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魔導騎兵が動くのは、俺が毎晩直していたからです ~産廃機と壊れたAIで、全ゲームの兵器を整備する~  作者: 勇者ヨシ君
第一部 墓場の整備所

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第8話 井戸の底、森の使者

 井戸が枯れたのは、六日目の朝だった。

 知らせに来たのは、工房初日に巻き上げ機の取っ手を直してやった子どもだった。工房の入口まで走ってきて、息が整う前に言った。


「お兄さん、桶が、音がするんだよぅ」

「音って?」

「下まで落ちたら、ゴンってさ」


 水に落ちれば、ぼちゃんと鳴る。底に当たればゴンと鳴る。


 音で分かった。

 井戸はザルツに一本しかない。二百人が、朝と夕にその一本へ桶を下ろす。枯れたら、谷を越えて二キロ先の川まで歩くことになる。騎兵なら水樽を運べるが、フィーネの機体を毎日水汲みに使えば、燃料の魔晶石(ましょうせき)が一日二個ずつは消える計算だ。

 町の収入では、三日で止まる。俺は工具ベルトを締めて、走った。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 井戸の周りには、もう十人ほど集まっていた。

 俺は縄を引き上げて、桶の底を見た。濡れていない。砂だけが薄く付いている。

 四日前に石を一枚入れて直した枠は、まだ水平を保っていた。滑車も素直に回る。縄が切れた原因は軸受けの楕円で、それは当て板で直した。


 直したところは、どこも壊れていない。

 つまり、井戸の問題じゃない。

 縄をもう一度下ろして、深さを測った。十二メートルで底に当たる。ガウスに聞いたところでは、三年前まで八メートルで水だったという。

 四年で四メートル下がって、今日、底に着いた。


「兄さん、掘り下げるか?」


 ガウスが、曲がった指で井戸の縁を撫でた。


「掘れば出るか」

「出るかもしれん。出んかもしれん。わしの村も、昔そうやって五メートル掘って、それで駄目だったからな」

「駄目だった時はどうしたんだ」

「村を捨てた」


 言葉と裏腹に、その言い方には重みがなかった。四十年前の話を、天気の話と同じ調子で言う老人だった。

 俺は再び井戸の底を覗き込んだ。暗い。縄の先が、砂の上で小さく揺れている。

 揺れている。

 風は吹いていない。


「おーい」


 なぜか俺は、ふと声をかけた。井戸の中へ。

 十人の町人が、俺の方を見た。

 三秒くらい間があってから、井戸の底から声が返ってきた。


「……誰か、いるの?」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 声の主を引き上げるのには、およそ六分かかった。

 縄の先に輪を作って下ろし、脇の下に通させて、滑車で上げた。その体重は二十キロにも満たないほどだった。滑車が素直に回ったので、こっちは何もしていない。四日前に軸受けを直しておいたのが、今日になって効いたのだ。


 よっこらしょと、井戸の縁に腰を下ろしたのは、十歳くらいの子どもだった。

 淡い緑がかった銀髪を、頭の両側で二つに結んでおり、結び目から下の髪が腰まで垂れている。耳が長く、先が尖っていた。目は緑で、瞳の形が人間と少し違う。薄い外套の下は裸足で、足の裏が井戸の壁を擦ったのか、白く汚れていた。どうみてもエルフだ。まあ、俺はゲームの種族として知っていたが、町人は一歩引いた。


