第7話 ツギハギ、格納庫で立つ
継接の部品表を作るのに、半日かかった。
地下格納庫の床に膝をついて、整備画面を開いたまま、必要なものを順に書き出していく。紙はないので、床の埃に指で書いた。ガウスが横から覗き込んで、読めない字を読もうとしている。
「兄さん、これは何と書いとるんじゃ?」
「冷却配管だな。二十二センチを二本」
「そっちは?」
「作動油。四十リットル」
「字は、もう少し丁寧に書けんのか」
「読めてるだろ」
「読めとらんわい」
整備記録の字だけは綺麗に書ける。それ以外は十四年、誰にも読ませたことがない。
書き出した結果は、思っていたより短かった。冷却配管、作動油、刻印回路の補修材、駆動系の軸受けが四つ。どれも墓場に埋まっている。ランツァーの配管は径が合わないが、当て板を巻けば使える。
問題は、一番上の行だった。
「ノイズ。炉を定格で回すのに、魔晶石はいくつ必要だ」
「……ジュウニ」
「十二個だな」
「……ショウ、デ。ダイ、ナラ、サン」
小で十二個。大なら三個。
今、受け皿に入っているのは、小の欠片が一つだ。照明と整備画面を同時に持たせるのが限界で、腕も脚も一つとして動かない。
魔晶石は鉱山で採れるが、この辺りに鉱山はない。買うにしても、ザルツに現金はほとんどない。本来ならクエスト報酬などで稼ぐこともできるが、今の状態ではそれも難しい。
「兄さん、魔晶石なら、鉄喰いの腹に溜まっとるぞ?」
ガウスが、埃に書いた「魔晶石」の字を指でつついた。
「腹に?」
「あいつらは鉄を食う。鉄屑に混じった魔晶石も、いっしょに食っとる。石は消化できんから、砂袋みたいな袋に溜まるんだ。大きい個体なら、小を十個は出るじゃろう」
四日前に俺が首を外した一匹は、まだ谷底に転がっている。
立ち上がりながら、嫌な計算をした。鉄喰いは群れで動く。一匹目の死骸の匂いを嗅ぎつけて、次が来る。あれから――四日経っている。
「ガウス。あの死骸、まだ誰も触ってないな」
「触れんよ。あんなもの、近づくだけで危ないからのう」
「じゃあ、匂いは四日ぶん広がってるってことだ......」
ガウスの顔から表情が消えた。
この老人は、言われれば分かる。四十年前、王都の工房で三年もった男だ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
谷に下りた時には、もう遅かったことをいやというほど思い知らされた。
死骸の周りに、甲殻種が集まっていた。平たい楕円の胴体に、節のある脚が六本。鉄喰い。数えると、十二匹ほどだ。
共食いしている。死んだ一匹の甲殻を、生きた十二匹が囲んで削り取っていた。鉄を食う魔獣にとって、同族の甲殻も鉄と大差ないらしい。
「オサムさん、下がってください!」
谷の縁から、フィーネのPL-07が降りてきた。膝が直っているので、斜面を普通に歩ける。昨日まで杭だった脚が、今日は脚として使えている。
「下がらない。あの腹に魔晶石が入ってる」
「十二匹ですよ!?」
「だから十二匹ぶんだろ?」
一匹から小が十個出るなら、三匹でも足りる。
とはいえ、一匹ずつ分解していく時間はない。四日前は一匹を相手に、荷重の集中点を見つけて関節を外した。あれは一分以上かかっている。十二匹を一分ずつ相手にすれば、十二分だ。その間に囲まれて終わる。
俺は解析眼を開いた。
線が走る。甲殻の継ぎ目、関節の位置、重さがかかっている向き。十二匹ぶんの表示が視界を埋めて、読み切れない。
読むものを変えた。
魔獣ではなく、山を見る。
【対象:鉄屑堆積 第四山】
【荷重集中:南東基部・装甲板三枚目】
この墓場の山は、いろいろなものがごちゃごちゃに積まれている。
五日前に気づいたことだ。外側の七つは使えない鉄を谷の外へ押し出した山で、内側の五つは使える部品を中心へ寄せた山。何十年も、人が掘って、選って、積み直してきた。
乱数でばら撒かれた背景オブジェクトじゃない。積み方に順番がある。
順番があるなら、支えがあるということだ。そして、支えがあるなら、抜けば崩れる。
「フィーネ! その位置から、三番目の山の裾へ追え! 殺さなくていい、寄せるだけでいい!」
「追う? 群れを、ですか?」
「群れは一緒に動く。一匹を押せば十二匹が付いてくる」
「……やってみます!」
彼女は返事が早い。
騎兵の盾が、群れの外側の一匹を横から押した。甲殻がぶつかって弾かれ、その一匹が逃げる方へ、残りの十一匹が向きを変える。餌のある方ではなく、仲間の動いた方へ。
虫の群れは、仲間の動きで動く。原作の図鑑に書いてあった。誰も読まない欄だ。
十二匹が、三番目の山の裾へ流れ込んだ。
俺は反対側へ回り込んで、南東の基部に取りついた。
三枚目の装甲板。幅二メートル、厚さ十五センチの脚部外装で、角度をつけて斜めに差し込まれている。この一枚が、上に乗った三十トンぶんの鉄を受けている。
