第9話 二人一組
魔導騎兵を迎え撃つ場所は、俺が決めた。
町の前では戦わない。家が壊れるし、第一流れ弾が人に当たる可能性がある。
谷へ下りる坂の、途中の平場でやる。幅が三十メートルしかなく、左右は鉄屑の山だ。
五機が横に並べない絶好のポイントだ。
「坂の上で待ちます?」
「待たない。お前は平場の真ん中に立て」
「囲まれますけど」
「わざと囲ませるんだ。横に並べないから、囲むなら前と後ろだ。前と後ろなら、お前の軸足旋回が全部受けられるだろう?」
フィーネは操縦席の縁に手をかけたまま、少し黙った。
「……前後だけなら、回り切れますが」
「そ れ だ」
俺にはもう一つ、やることがあった。
地下格納庫から、ツギハギを出した。梯子の穴は人が通る分しかないから、扉の方を全開にして、腕一本と脚二本で斜面を上がらせる。腰へは回路が通っていないので上体はまだ前へ折れたままだ。
ツギハギを谷の縁、坂を見下ろす位置に立たせた。
夕暮れの逆光で、輪郭だけが黒く残る。
膝の高さが十メートル。装甲の半分は塗装の色が違う。横一文字に裂けた単眼のスリットに、炉の光が入っている。
どこから見ても、敵役の顔だった。
「オサムさん、それ、戦えないんですよね」
「戦えないな。腕一本で、腰も通ってないし」
「では、なぜ?」
「立ってるからだ。盗賊は、俺たちの機体の数を知らないだろ。威圧に使える」
ガウスが点検ハンマーを肩に担いで、ツギハギの足元へ座った。
「わしは何をすればいい」
「ジジイは何もせんでいい。ただ、そこにいろ」
「座っとるだけか?」
「人が座ってる機体は、乗ってるように見える」
ミィルは井戸の縁から動かない。水を呼ぶ係だ。鉄には何もできないと、本人が一番よく分かっている。
俺はステータス画面を開いた。十二年、ほとんど見なかった画面だ。
【鍛島修/オサム】
【職業:修理職 Lv.99】
【筋力:980 器用:940 敏捷:420 体力:610】
【魔導整備:SSS 操縦:E】
俺は生身ステに極振りした。十二年、攻略wikiの定石に一度も従わずに。
定石は、全部マギアに振れと書いてある。生身の数字を上げても使う場面がないからだ。だからギルドの三百人は、全員が生身のまま初期値に近い。ドレイクの筋力は、確か八十にも届いていなかったはずだ。
俺の敏捷は四百二十で止まっている。騎兵の能力を考えると、拳は優に時速百kmは超えるだろう。敏捷四百二十では、おそらく反応して避けることはできない。
できないが、避ける方法はある。
俺は工具ベルトを締め直して、トルクレンチを背負った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
五機が坂を上がってきたのは、日が落ちる直前だった。
LZ-03Bが四機。塗装はまだらで、腕の太さが左右で違う機体もある。墓場の部品を継ぎ合わせた盗賊仕様だ。
だが先頭の一機だけ、違った。
LZ-05。量産機の上位型で、整備性A。壊れにくい機体で敵に回すと厄介な奴。肩から鉤爪付きの腕を一本増設していて、全高は九メートルを超えている。
【対象:LZ-05改造機】
【増設腕:取り付け部に規格違いのボルト六本】
解析眼が線を引いた。
増設は、どこの工房でもない誰かがやった仕事だ。穂先の向きも、ボルトの頭の揃え方も、何も考えていない。
「そこの機体ィィィィィィ!」
頭目機の拡声器が割れた声を出した。四日前に膝を外した髭面の男の、仲間だろう。
「墓場の鉄を全部置いていけ! そうすれば町は焼かん!」
「持っていけないだろお前ら」
「なんだって?」
「置いていったら、その鉄をどこへ運ぶ。お前らの機体、全部で四台ぶんの積載もないだろーが?」
坂の下で、頭目機が止まった。
後ろの四機のうち、二機が足を止めている。向きが斜め上を向いていた。
谷の縁の、ツギハギを見ている。