「森霊だ」

「森霊の子だぞ!?」

「なんで井戸から――」


 子どもは、濡れた外套の裾を絞ってから、俺を見上げた。


「ありがとうお兄さん。助かったよ」

「お前、親はどこだ?」

「……はあ?」

「迷子じゃないのか。親か、連れがいるだろ?」


 緑の目が、すっと細くなった。


「百二十歳だよ、わたし」


 手が止まった。


「百二十!?」

「エルフだからね。人間の歳で数えるなら、たぶんおばあちゃんより上でしょ」

「……そうか、そういうもんだよな」

「その『……そうか』って何。納得してないでしょ」

「納得したが、お前の顔が年齢に追いついてない」

「顔のことは言わないでくれない!?」


 言われて、俺は自分の顔を思い出した。

 二十歳そこそこで止まっているアバターに、三十五の声が乗っている。他人の見た目について、俺が何か言える立場ではなかった。


「わたしね、ミィル・フォンテーヌ。森霊国(しんれいこく)シルヴァーナから来たの」

「オサムだ。整備士をやってる」

「整備……セイビって?」

「壊れたものを直す仕事だ」

「ふうん。わたしは水と木に頼む係。精霊術《スピリット・ウィスパー》っていうのよ」


 頼む係、という言い方を、覚えておこうと思った。


「なんで井戸の底にいた」

「水脈を見に行ったの。上から聞いても分からなかったから、下まで降りた」

「縄で降りたのか」

「風魔法で浮いて降りた。降りるのはできるんだよ。上がるのができなくてさ」

「できないのか?」

「井戸が細いから、風が回らないの。下から押すには、横に逃げる場所がないと駄目で……」


 ミィルは言いながら、だんだん小さい声になった。


「……笑ってる?」

「笑ってない」

「笑ってるじゃん。目が」

「百二十年生きてて、井戸で詰まるのかと思っただけだ」

「わたしも思ってるよ、それはさ!!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 工房へ連れていって、ミィルに干し肉を出してやった。

