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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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102/120

第102話 レイン

――名称候補:レイン。


 その文字を。


 俺は。


 黙って見ていた。


「……名前の音って」


 俺が呟く。


「どういう意味だ?」


 影は。


 答えない。


 ただ。


 俺の胸を。


 じっと見ている。


「おい」


「聞いてるのか?」


『聞いてる』


「なら答えろ」


『分からない』


「……」


 ミラが。


 小さく吹き出した。


「またそれ」


「何がおかしい」


「レインが怒ってる」


「怒ってない」


「怒ってるよ」


「……」


 影が。


 初めて。


 少し笑った。


『それ』


「何だ?」


『そのやり取り』


「……?」


『五十年前も』


『同じだった』


 俺の表情が。


 固まる。


「俺とミラが?」


『違う』


「じゃあ誰と?」


『RとM』


「……」


 ミラが。


 黙った。


 影は。


 ゆっくり。


 俺たちの間を見る。


『Rは』


『いつもMに』


『質問していた』


『Mは』


『いつも「分からない」と答えていた』


「……」


 俺は。


 ミラを見る。


「似てるな」


「うん」


 ミラは。


 少し複雑そうに笑った。


「なんだか」


「私まで昔の人みたい」


「安心しろ」


「何?」


「今のお前は」


「今のお前だ」


 ミラが。


 一瞬。


 目を丸くする。


「……うん」


 影が。


 静かに言った。


『それが』


『一番大切』


「何が?」


『昔と同じでも』


『同じ存在とは限らない』


「……」


『名前が同じでも』


『人生は違う』


 俺は。


 その言葉を聞いて。


 胸の奥が。


 少し軽くなるのを感じた。


 だが。


 影が。


 突然。


 こちらへ手を伸ばした。


『レイン』


「……何だ?」


『名前を』


「名前?」


『呼んで』


「誰を?」


『自分を』


「……」


 俺は。


 眉をひそめる。


「レイン」


 自分の名前を。


 口にする。


 ――その瞬間。


 部屋の壁が。


 一斉に。


 光った。


 ――音声認証。


 ――名称:レイン。


 ――存在照合:開始。


「……!」


 ミラが。


 壁を見る。


「名前を言っただけで?」


「何かが反応した」


 文字が。


 次々と変わる。


 ――第一世代:レイン。


 ――第二世代:レイン。


 ――第三世代:レイン。


 ――現在:レイン。


 俺は。


 息を呑む。


「……四つ?」


 ミラが。


 数える。


「初代レイン」


「五十年前のレイン」


「今のレイン」


「あと……」


 壁の一番下。


 もう一つ。


 ――原初R:レイン。


「……」


 俺は。


 言葉を失った。


「Rにも」


「レインという名前があった?」


 影が。


 首を振る。


『違う』


「じゃあ何だ?」


『レインという音が』


 一拍。


『Rに与えられた』


「……」


『名前になる前の』


『最初の呼び方』


 俺は。


 その意味を考える。


「つまり」


「レインという名前より」


「先に」


「レインという音があった?」


『そう』


「誰が?」


『M』


「……!」


 ミラが。


 息を呑む。


「Mが」


「レインって呼んだ?」


『最初に』


『Rを』


『レインと呼んだ』


 俺は。


 壁を見る。


 ――初回呼称:レイン。


 ――呼称者:M。


 ――対象:R。


 ――目的:未定義。


「……」


 目的が。


 「未定義」。


 つまり。


 Mは。


 ただ。


 Rを呼んだだけ。


 何かの計画でも。


 実験でもなく。


 ただ。


 誰かを呼んだ。


 俺は。


 なぜか。


 そのことが。


 妙に重要な気がした。


「M」


 俺は。


 遠くにいるMを見る。


「お前」


「どうしてRを」


「レインって呼んだ?」


 Mは。


 しばらく。


 黙っていた。


 そして。


 答える。


『分からない』


「……」


 ミラが。


 苦笑する。


「また」


「分からない」


 Mが。


 少しだけ。


 笑った。


『本当に』


『分からないの』


「じゃあ」


「思い出せない?」


『違う』


「……?」


『理由なんて』


 一拍。


『なかったから』


「……」


『ただ』


『そう呼びたかった』


 俺は。


 黙った。


 それだけ。


 理由なんてない。


 誰かを。


 ただ。


 そう呼びたかった。


 それが。


 最初の「レイン」。