留めているボルトは、二本。
外すには長い。ねじ山が錆びていて、緩める向きには十回以上回さないと抜けない。
だから、緩めない。
「不屈」を発動した。
この指令スキルは意志力が二十五、減る。次の一撃を、最小で受け止める指令だ。
原作では誰も取らなかった。死んでも拠点で全快するのだから、庇う意味がない。今は、庇わないと死ぬ。
「最大締付!」
レンチを一本目のボルトへ噛ませて、締める向きへ全体重を乗せた。
ボルトを締めると、頭が板を押さえつける。押さえつける力は、ボルトの軸を引き伸ばす力と釣り合っている。釣り合いが壊れると、どちらかが先に負ける。
錆びた軸は伸びない。負けるのは、板の方だ。
ギ……ギチッ。
ボルトの頭が、装甲板へ食い込んでいく。板の表面が盛り上がり、穴の縁から外へ向かって、細い線が走った。
バキッ。
一本目の周りが割れた。板が三分の一だけ、角度を失う。
上の鉄が、わずかに沈んだ。
二本目に噛ませ替える。一本目で角度が崩れている分、二本目には一枚ぶんの重さが全部かかっている。締める必要さえなかった。
四分の一回したところで、板が真ん中から折れた。
メリメリッ――。
外す時は緩める。崩す時は締める。
逆向きに回すだけで、やることは同じだ。
俺は走った。三歩で山の裾を抜け、四歩目で斜面を蹴って、谷の底へ跳んだ。
背中で山が落ちた。
ガラン、ガラン、ドッ――ズシィィィィィィン!!
三十トンの鉄が、積み上げられた順番の逆をたどって崩れていく。千切れた腕、穴の開いた胴体、頭のない脚部。何十年ぶんの鉄が、鉄喰いの群れの上へ落ちた。
砂と錆の煙が、谷底を這った。その煙が薄くなるまで、十数秒はかかっただろうか。
土砂に埋まったのは八匹だった。脚だけが鉄の隙間から出ていて、二匹はまだ動いている。残りの四匹は、崩れる前に横へ抜けていた。
「四匹です!」
拡声器が叫んだ。フィーネの騎兵が、抜けた四匹の前に立っている。
「一匹ずつ寄せろ。右後脚の第二関節を外す」
「四日前と同じ場所ですね」
「同じ作りだからな、同じ場所が弱い」
「分かりました。……オサムさん」
「なんだ」
「山を崩す人を、整備士と呼ぶんですかね?」
呼ばないだろう。......呼ばないが、やることは同じだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
三匹目の腹を切り開いたところで、ガウスが谷に降りてきた。
曲がった指に、麻の袋を四つ下げている。
「兄さん、腹の袋は右の下腹だ。緑の石が、砂に混じっとる」
「選別できるか?」
「わしの仕事はそれだ。四十年前も、それをやっとったからの」
老人は袋を広げて、腹から出た砂をすくい、手のひらで揺すりはじめた。砂が指の間から落ちて、緑の粒だけが残る。選り分ける手つきに、迷いがなかった。
魔晶石は、小さい粒ほど純度が高い。大きい塊は不純物を抱えている。それは整備の知識ではなく、採掘の知識だ。
四匹分で、小が四十一個。大が二つ。
「大が出た。これは珍しいのう」
「売れるか」
「売れる。小の十倍だ。……売るのか?」
「売らない。炉に入れる」
ガウスは何も言わず、大の二つを別の袋に分けた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
地下格納庫に魔晶石を運び込んだのは、日が落ちてからだった。
受け皿は五つある。小を十二個、三つの皿に分けて入れる。残りは予備だ。大の二つは、いちばん奥の皿に置いた。これは今日は使わない。炉の受け入れ側が、まだ大に耐えられない。
冷却配管は墓場から拾ったランツァーのものを、径の差を当て板で埋めて通した。作動油は四十リットル、行商人の在庫を町が立て替えた。軸受けは四つのうち三つが出て、四つ目は昨日の鉄屑漁りの残骸から抜いた。
刻印回路の補修は、三時間かかった。
炉から駆動系へ走る回路の、途中の二か所が焼け落ちている。刻印を書く技術は俺にはない。術式職の仕事だ。
だから書かない。焼けた区間を迂回させて、生きている回路を繋ぎ直した。遠回りになるので効率は落ちる。それでも回路は通る。
整備の現場では、治すより通す方が早い場面がある。
「ノイズ」
「ハイ」
「受け入れ、開けろ」
「……カイホウ、シマス」
受け皿の爪を締めた。
キュッ。
魔晶石の粒が、皿の底の接点に触れた。
ヴゥゥン……。
音が、昨日と違った。七秒目で落ちない。回転が上がって、そのまま上で止まった。低いところで安定している。十二年、毎晩聞いた音だった。
天井の照明が、三本まとめて灯った。
【XG-00/継接】
【魔導炉:出力38%/安定】
【冷却系:通水】
【稼働可能部位:3】