輪郭だけが黒く、顔は単眼。炉の光が入って、スリットが赤い。
「……あれは何だ」
「XG-00だが?」
「聞いたことねえぞ」
「出回ってない。試作機だからな」
嘘は言っていない。だが、動かないことだけ言っていない。
二機が、ツギハギの方を向いたまま、動かなくなった。
五機のうち二機が止まれば、三機だ。
「フィーネ」
「はい」
「前後から来る。三機だ」
「問題ありません。受けます」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
先に動いたのは、後ろへ回った一機だった。
ザッ――ドッ。
平場の幅が足りないので、横をすり抜けられない。背後へ出るには、フィーネの機体の前を通るしかない。通した。
フィーネのPL-07が、右脚を地面へ突き立てた。
ザリッ。
軸足旋回。
四日前、膝が死んでいた時に彼女が即興で出した動きだ。曲がらない脚を杭にして、その周りを回る。正面をいつでも敵へ向けられるが、踏み込みはできない。
今日は、膝が生きている。
機体が右脚を軸に半回転して、背後へ回ろうとした一機の側面を、盾の縁で削った。削って、そのまま回転を続ける。前から来た二機目の鉤爪が、回ってきた盾へ食い込んで、横へ流れた。
ガンッ――ギャリッ。
二機の攻撃を、一回の旋回で受けた。
膝が生きているから、回転の途中で沈み込める。沈めば旋回の速度が上がる。四日前の旋回は、杭の周りを歩いて回る動きだった。今のは、脚で地面を掴んで捻る動きだ。
【軸足旋回の習熟度が上限に達しました】
【軸足旋回が正式な技能として登録されました】
フィーネの画面にも、同じ表示が出たらしい。
「……今、何か出ましたが?」
「技能になった。お前が作った技だな」
「作ってません。曲がらない脚で、どうにかしただけですけど?」
「それを技と言うんだぞ」
三機目が、坂を駆け上がってきた。
「看破」発動。
俺はそう声に出した。これで意志力が二十、減る。
坂を上がってくる機体の輪郭に、赤い線が走った。右の肩口。換装の継ぎ目で、ボルトが規格違いのものに替わっている。ねじ山が半分しか噛んでいない。
「フィーネ。今の、見えたか」
「見えました。右の肩のところが、赤く」
「そこだけ押せ。殴らなくていい、体重を預けるだけでいい」
十二年、この指令を人に向けて使ったことは一度もなかった。味方に弱点を見せる指令は、見せる相手がいないと意味がない。
駆け上がってきたのは頭目機だ。増設した鉤爪の腕を、上から振り下ろす。
ゴォッ。
フィーネの機体が左腕の盾を上げて、受けた。
受けたが、音が違った。
ガギッ――ベキッ。
盾ではなく、肘が鳴った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
俺は思いっきり走り出していた。
三十年前の型の肘は、駆動軸を一本で支えている。上から八トンを受ければ、軸が曲がる。曲がった軸は、二度目で折れる。
平場の端から、フィーネの機体の足元まで二十五歩。
敏捷四百二十の走りは、速くはない。短距離の陸上選手にはおそらく負ける。だが八十キロのレンチを背負ったまま、同じ速度で走り続けられるだけの速さはある。
重さを無視して走れるのは、筋力の数字が走りを支えているからだ。
十歩目で、頭目機の鉤爪が二度目に上がった。
「フィーネ! 左腕を下げろ! 受けるなよ!」
「受けないと――」
「回れ! 受けるんじゃなくて流せ!」
騎兵の拳は、時速百を超える。
反応して避けられる速度ではない。だが拳が出る前に、肩が鳴る。
キィン――。
肩部アクチュエータの、加圧の音だ。駆動系に圧がかかってから腕が動き出すまで、〇・四秒ある。十二年、格納庫で嫌になるほど聞いてきた音だった。
音を聞いて、四百二十の敏捷で横へ二歩。
足りる。
ゴッ!
