


 俺は。


 ゆっくり。


 拳を握った。


「なら」


「答えは出ただろ」


『……』


「俺は」


「Rには戻らない」


『そうだな』


「レインでいる」


『そうだ』


「俺は俺だ」


 暗闇の中。


 初代レインが。


 笑った。


『それでいい』


 その瞬間。


 暗闇に。


 一つの光が灯った。


 小さな。


 白い光。


 そこに。


 文字が浮かぶ。


 ――R:選択終了。


「……」


 俺は。


 少し驚いた。


「終わった?」


『違う』


「じゃあ?」


『Rを選ばないことが』


『一つの選択として』


『記録された』


「……」


 つまり。


 Rは。


 消えたわけではない。


 否定されたわけでもない。


 ただ。


 「選ばなかったもの」として。


 そこに残った。


 俺が。


 それを選ばないと決めたから。


 光が。


 もう一つ。


 灯る。


 ――初代レイン:役割解除。


「……!」


 初代レインが。


 息を呑む。


『これは……』


「何だ?」


『俺が』


『五十年間』


『待っていたものだ』


「役割解除?」


『そう』


『俺は』


『ずっと』


『レインという役割を』


『守っていた』


「……」


『でも』


『今』


『お前が』


『レインとして生きることを選んだ』


「……」


『だから』


『俺は』


『レインである必要がなくなった』


 俺は。


 言葉を失う。


「じゃあ」


「お前は」


「何になる?」


 初代レインは。


 しばらく。


 黙っていた。


 そして。


 初めて。


 自分の胸を見る。


 そこには。


 番号も。


 名前も。


 何もなかった。


『分からない』


「……」


『でも』


 一拍。


『今は』


『分からなくていい』


 俺は。


 少し笑った。


「それ」


「俺がいつも言われてるやつだな」


『そうだな』


 その瞬間。


 初代レインの姿が。


 少しずつ。


 薄くなる。


「おい」


「消えるのか?」


『違う』


「……?」


『離れるだけだ』


「どこへ?」


『自由領域』


「……」


『番号も』


『役割も』


『名前も』


『まだ決めない』


 俺は。


 頷いた。


「それが」


「お前の最初の選択か」


『そう』


 初代レインは。


 笑った。


『遅すぎるけどな』


「五十年だからな」


『長かった』


「……ああ」


 その姿が。


 完全に。


 消える。


 最後に。


 声だけが残った。


『レイン』


「何だ?」


『ありがとう』


「……」


『俺の名前を』


『返してくれて』


 俺は。


 目を閉じた。


「……違う」


『?』


「俺は」


「お前の名前を返したんじゃない」


「俺が」


 一拍。


「俺の名前を選んだだけだ」


 暗闇が。


 一瞬。


 静かになった。


 そして。


 初代レインの声が。


 遠くから聞こえた。


『……そうだったな』


 光が。


 消える。


 代わりに。


 俺の目の前に。


 新しい表示が出た。


 ――自由領域:37%。


 ――旧R:保存。


 ――初代レイン:自由領域へ移行。


 そして。


 最後。


 ――現在のレイン:選択完了。


「……」


 俺は。


 その文字を見つめる。


 だが。


 次の瞬間。


 背後から。


 声がした。


「レイン」


「……!」


 振り返る。


 そこに。


 ミラがいた。


「大丈夫?」


「ああ」


「何してたの?」


「初代レインと話してた」


「……」


 ミラが。


 少し黙る。


「じゃあ」


「もういないの?」


「いや」


「自由領域に行った」


「……そっか」


 ミラは。


 少しだけ笑った。


「じゃあ」


「また一人増えたね」


「増えた?」


「自由領域に」


「名前なし」


「番号なし」


「役割なし」


「初代レイン」


「……」


「多すぎない?」


「確かに」


 俺は。


 苦笑した。


 だが。


 その直後。


 ミラの表情が変わった。


「……レイン」


「何だ?」


「これ」


 ミラが。


 壁を指差す。


 そこには。


 さっきまでなかった。


 一つの文字。


 ――M。


「……」


「M?」


 俺は。


 その文字に近づく。


 すると。


 文字の下に。


 新しい文章が現れた。


 ――R:選択終了。


 ――レイン:選択完了。


 ――M:選択開始。


「……!」


 俺は。


 思わず。


 Mを見る。


 彼女は。


 何も言わない。


 ただ。


 静かに。


 俺を見ている。


 そして。


 初めて。


 自分から。


 一歩。


 前へ出た。


『今度は』


 Mが。


 小さく笑う。


『私の番ね』


 ――自由領域:38%。


 そして。


 新しい扉が。


 開いた。


 扉の向こうには。


 「Mの最初の選択」


 とだけ。


 書かれていた。

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