 もしかしたら。


 今の俺の名前も。


 そんな単純なものだったのかもしれない。


 ミラが。


 小さく言う。


「名前って」


「そういうものかもね」


「どういうものだ?」


「理由がなくても」


「その人を呼びたいから呼ぶ」


「……」


 俺は。


 ミラを見る。


「じゃあ」


「俺をレインって呼ぶ理由は?」


 ミラは。


 少し考えて。


 笑った。


「呼びたいから」


「……」


「それじゃダメ?」


「……いや」


 俺は。


 少しだけ。


 笑った。


「十分だ」


 その瞬間。


 影が。


 こちらを見た。


『それが』


『名前の音』


「……?」


『名前は』


『記録じゃない』


『番号でもない』


『所有物でもない』


 一拍。


『誰かが』


『誰かを呼ぶことで』


『初めて生まれる』


 壁に。


 文字が浮かぶ。


 ――名称:レイン。


 ――初回発生:呼称。


 ――所有者:不存在。


「所有者なし?」


『そう』


「じゃあ」


「俺の名前は誰のものだ?」


 影が。


 答える。


『誰のものでもない』


「……」


『だから』


『誰にも奪えない』


 その瞬間。


 俺の胸の奥で。


 第三心臓が。


 強く鳴った。


 ――ドクン。


 自由領域。


 ――35%。


 だが。


 同時に。


 赤い警告が。


 表示された。


 ――名称「レイン」への接続要求。


「……」


「また何か来るよ」


 ミラが。


 身構える。


「誰だ?」


 壁に。


 一つの番号。


 ――32。


 俺の背中が。


 冷たくなる。


「……32」


 数字が。


 ゆっくり。


 変わる。


 ――三十二番:人格。


 ――三十二番:記憶。


 ――三十二番:器。


 そして。


 その三つが。


 初めて。


 一つの文字に。


 重なった。


 ――32=レイン。


「……!」


 俺は。


 一歩。


 後ろへ下がる。


「違う」


 思わず。


 口から出た。


「俺は32じゃない」


 壁が。


 即座に反応する。


 ――拒否を確認。


 ――名称「レイン」:維持。


「……」


 俺は。


 少し驚いた。


「拒否したのに」


「何も奪われない?」


 影が。


 頷く。


『それが』


『自由領域』


「……」


『昔は』


『名前を拒否すると』


『別の名前に置き換えられた』


『今は』


『拒否しても』


『空白のままでいられる』


「……」


 俺は。


 理解する。


 自由とは。


 選ぶことだけじゃない。


 選ばないこと。


 拒否すること。


 何も決めないこと。


 それすら。


 自分で選べること。


 だから。


 俺は。


 32ではない。


 七人目でもない。


 何かの完成品でもない。


 ただ。


 俺として。


 ここにいる。


 ミラが。


 隣で。


 笑った。


「やっと」


「この施設にも」


「少しは学習能力が出てきたね」


「……」


 俺は。


 壁を見る。


「でも」


「まだ終わってない」


 赤い文字が。


 浮かび上がった。


 ――名称「レイン」:維持。


 ――旧R:接続拒否。


 ――初代レイン:接続拒否。


 ――三十二番:接続拒否。


 ――M-02:接続拒否。


 そして。


 最後。


 ――原初人格:接続要求中。


「……」


 俺は。


 影を見る。


「お前か?」


『違う』


「じゃあ誰だ?」


 影は。


 俺の胸を指差した。


『中にいる』


「……」


 俺は。


 胸に手を当てる。


 第二心臓。


 第三心臓。


 そして。


 そのさらに奥。


 今まで。


 ずっと。


 何もなかった場所。


 そこから。


 声がした。


『――レイン』


「……!」


 その声は。


 俺の声に。


 よく似ていた。


 だが。


 俺ではない。


『お前は』


 一拍。


『まだ』


『俺の名前を』


『返していない』


「……」


 ミラが。


 俺を見る。


「レイン」


「ああ」


 俺は。


 胸元を。


 強く握った。


「誰だ」


 声は。


 答えた。


『――お前が』


『生まれる前の』


『レインだ』


 ――ドクン。


 第三心臓。


 そして。


 初めて。


 第四の鼓動が。


 鳴った。


 ――ドクン。


 壁に。


 新しい表示。


 ――原初人格:再構成率40%。


 ――旧R:覚醒開始。


 ――現在のレイン:名称維持。


 そして。


 最後に。


 今まで存在しなかった項目が。


 表示された。


 ――第五の存在:確認。


「……第五?」


 ミラが。


 呟く。


 俺は。


 その文字を見ながら。


 思った。


 まだ。


 俺の中には。

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