鉤爪が、俺が一瞬前にいた場所の地面を削った。砂利が背中に当たって、作業帽が飛んだ。
避けたんじゃない。音を聞いたから、先に動いただけだ。
フィーネの機体の足元に着いた。左腕の肘は、装甲の継ぎ目が開いている。中を覗くと、駆動軸が三十度曲がっていた。
「軸が逝ってる。交換する」
「ええっ!?何言ってるんですか、交戦中ですよ!?」
「わかってる、だが回り続けろ。三十秒くれ」
「……三十秒ですね!」
返事が早い。この四日で、迷いのない返答を三回聞いた。
交換用の軸は、持っていない。だから、取ってくる。
さっきフィーネが盾で削った一機が、平場の端で膝をついていた。側面の装甲が剥がれて、左腕の肘が露出している。LZ-03Bの肘だ。
ランツァーの駆動軸は、パラディオンのものより二ミリ細い。そのままでは入らない。
入らないなら、入るようにする。
共食い整備。
膝をついた一機へ走って、肘の装甲を蹴り開けた。留めボルトは四本で、うち二本が規格違い。盗賊の仕事だ。ねじ山が半分しか噛んでいないので、レンチを噛ませて逆へ回せば、一本目はねじ山ごと飛ぶ。
ガチッ――キンッ。
二本目も同じ。三本目と四本目は正規品で、こっちは手応えが重い。
四本抜いて、軸を引き抜いた。長さ六十センチ、重さ百十キロ。肩に担いで走る。
「あと二十秒です!」
フィーネの数える声が、拡声器から降ってくる。
機体の足元へ戻って、曲がった軸を抜く。曲がっているから、まっすぐ抜けない。レンチを梃子にして、曲がりの内側から押し出した。
ガコン。
空いた穴へ、ランツァーの軸を差し込む。二ミリ細い。隙間が空く。
隙間は、埋めればいいだけだ。
工具ベルトから薄い鋼の板を抜いた。当て板。厚さ〇・五ミリのものを四枚、軸の周りへ巻いて、径を合わせる。
「あと十二!!」
頭上で、頭目機の鉤爪が三度目に上がった。
キィン――。
肩が鳴った。〇・四秒。
軸を押し込んで、留めボルトを一本だけ通した。四本のうち一本。それで、まず保つ。
横へ二歩。
ゴォッ!
鉤爪が、フィーネの機体の脛を削った。装甲が一枚、吹き飛んで坂を転がっていく。
「あと四!」
「もういい、曲げろ!」
フィーネの機体の左腕が、肘から曲がった。
ギュイッ。
四日前の膝と同じ音だった。作動油がしっかり乗った、低い駆動音。
曲がった腕が、上から来る鉤爪の軌道へ、盾ではなく手のひらを差し込んだ。
受けない。掴んだ。
「三十秒修理、三十秒で立たせてやる」
言ってから、自分の位置を確かめた。頭目機の足元だ。
打音点検をするのに、これ以上いい場所はない。
カン、カン。
頭目機の脚部装甲を、二か所叩いた。
澄んでいる。整備性Aの量産機は、こういう音を返す。盗賊が乗っていても、機体そのものは真面目に作られていた。叩いて濁るところがない。
濁るところがないなら、濁るところを探す場所を変える。
俺は肩を見上げた。
増設した鉤爪の腕。取り付け部に、規格の違うボルトが六本。
カン。音が――濁った。
「フィーネ! 掴んだまま、引け!」
「引く――引けばいいんですね!?」
「腕ごと引っ張れ! 根元から来るぞ!」
パラディオンの左腕が、鉤爪を掴んだまま、腰を落として引いた。三十年前の型の、ばねの効いた踏み込みだ。膝が生きているから、腰から入れる。
取り付け部の六本のボルトは、規格が揃っていない。揃っていないボルトは、同じ力を同時に受けられない。
一番細い一本に、全部の力が集まる。
ギチッ――バキィッ!