 ガウスが眉を上げた。


「森霊の子は、木の実しか食わんと聞いとったが」

「なんでも食べるよ」

「食うのか」

「肉も食べるし、お酒も飲む。森の外で何を言われてるのか知らないけど、だいたい間違ってるからねそれ」


 ミィルは干し肉を両手で持って、端からかじった。歯の形は人間と同じらしかった。


 食べながら、彼女は工房の中を見回した。作業台の上の工具、壁に立てかけたLZ-03(ランツァー)の腕、床に広げた冷却配管。

 それから、俺の方を見た。


「ねえ、整備屋。ちょっと試していい?」

「何を」

「術」


 返事をする前に、ミィルは右手を俺の方へ向けた。

 指先から、緑の光が糸のように伸びた。糸が俺の手首に触れて、皮膚の下へ沈んだ。


 温かい。

 手のひらの古い火傷の跡が、少しだけ引いた。痛みは元からないが、引っ張られる感じがなくなった。


「効くね」

「何をした」

「怪我のあと。あれ、まだ中で縮んでたから、ほどいた。人間は生きてるから、術が通る」

「生きてるから」

「そう。精霊は、生きてるものの中にしかいないの」


 ミィルはそこで言葉を切って、俺の手首を見たまま動かなくなった。


「……ねえ、整備屋」

「なんだ」

「あなた、何者なの」

「整備士だけど?」

「そうじゃなくて。体の中。術を通すと見えるの。筋とか、血の通り道とか」


 緑の目が、俺の腕から肩へ上がって、胸で止まった。


「人間の筋って、川みたいに流れてるんだよ。太いのと細いのがあって、ゆるく束になってる。あなたのは、そうね、いうなら”縄”かな?」

「縄ぁ?」

「撚ってある。何重にも。密度がおかしいの。骨も太いしさ」


 ミィルは一歩下がって、俺を頭から足まで見た。


「百二十年生きてて、こんな体は二回しか見たことない。一回は森の守護獣。もう一回は……言わない」

「そこ、言えよ」

「言わない。縁起が悪いからね」


 ガウスの方は、俺の顔ではなく手を見ていた。


「兄さん。どれくらいの力なんじゃ?」

「ああ。筋力が九百八十だな」

「数字で言われても分からんのう」

「じゃあ聞くが、お前が若い頃、工房で一番力があった男は、どのくらいの重さのものを持てた?」

「百キロの鋳物を、一人で担いだやつがおった。工房の伝説になっとる」

「俺は四百キロの膝関節を担いで、二十歩走ったな。四日前だ」


 ガウスの手が止まった。


「……兄さん。それは、人の話をしとるのか?」

「人の話だ。てか俺のな。ただ、十二年ぶん振り続けた数字が乗ってる......といってもわからんよな」


 VGOのレベルアップでもらうポイントは、生身と魔導騎兵(マギア)のどちらにも振れた。攻略wikiの定石は一行で済んでいる。

【全部マギアに振れ、生身は捨てていい。】


 生身で遊ぶ場面がないのだから、それは正しかった。十二年、誰もその一行を疑わなかった。

 だが、修理職の育成には定石があった。重い部品を運び、大きな工具を振るうために、筋力と器用へ全部のポイントを振る。戦わない職だから、ほかに振る先がない。十二年ぶんのレベルアップを、俺は全部そこへ注いだ。課金ができなかったから、素材も全部自分の足で掘った。


 画面の上では、ただの数字だった。この世界では、数字がそのまま筋肉に変換されているようだ。


「ミィル。俺の数字と、普通の人間はどのくらい違う?」

「わかんないよ、わたしにも数字は見えないもん。でも――」


 ミィルは井戸の方を指した。


「さっき、わたしを引き上げた縄。あれ、片手で引いてたよね」

「軽かったからな」

「わたし、二十キロはあるよ。十二メートル下から、片手でってすごくない?」


 言われて、自分の右手を見た。縄を引いた感覚が、残っていない。

 ミィルは干し肉を置いて、工房の奥へ歩いた。壁に立てかけてあるランツァーの腕を見上げる。全長四メートルの鉄の塊だ。


 同じように、右手を向けた。何も起きなかった。


「……ね?」

「何も出ないな?」

「出ないの。鉄には精霊がいないから。何回やっても、一回も、ぜんぜん無理」


 ミィルは手を下ろして、指を三本立てた。


「森霊は人と亜人に勝つ。生きてるから術が効く。人と亜人は機人(きじん)に勝つ。鉄の体の外し方を知ってるから。そして機人は森霊に勝つ。術が効かないから」


 三すくみだ。攻略wikiの種族(しゅぞく)ページに、同じ図が載っていた。三角形に矢印が三本。種族戦争のバランス調整として説明されていて、読んだ時は数字の話だと思っていた。


「森では子供でも知ってる話だよ。……でね、だから誰も、誰かを滅ばせないの」

「滅ぼせるだろ。勝てる相手なら」

「滅ぼしたら、次の年に買うものがなくなるよ」


 森霊は人の国から穀物を買う。人の国は機人の国から部品を買う。機人の国は森霊の国から魔晶石を買う。勝てる相手から奪わずに、買っている。


 三すくみは、バランス調整ではなかった。

 三つの国が、互いに相手を生かしておく理由だった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 井戸へ戻ったのは、昼を過ぎてからだった。


「で、水脈はどうだった」

「うん、細くなってる。切れてはいない」


 ミィルは井戸の縁に腰かけて、素足を中へ垂らした。


「下で聞いたら、水の精霊が『痩せた』って言ってた。流れが止まったんじゃなくて、通る量が減ってるの。だから呼べば来る。来るけど、すぐまた減っちゃうの」

「呼ぶのはできるんだな」

「できるよ。それは生きてる水だから」

「じゃあ呼んでくれるか?」

「いいけど、呼んだ水は、桶で上げられないよ」


 言われて、井戸の縁を叩いた。


 カン。


 濁った。四日前に石を入れて水平にしたのは、枠の傾きを止めるためだ。それで縄の擦れは止まったが、枠そのものの石積みは四十年ぶん崩れかけている。十二メートルの深さから満杯の桶を上げれば、縄にかかる力は前より大きい。

