第105話 ダンジョンの幻獣 03
「ちょっとお兄ちゃん。全く意味がわからない。炎を纏うって私燃えちゃうじゃない。どういう意味?」
「リリーの風を喰らったらその時点で僕が終わっちゃうよ」
まぁ待てとメンバーを宥めるノア。少し考えてイフリートとティアからまとめることにした。
「いいか、まずティアは炎の精霊を宿しているんだ。他の人族や種族とは違う。選ばれた存在だ。炎を纏うことができるはずだ。そうだろイフリート?」
『まぁ、確かにそうだな。ティアの現状のレベルなら、俺がティアから出ていない状態であれば炎を纏うことはできるな』
「え? 本当に? 燃えないの?」
『いや、実際俺も今燃えてないだろう?』
「まぁ、確かに」
「今回はイフリートが炎を制御してほしい。ティアの身体が破壊されないようにマナを制御してやってくれ。ティアの目標はあの犬っころの腹に渾身のパンチを打ち込むことだ」
「……懐に潜り込んでパンチを打ち込むことはできそうだけど、問題はその威力があるかどうかよ」
「イフリート、炎の爆発力をティアの打撃に活かすように身体の内側から放てるか? ティアの手足がちぎれない程度に抑えてな」
『ノア! お前本当に面白いこと考えるな! 余裕だぜ。軽くやってみるか』
そう言ってイフリートがティアの身体に戻る。
「ティア、難しく考えずにイフリートの力を拳にのせるイメージでマナコントロールするんだ。ティアならできる!」
いつもこのとんでもない兄が見せる自信で満ち溢れた表情がティアに勇気を与える。なんの迷いもなく目を閉じて集中し始めた。
「ちょっと……ティア、無理はしないでね」
エミラたちが心配そうに見守る。
「スゥ〜、ハァ〜、スゥ〜、ハァ〜」
呼吸を整えてティアがどんどんマナを拳に集中させていく。ノアが何かを感じて他のメンバーを後ろへ下がらせる。ティアがケルベロスの方へと向きを変えてゆっくりと右手を引いて腰を下げて打ち込む姿勢を整えていく。
ボッ!
ティアの右手に炎が……周囲から見てもわかる。ティアに熱いとかそういった感情はなさそうだ。拳に纏う炎がみるみるうちに紅蓮の業火へと変わっていく。
「ティア、そろそろやばい! まずは一発放ってみるんだ!」
ノアの声が集中するティアに届く。そして構えた姿勢から思い切り右腕を前方のケルベロスに向かって撃ち抜く。
「でかい! 皆、僕の後ろへ回れ! リリー! バリアの上に更に風の壁を!」
「は、はい! ウインドウォール!」
ティア渾身の一撃が地面をえぐりながらケルベロスの胴体に向かって突き進む。衝撃で後ろへ吹っ飛びそうになるノアたちだったが、風の壁でなんとか耐えしのぐ。
ドーン!
ケルベロスはバリアを張ってなんとか防いだが、巨大な身体が後ろへ飛ばされそうになるほどの衝撃。ソイラ投石攻撃をやめてティアを睨みつけて様子を伺っている。
「惜しいなぁ〜! あいつバリアも張れるのか? まさか結界? まぁいっか。ティア! なかなかいい出来だな!」
「こ、これが私が放ったパンチ?」
右腕を伸ばしきったまま固まってしまうティア。
「状態はどうだ? 身体は普通に動かせるか?」
「うん、大丈夫みたい! イフリート! やったわよ! あなたも見たでしょ? これが私たちで放った打撃よ!」
『あぁ、こんな面白い攻撃ができたんだな……ノアはこれを全部わかった上でティアに試させたんだよな? 妹にこんなやばい一撃をうたせるなんて、とんでもねぇ兄貴だな。笑っちまうぜ』
「ティアだからできるって思っただけさ。マナコントロールはピカイチだからね。格闘センスもあるから。もし普通の魔土術士がやったら腕が吹っ飛んでいると思うよ」
サラッと話すノアに呆れてしまうエミラ。
「ノア……確かにこの攻撃はすごいけど、これを……その……リリーにやらせるのは私は了承できないわ。ティアとはマナコントロールの技術も違うし、何より……危険というか」
ニカッと笑ってノアがエミラとリリーの肩をポンと叩く。
「大丈夫だよ! リリーは普通に魔土術を唱えるだけで、あれをやるのは僕とヘンリーさ!」
ヘンリーの顔が青ざめる。なんとなくそうだろうと思っていたが、ティアのあの衝撃を見ると気持ちが前を向かない。ケルベロスが未だ攻撃してくる素振りを見せない。それほど強大な一撃だったのだろう。
「ノ、ノア……あれを本当に僕らでやるの?」
「うん! ヘンリーも一撃で強い魔物を吹っ飛ばしたいと思うでしょ? それにこれができたら剣の一撃もパワーアップするはずだ。リリーがいての話だけど」
「やる! 剣の腕を上げたいし!」
のせるのが上手いやつだとエアルヴァが感心する。そしてエミラが大きめの結界を張って幻獣ケルベロスの目の前でまさかの休戦。ドキドキしながら様子を見守るエミラ。
「まず、精霊は自由にその能力を扱える。例えばイフリートは祠の中で遠隔で空中に炎を作り出していた。手から放つ魔土術とは違って完全に独立した状態で任意の場所にその属性の効果を生み出すことができるわけだ。これって魔土術ではない。その精霊が宿る者にも同じ力が芽生えていると僕は考えているんだけど……そうだよね? エアルヴァ」
『……そうじゃな。そなたの言うことは正しい。リリアナにもその能力は備わっておるだろうな』
「よし! まずは条件クリアだ。次に僕の仮説なんだけど、精霊はマナを用いて詠唱するというよりも属性を自由に操作することができる。逆にいうと宿りし者のマナを感じてコントロールすることはできても、それ以外の者のマナを感じることはできないはずだ」
ノアの発言に理解が追いついていかないメンバー。エアルヴァも戸惑っている。
『ノア、そなたの言う通り、妾はリリアナ以外の者のマナに触れることはできん。それで一体そなたは何がしたいのじゃ?』
「ティアは拳にマナを手中させてイフリートがそのマナの集まった箇所に属性の力を放出したわけだから、リリーには僕とヘンリーのマナを感じてもらってそこにエアルヴァの属性の力を放出してほしいってわけ」
「え? そんなことできるの!」
「さすがにそれは無理でしょ。怖いから言うんじゃなくて、マナを感じ取るってことが厳しいよ」
リリーは何も言わないが、自信はなさそうだ。それも当然のことだ。他人のマナを感じようと努力したことなど今までないのだから。
「皆、落ち着いて聞いて欲しいんだ。マナを感じることは誰でもできることだ。実際に僕はそれを使ってサーチライトという魔土術を唱えているわけだし、テレポートもその応用だよ。ティアにもリリーにもそれは絶対にできる」
なるほど、と思えるほどに説得力はある。しかし、今ここでできるのか?
「ティアは炎だから今すぐに僕らに試すとちょっとやばそうだけど、風なら腕が吹っ飛ぶくらいで済むはずだ。そうなったらエミラの回復魔土術で治せるしね」
「いや、できるか! たとえ私が回復させて治せるとしても恐怖心が残るわ! ノアはどうかわからないけど、ヘンリーとリリーは……」
エミラの言葉に同調するリリー。ヘンリーは何も言わずに自分の右手を握って見つめている。
「私もそれは怖くてできないわ。トラウマになりそう……」
エミラとリリーから拒否されたノアがティアの方を向く。
「だったら仕方ないか……ティア。お前がやってくれ」




