↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導騎兵が動くのは、俺が毎晩直していたからです ~産廃機と壊れたAIで、全ゲームの兵器を整備する~  作者: 勇者ヨシ君
【第二部 整備士が足りない】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/50

第37話 玉座の結界炉(後編)

【オサム視点】


 玉座の城の真ん中、黒い鉄の球の北の根元に、人がやっと屈んで入れるほどの点検用の扉があった。上から三本目の太い管の、真下だ。十二年眺めた背景の絵と、寸分違わない場所だった。侍従のヘルガが、角の切り株に手を当てたまま、扉の前で一度だけ深く頭を下げた。


「ここから先は、陛下の侍従であっても、三十年前までしか入れなかった。……熱で、人の体が持たんぞ」

「サク、六号、白瀬、ドレイクは扉の外で待て。サクは外の足音を聞いてろ。中に入るのは、俺とフィーネとヘルガだ」

「整備長(チーフ・メカニック)殿。中の温度は、扉の外で測っただけでも、人の皮膚が持つ限界を超えております。体力の数字が足りるのは、整備長殿お一人かと」

「だから、二人は扉のすぐ内側までだ。奥へは、俺一人で行ってくる」


 扉を開けた途端、熱波が顔と全身を叩いた。


 結界炉(バリア・リアクター)の内側は、配管の森だった。太いものは人の胴ほど、細いものは指ほどの管が、球の内側の壁から壁へ、何百本も渡されている。どの管も赤黒く焼けていて、継ぎ目のあちこちから紫の光が漏れていた。床は鉄の格子で、格子の下の暗がりから、熱い風が絶えず吹き上がってくる。作業着の袖が、三歩歩いただけで乾いて固くなった。


「予兆(フォーサイト)」


【意志指令(マインド・オーダー) 予兆(フォーサイト) WP15/残115】


 三十秒以内に壊れる箇所が、赤い線で見える指令だ。配管の森の中に、赤い線が七本走った。どれも、継ぎ目の溶接が熱で痩せた管だった。七本のうち、俺の通り道の真上を渡っている一本が、いちばん赤かった。俺はその管の真下を通らず、格子の床の端を回って奥へ進んだ。十秒後、背中のほうで、管の継ぎ目が弾ける音がして、紫の光が床の格子に滝のように降った。


 球の中心へ向かう最後の通路で、番人が立ち上がった。結界炉を守るための防衛の仕掛けだった。黒い鉄で組まれた人型ゴーレムで、高さは四メートル。頭がなく、胸の真ん中に、結界炉の配管が一本、背骨のように通っている。両腕は、先が平たい鉄の板になっていて、侵入者を結界炉の外へ押し出すための形をしていた。何百年も同じ通路の前に立ち続けて、膝の関節が熱で半分溶けかけている。


 番人ゴーレムの右腕の板が、横薙ぎに襲って来た。俺はそれを八十キロのレンチの柄で受けた。受けた瞬間、板の熱がレンチを通して手のひらまで伝わり、皮膚のじゅっと焦げる匂いがした。体力八百五十の体でも、熱は熱だ。それでも、手は離さなかった。


 溶けかけた膝の継ぎ目に、当て板(シム)は入らなかった。ここまで高熱だと板のほうが熱で曲がる。俺は当て板を捨てて、レンチの口を直接、膝の継ぎ目に噛(か)ませた。溶けかけた鉄は、柔らかい。筋力千で捻(ひね)ると、関節ごとぐにゃりと曲がって外れた。


 ゴトン。


 番人が片膝をつき、胸の配管が床の格子に触れた。胸の管の継ぎ目を、レンチの頭で一度だけ叩く。管から紫の光が抜けると、番人は動かなくなった。止めただけで、壊してはいない。あとで、膝を直して元の通路に立たせてやる。それも、整備の順番のうちだ。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 球の中心は、丸い部屋だった。通路を抜けた途端、熱が一段上がり、吸い込んだ空気が喉の奥で乾いた。