 今の枠と滑車では、一日に何十回も上げ下げすれば持たない。


「ミィルが水を呼べる。俺が桶を上げられるようにする」

「どのくらいかかるの」

「枠の石を組み直して、滑車を二枚掛けにする。半日もあればできる」

「半日でいけるのね」

「石はガウスが積む。あいつは四十年前、王都の工房で石を積んでた」

「わしは石工じゃないぞ」

「工房の炉の基礎を積んだと言っただろ」

「……まあ、確かに言ったな」


 ガウスは曲がった指で顎を撫でて、それから縁の石へ手をかけた。腰を落として、両腕で抱えて、動かない。


「……兄さん、これは二人がかりだ」

「どけ」


 俺は石の下へ手を差し込んで、片手で持ち上げた。四十センチ角の切石で、七十キロはある。持ち上げてから積む位置を目で測って、置いた。


 ゴト。


 ガウスが何も言わなくなった。井戸の周りの町人も黙った。十人ぶんの視線が集まっているのに気づいて、俺は手を払った。


「見てるんじゃねえ。お前らも石を運べ」

「……運ぶ石が、もう上にあるが」

「次の石だ。十七個あるからな。分業してやれば速いぞ」


 滑車を二枚にするのは、力を半分にするためだ。二枚で折り返せば、引く長さは倍になるが、縄にかかる力は半分で済む。石の枠が負けるのは力の方だから、それで持つ。

 墓場から直径三十センチの滑車を掘り出すのに二時間、組み付けて縄を通して、夕方になった。


 組み付け終わって、縄を通したのは夕方だった。

 ミィルが井戸の縁に両手をついて、底へ向かって何かを言った。言葉ではなかった。息を吐くような、短い音の繰り返しだ。


 三十秒ほど続いて、止まった。


 ゴ、ゴ……ゴポッ。


 井戸の底で、音が変わった。

 桶を下ろす。十二メートルで、ぼちゃん、と鳴った。


 引き上げる。二枚掛けの滑車が、二度に分けて縄を巻いた。縄を引く手は軽い。縁の石は動かない。

 上がってきた桶に、水が半分まで入っていた。

 町人が声を上げた。ガウスが縁の石を叩いて、音を確かめている。濁っていなかった。


「出たね」

「出たな」

「でも、半分だよ」

「半分でもいい。残りは次を掘る」


 ミィルは濡れた手を外套で拭いて、俺を見上げた。


「ねえ、整備屋。なんで鉄は返事をしないのかなあ?」


 聞き方が、ばかにしている感じではなかった。本当に不思議そうだった。


「返事はしないな、確かに」

「しないのに、直すんだ」

「返事はしないが、音は返す。緩んでれば濁るし、締まってれば澄む。叩けば答えてくれる」


 俺は井戸の枠を、もう一度叩いた。


 カン。音はとても澄んでいた。


「こっちが聞きに行くんだ。鉄は呼ばれて来ないからな」


 ミィルは少しのあいだ、何も言わなかった。

 それから、井戸の縁を、自分の手のひらでそっと叩いた。

 ペタ、と鳴った。音にもならない音だった。


「……全然わかんない」

「百年やれば分かるんじゃないか?」

「百二十年やってるの、わたし」

「鉄はやってないだろ」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦



 日が落ちてから、ミィルは本題を話した。

 工房の作業台に、干し肉の二本目を置いて。


「わたしが来たのは、井戸のためじゃないの」

「だろうな。森霊の国から六日は歩く」

「九日。途中で雨に降られたから」


 それだけ歩いて、彼女は辺境の町の井戸の底にいた。


「森の木が枯れてるの。大樹海の、南の端から」

「どのくらいだ?」

「去年から。最初は一本か二本だったけど、今年になって、面で枯れてる」


 面で枯れる。原作の第四章だ。『七王戦役(セヴンズキングバトル)』の第四章、森霊国シルヴァーナ。大樹海(だいじゅかい)の枯死。章の冒頭で森王が使者を各国へ出して、原因を探らせる。