三部位。十二年ぶんの継ぎ接ぎのうち、腕が一本と、脚が二本。
「腕は右だけか?」
「……ハイ。ヒダリ、ワ、カイロ、ガ、トオリマセン」
「脚は二本来てるようだな」
「……ハイ」
なら、立てる。
俺は床から離れて、機体の正面へ回った。膝を折って、両腕を床につき、頭を垂れた姿勢。整備の時に取らせる、一番素直な形だ。十二年、ずっとこの姿勢で見てきた。
「立て」
指示を出す必要はなかったのかもしれない。だが言った。
ギュイッ。
右腕が床を押した。腕一本で四十四トンを持ち上げるのは無理だが、脚が二本生きている。腰の駆動系が通っていないので、上体は折れたままだ。
膝が伸びる。背中が持ち上がる。頭が、天井の梁へ近づいて、止まった。
ズシン。
十メートルの機体が、格納庫の中で立った。
頭は梁につかえて、少し傾いている。左腕は垂れたままで、装甲の半分は塗装の色が違う。右腕は量産機ランツァーの腕で、左膝はパラディオンの膝だ。
横一文字に裂けた単眼のスリットに、はじめて光が入った。
誰が見ても敵役の顔で、どこから見ても産廃機だった。
それが、立っている。
「……タチマシタ」
ノイズの声は、相変わらずカタカナを一つずつ並べる喋り方だった。
「ああ」
「……セイビチョウ」
「なんだ」
「……オソク、ナイ、デス」
四日前は、遅いと言われた。
俺は工具ベルトを締め直して、ツギハギの膝を平手で叩いた。
カン。
澄んだ音が返ってきた。裏側でボルトが生きている音だ。
「修理完全完了――」
言いかけて、止めた。
左腕が動いていない。腰も通っていない。これは完了じゃない。
「……やめた。まだ三部位だ」
「……キロク、シマスカ」
「しない。終わってないものは記録しなくていいんだ」
【ザルツ現在状況 住人200/稼働騎兵1/整備士2/井戸1/備蓄10日分】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
その日、同じ夜。グランツ騎士王国、王都。
シズクは兵站の帳簿を閉じて、別の綴りを開いた。外部への支払いの記録だ。
三日前の日付に、見慣れない項目があった。
【傭兵雇用/南西方面/騎兵三機/前払い】
騎兵三機の傭兵。南西方面。
金額は、ギルドの一日ぶんの燃料代より安かった。安すぎる。正規の傭兵団なら、この額では動かない。
「シズク」
レオンハルトが回廊の向こうから歩いてきた。
「南西の件、聞いているか?」
「支払いの記録だけ見ました。これは何でしょうか」
「依頼した鉄屑漁りどもだ。墓場の一帯に巣を張っている連中がいて、そこに三機で偵察に行かせたんだが」
「偵察、ですか?」
「先日、追い払われたそうだ。ザルツという町で。生身の人間に、膝を外されたと言っている。大方偵察以上に欲をかいたんだろう」
シズクは帳簿の指を止めた。
生身の人間に、膝を外された、ですって?
「いま、報復の準備をさせている。こちらが大勢を出すまでもないだろう」
「その目的は、何でしょうか?」
「墓場の鉄だ。使える部品が大量に眠っている。うちの騎兵稼働機数を考えれば、部品は要るからな」
それは本当だろう。だが本当のことを言う時のレオンハルトは、もう一つ大事なことを言わない。
「……整備兵の件は、ご存じでしたか」
「何の話だ?」
「生身で騎兵の膝を外す人間が、南西にいるという話です」
「なにかの偶然だろう。ギルド整備兵は全員ここにいる」
全員でも、今はたった一人だ、とシズクは思った。
だが、彼には言わなかった。そして、この事態に動転していたせいか、はたまた彼女も覚えていなかったのか、オサムのことを思い出すことはなかった。
彼女はレオンハルトが去ったあと、帳簿に一行だけ書き足した。
【南西方面/対象の町:ザルツ/当方との関係:不明】
記録には残る。
演習場の端の天幕には、まだ作業灯が灯っていた。
昨夜、スパナが一晩で何をしたのか、シズクは知らない。知っているのは、朝の数値が前日より戻っていたということだけだった。
【グランツ騎士団 調律誤差3.3%/稼働限界まで、あと11日】
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【現在の状態】 第7話終了時点
■オサム
主職 修理職 Lv.99(上限未解放)
筋力 980 S / 器用 940 S / 敏捷 420 B / 体力 610 A /魔力40 E
整備 SSS / 操縦 E / 戦闘 E
通算整備日数 4,380日
■XG-00
全高 10.0m / 重量 44t / 段階1
動く部位 右腕なし・左腕一本・脚二本
戦えるか 立つだけ
管制AI ノイズ(片言。カタカナのみ)
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