 部屋の床から天井まで、何百本もの配管が一点に向かって集まっていた。集まった先に、黒い鉄の椅子が一つあった。玉座だ。玉座の背もたれから、太い管が一本伸びて、そこに座っている女の額の、鉄の冠に繋がっていた。


 背の高い女だった。黒髪が座った膝を越え、床まで流れて、格子の上に黒い水溜まりのように広がっている。額に食い込んだ鉄の冠からは、配管の端子が三本、玉座の管へ伸びていた。古い黒のドレスは裾が焦げ、靴を履いていない足の裏は、熱い格子の上で、もう何も感じないほど硬くなっているように見えた。指先は、炭のように黒く焼けていた。


 女の目が開いた。熱で色の抜けた、灰色の目だった。


 俺の後ろで、ついてこないはずのヘルガが、扉のところから這うようにして部屋へ入ってきて、格子の上に膝をつこうとした。


「跪かなくてよい」


 女の声は、低くて、乾いていた。六百年、誰とも話していない人間の声だった。


「ヘルガ、跪かなくていい。あなたの膝は、もう格子の熱に耐えられない。……それより、そこの男。手を見せなさい」


 俺は、焦げた手のひらを、女のほうへ向けた。女は玉座から身を乗り出しもせず、灰色の目だけで、俺の手を長いこと見ていた。手の甲の古い火傷の跡、指の付け根の硬い皮、爪の際の取れない油。番人の熱で、さっき焦げたばかりの手のひら。


「......嘘のない手をしているわね」


 女は、そう言った。


「六百年、この部屋に来た者は、皆、剣を持っていた。剣を持つ手は、たいてい嘘をつく。殺しに来たのに、話をしに来たような顔をしてね。……あなたの手は、直しに来た手よ。気(・)に(・)入(・)っ(・)た(・)わ」


 女は玉座の肘掛けに、黒く焼けた指を置いた。


「イゾルデ・クローネ。人間は、私を鉄冠の魔王と呼ぶ。男……今日から、私(・)の(・)も(・)の(・)に(・)な(・)り(・)な(・)さ(・)い(・)」

「順番だ」

「……何ですって?」

「順番がある。俺の工房には、予約票がある。あんたの結界炉は、壊れ方がひどい。だから順番は前のほうだ。だが、今日からあんたのものになる、という注文は受け付けてない」


 部屋の中で、配管の継ぎ目が一つ、小さく鳴った。イゾルデの灰色の目が、一度だけ瞬いた。それから、乾いた唇の端を、ほんのわずかに上げた。


「順番ですって? 私に順番を言った男は、あなたが初めてよ」


 扉のほうで、ついてきてしまったフィーネが、熱い格子の上で足踏みをしながら、俺とイゾルデを交互に見ていた。


「……オサムさん。その方は、オサムさんのお客さんですか?」

「客の一人だ」

「客ではないわ」と、イゾルデが言った。「所有者よ。この男は、今日から私の整備士になる」

「オサムさんは、私の機体の整備士です! 私が、オサムさんの相棒(パートナー)です」

「相棒? ずいぶん小さき言葉を使うのね、騎士の娘よ」


 フィーネの耳が、熱のせいではなく赤くなった。俺は二人のあいだで、玉座の背もたれの管の継ぎ目を見ていた。端子の三本のうち、真ん中の一本の根元が、熱で痩せて、細い亀裂が入りかけていた。


「話はあとだ。この結界炉、あと何日持たせられる」


 イゾルデの唇から、笑みが消えた。


「……十日。いいえ、たぶん八日。この三十年なんとかやりくりしていたけど、とうとう持たせられないほど熱くなった。私のやり方が、どこか間違っているのは分かっているわ。でも、どこが間違っているのか、私には分からない。私は、機械のことは何も分からないの。六百年、ただ維持してきただけ」