 使者は七人いた。そのうち六人は名のある術師で、七人目だけが名前も付いていなかった。


「使者は七人だよな?」

「……なんで知ってるの」

「知ってるんだ。悪いが説明が長くなるから聞かないでくれ」

「七人だよ。六人は偉い人で、わたしは数が足りなかったから入れられたの」


 やっぱり七人目だ。シナリオは、確かに動いている。


「それで、お前はなんで井戸を見てた?」

「森の木が枯れてて、ここの井戸も枯れた。水の精霊が『痩せた』って言ってる。森の精霊も同じことを言ってるから、だね」


 ミィルは干し肉をかじって、少し考えてから続けた。


「たぶん、同じ理由だよ。森とここは、二百キロ離れてるけど」


 二百キロ離れた土地で、同じものが痩せている。

 俺は床に広げた冷却配管を見た。魔晶石を燃やして、炉を回して、機体を動かす。あの緑の粒は、鉱山と、鉄喰いの腹から出てくる。

 鉱山の魔晶石は、土の中にある。土の中から、誰かが取り続けている。


「おい、ノイズ」

「ハイ」

「魔晶石の生成条件(スポーン・ルール)は、データに残ってるか」

「……ザンゾン、シテ、イマス」

「読み上げろ」

「……チジョウ、ノ、マソ、ガ、チカ、デ、ケッショウカ、シマス」


 地上の魔素が、地下で結晶化する。

 つまり魔晶石は、鉱物ではない。土地が溜めた魔素が固まったものだ。


 掘れば減る。減れば、同じ魔素を使っている木が枯れる。水が痩せる。

 整備の現場で何度も見た形だった。足りないものを一箇所から取り続けると、まず関係のない場所が先に壊れる。


「ミィル」

「なに」

「その話、森の偉い六人は信じたか?」

「言ってないよ。わたしの番が来る前に、みんな帰っちゃったから」


【ザルツ 住人200/稼働騎兵1/整備士2/井戸1(水量半分・次の候補地あり)/備蓄12日】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 その音に最初に気づいたのは、ガウスだった。

 工房の入口で曲がった指を上げて、こっちを止めた。


「兄さん。足音だ」

「人か?」

「人の足は、こうは鳴らんのう」


 俺も聞いた。谷の向こう、南の斜面の方から、間の長い打撃音が届いてくる。


 ドッ……ドッ……ドッ。


 三秒に一回。一歩の間隔が長い。重いものが慎重に歩いている音だ。

 騎兵だ。それも一機じゃない。足音が重なって、二つ、三つ、四つ。数えているうちに、五つ目が混ざった。


「五機だな」

「兄さん、鉄屑漁りどもは三機だったぞ」

「増えてる、のか」


 フィーネが厩舎から駆けてきた。もうPL-07(パラディオン)の昇降梯子に手をかけている。


「町の鐘を鳴らします」

「鳴らせ。それと、地下の鍵を開けるぞ」

「地下……オサムさんの機体、まだ三部位しか動きませんよね」

「三部位だ。戦えないな」

「では、なぜ」

「立(・)て(・)る(・)か(・)ら(・)だ」


 ミィルが干し肉を置いて、井戸の方を振り返った。


「整備屋。わたし、鉄には何もできないよ?」

「知ってる。お前は水を出して援護しろ。もし火が出たら、消すのに要る」

「……わかったよ」


 ガウスが点検ハンマーを掴んだ。四十年ぶりに、工房の人間として使う構えだった。

 俺は工具ベルトを締め直して、トルクレンチを背負った。


 ドッ……ドッ……ドッ。

 足音は、まだ間を詰めていない。向こうは急いでいない。急ぐ理由がないと思っている、そう感じた。

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