増設腕が、取り付け部ごと、頭目機の肩から外れた。
八トンの腕が坂を転がって、鉄屑の山の裾で止まった。
頭目機が、肩の穴から配線を垂らしたまま、二歩下がった。
残っていた二機が、同時に向きを変えた。谷の縁のツギハギを見上げて、それから坂の下へ逃げた。
ツギハギは、動いていない。
足元で、ガウスが座ったまま、点検ハンマーを肩に担いでいた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
頭目機の操縦席から転がり出てきたのは、まだ若い男だった。
逃げる脚に力が入っていなくて、二歩で砂に手をついた。
「おい、待て」
「……」
「お前ら、三機だったはずだろ。五機になった金はどこから出た」
男は答えなかった。
俺は坂に転がっている増設腕へ歩いて、取り付け部のボルトを一本抜いた。頭の形を日に向ける。
「このボルト、王都の規格だな?」
「……」
「盗賊が王都の規格のボルトを持ってる理由を、俺は一つしか思いつかない」
男の肩が動いた。
「……王都のギルドだ」
フィーネの機体が、拡声器を切った音がした。
「ちっ。バレてちゃしょうがねえ。南西方面の掃討作戦だと言われた。前払いで、機体を二機増やす金が出たんだ。墓場の鉄を押さえて、町を潰せとな」
「ギルドの名前は?」
「アーク……アーク・ヴァンガードとか言ってたな。旗印は、白金の騎兵だ」
当然、俺は予想していたし、知っている。俺が十二年、毎晩整備していた機体の色だ。
男は砂の上で震えていた。こいつは知らない。自分が誰に雇われて、誰の町を潰しに来たのかを、何も知らない。
知らないまま、五機でやってきたのだ。
俺は増設腕のボルトを、作業着の胸ポケットに入れた。
「帰っていいぞ。だが、機体は置いていけ」
「えっ!?」
「墓場に捨てられたものは、拾った者のものだ。この坂は町の境界の内側だ。お前らが置いていった鉄は、町のものになる」
「置いてけって、それじゃあんまり……」
「歩いて帰れ。二キロだ。生身でも歩けるだろーが? 大体、襲ってきてて厚かましいんだよ、殺されないだけマシだと思え」
男は何か言いかけて、やめた。やめて、もう一人と二人がかりで、倒れている仲間を抱えて坂を下りていった。
抱えられていた男の足が、地面を擦っていた。
フィーネが盾で削って、膝をついた一機の乗り手だ。
俺が肘の装甲を蹴り開けて、軸を抜いた機体だ。
百十キロの軸を抜けば、片側の支えが消える。膝をついた姿勢で支えが消えれば、坂の下側へ倒れる。
倒れることは、分かっていた。
中に人がいるかどうかは、確かめていない。
「オサムさん」
「ダメだ。見るな」
「見ました」
「……そうか」
俺は工具箱の蓋を閉めた。
閉めてから、もう一度開けて、中を見て、また閉めた。中に用はなかった。
直した機体の数は、数えてある。四千三百八十日ぶん、全部ある。
壊した数は、数えていない。数えるほど壊していなかったからだ。
今日で、三つになった。
二つは、機体だ。
「オサムさん。あの人たちは、先にこの町を襲いました」
「襲ったな」
「墓場の鉄を奪って、町を潰すつもりでした」
「ああ、本人がそう言ってたな」
「だから、仕方がないです」
「ああ、仕方がないな」
フィーネは、俺の顔を見上げた。
「……仕方がないって、二回言いましたね?」
「言った」
「一回で済む話なら、一回で済みます」
「そうだな」
坂の下で、足音が遠ざかっていった。
三人いて、自分の脚で歩いているのは二人だった。
平場に残ったのは、頭目機のLZ-05改造機と、側面を削られたLZ-03Bの一機だった。
どちらも、直せば動く。
「オサムさん」
フィーネが操縦席から降りてきた。左腕の肘から、作動油が糸のように垂れている。
「ボルト一本で、保ちました!」
「保たせた。明日、四本全部入れるぞ」
「……今日は、ありがとうございまし――」
「礼は言うな」
「えっ」
「仮留めだ。まだ一本しか入ってないからな、礼は終わってからもらう」
フィーネは口を半分開けたまま、俺の顔を見た。
それから、肘の継ぎ目を見た。
「……明日、言いますね」
「ああ、それでいい」
谷の縁で、ツギハギが立っていた。
夕暮れはもう終わって、空は星の出る前の色になっている。十メートルの機体が、腕一本を垂らして、前へ折れた姿勢のまま、坂を見下ろしている。
単眼のスリットの光は、まだ消えていない。
「ノイズ」
「ハイ」
「立ってるだけで、二機追い返せたぞお前」
「……ハイ」
「どう思う」
「……ツギハギ、ノ、カオ、ガ、ワルイ、カラ、デス」
こいつ。それで、褒めているつもりらしい。
【ザルツ 住人200/稼働騎兵1(+修復待ち2)/整備士2/井戸1/備蓄12日】