「分かった。明日から、あんたを核から外す。……それと、間違ってるのは、あんたのやり方じゃない。弁のほうだ」

「弁?」

「この部屋の配管の、熱を逃がす弁だ。部品の説明欄に、六百年、弁の錆を落とす者はいない、と書いてあった。錆で弁が開かないから、熱が逃げずに一か所に溜まる。あんたが持たせれば持たせるほど熱くなるのは、そのせいだな」


 イゾルデは、長いこと俺の顔を見ていた。それから、玉座の肘掛けの上で、焼けた指を一本だけ動かした。


「……六百年、誰もそれを言ってくれなかったわ。私の部屋の、どこに書いてあったの?」

「どこにも。あんたの部屋の外の、誰も読まない欄にだ。それは俺にしかわからなかっただろう」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


【ギルド視点】


 第八十四日、灰の峠へ向かう聖王国の本隊の列の最後尾に、グランツ騎士団のダイガストが加わっていた。


 鋼闘神(こうとうしん)ダイガストは、VGOでは「スーパーロボット系」と呼ばれる種類の機体だった。全高二十五メートル、赤と黒の厚い装甲に、必殺技の名前を叫ぶたびに出力が上がる、別のゲームから持ち込まれた単機の機体だ。胸の神威炉(しんいろ)は、周りの魔素(マナ)を際限なく吸う。その胸の中の操縦席で、レオンハルトは、礼装の金の飾り紐をほどいたまま、本隊の将に差し出した財布のことを考えていた。VGOから持ち越したヴァルの残り、二百万近くを全部、兵の糧食にと渡した。魔王を討てば転移者は帰れると、勇者殿が毎晩焚き火の前で言っている。帰れば、全部が元に戻る。


 峠の手前の谷で、本隊の騎兵が一機、膝を折った。続いて二機目、三機目が、歩いたまま前のめりに倒れた。操縦席から転がり出た兵が、何が起きたのか分からないまま、灰の上で動かない騎兵を見上げていた。


 ダイガストの計器の、魔力の目盛りが、勝手に上がっていた。


「何だ、これは。……俺は何もしていない。止まれ、止まれと言っている!」


 停止の操作を三度繰り返しても、計器は応えなかった。目盛りは勝手に満ちていき、満ちるたびに、周りの騎兵が一機ずつ膝を折った。


 通信のざらついた音の向こうから、明るい声が割り込んできた。王都から東の街道で、村の真ん中を近道だと言ったのと同じ、聞いたことのない、明るく丁寧な声だった。


『補給ですよ、団長。神威炉は燃費が悪いので。周りに燃料がたくさんあって、よかったですね』

「誰だ、お前は! お前がやってるのか。本隊の機体だぞ。止めろ!」

『団長が決めたんですよ。この列に加わるって。……加わった以上、使えるものは使わないと』


 声はそれきり途切れた。ダイガストは、レオンハルトの操縦桿の動きとは関係なく、峠の谷を一歩ずつ歩き続けた。足元で、聖王国の騎兵が九機、魔力を吸い尽くされて、灰の上に横たわっていた。


 王都の記録室で、シズクは、早馬が運んできたその知らせを、帳簿に一行で書いた。本隊の将は、グランツの騎士団長を列から外すよう、王都へ書状を送っていた。それから、彼女は二つの番号を足した。


 ――三十三 雑貨の修理(団員の私物も含む)

 ――三十四 経費の立て替え(自腹になった回数は帳簿に残っていない)


 三十四番を書いた時、彼女は、ゲームの頃の帳簿の「経費」の欄が、いつも少しだけ合わなかったことを思い出した。足りない分は、毎月、誰かが黙って埋めていた。団長が全財産を差し出した日に、団長の機体が他人の燃料を吸っている。その二行を、同じ頁に書くことになるとは思わなかった。


【グランツ騎士団 第84日 所有騎兵 0/12(王国徴収 10・ザルツ所有 2) 他ジャンル機 1 団員 146名(第80日比 -14)】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。