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魔導騎兵が動くのは、俺が毎晩直していたからです ~産廃機と壊れたAIで、全ゲームの兵器を整備する~  作者: 勇者ヨシ君
【第二部 整備士が足りない】

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第34話 整備ハッチがない(前編)

【オサム視点】


 転移から七十二日目の夜明け、ザルツの北の見張り台に、サクが二人の転移者を背負って戻ってきた。白い装甲の背中に一人、左腕に一人。どちらもVGOの初期装備の布鎧を着た若い女で、一人は右腕を布で吊り、もう一人は裸足だった。墓場の鉄屑の山の向こう、北へ三十キロの丘の窪みで、ザルツを目指して歩いていた転移者たちが野営をしていたのだと、サクは平坦な声で報告した。


「天幕が十四張りありました。生きていたのは、この二人だけです。……昨夜、北からとてつもなく大きなものが一直線に歩いてきて、野営地の真ん中を通りぬけていったそうです。足跡の長さは四メートル。深さは、六十センチもありました」


 右腕を吊った女は、ユズという表示名だった。格納庫の作業台に座らせてミィルが水を呼ぶと、ユズは水袋を両手で抱えて一息に半分を飲み、それから、しばらく水袋の口を見ていた。


「あ、あれは……赤と黒の、巨大なロボットでした。魔導騎兵(マギア)じゃないです。騎兵の倍以上ありました。夜中に、地面が揺れて、天幕の外を見たら、もう足の裏が上にあって。……踏まれた天幕から、誰も出てこなかったんです。十一人です。わたしたち、王都が怖くて、ザルツには整備士がいるって聞いて、みんなで歩いてきたんです。ここまで来れば、何とかなるって」

「その機体は、止まったか?」

「止まりませんでした。ひ、人を踏んだのに、一歩も、止まらなかったんです。気づいてないみたいに、まっすぐそのまま南へ」


 南へ。そうすると、この町のほうへだ。


 巨大な機体が王都を出たという知らせは、二日前、白瀬(チケット)が地下のテレポーターの記録から拾っていた。行き先の一覧にない場所でも、近くを大きな魔素(マナ)の塊が通れば、台座の刻印にかすかな揺れが出る。白瀬はその揺れを二晩書き取って、北から南へまっすぐ下ってくる線にした。レオンハルトが、自分で乗って、三度目の徴発に来るのだ。


 原作の第一章には、王都の騎士がザルツへ食料を取り立てに来るイベントがあった。騎士の隊は必ず北の涸れ川の川筋を下ってきて、町の北の麦畑から順に荒らしていく。プレイヤーは涸れ川の出口に柵を立てて隊を足止めし、そのあいだに麦を地下へ運ぶのが定石だった。だから俺は二日前から、北の麦畑の刈り入れを前倒しさせ、刈った麦を地下のドックへ運び込ませ、涸れ川の出口には墓場の鉄屑で柵を組ませておいた。麦は全部、地下に入った。ここまでは、当たっていた。


 外れたのは、その先だった。ユズの話が本当なら、赤と黒の機体は、川筋も道も通らない。野営地の真ん中を、丘の窪みを、まっすぐに歩いてくる。涸れ川の柵は、たぶん何の役にも立たない。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


【ギルド視点】


 レオンハルトは、二十五メートルの操縦席(コックピット)の中で、王都を出てから三日、一度も眠っていなかった。


 眠る必要を感じなかった。鋼闘神(こうとうしん)ダイガストは、魔晶石(マナ・クリスタル)を一つも食わず、整備も要らず、彼が操縦桿を握る強さだけで、どこまでも歩き続けた。胸の神威炉(しんいろ)の低い音が、操縦席の床から背骨へ、ずっと同じ調子で響いている。計器の真ん中の見知らぬゲージは、彼の気持ちが高ぶるほど上がった。王都を出た朝、貴族院の三十人の顔を思い出した時、ゲージは半分まで上がった。


 四日前、彼は王国から指揮権を剥がされた。十機の騎兵は、王国の目録に書き込まれた。残ったのは、王国の役人が動かし方を知らなかったこの機体と、二百人の、行き場のない部下だけだった。その二百人が、明日の麦を待っている。麦はザルツにある。二度行って、二度とも何も持ち帰れなかった町だ。


 二度目の時、あの男は言った。整備してないからだ、と。

 だがこの機体は、整備が要らないのだ。


 昨夜、北の丘の窪みを越えた時、足の裏に、何か柔らかいものの手応えがあった。一度ではなく、何度か続いた。操縦席の窓は高く、足元は暗くて見えなかった。彼は足を止めなかった。この機体は止まる必要がない。止まらずに歩き続けられることが、この機体の価値なのだ。そう考えて、彼は窓の下を見るのをやめた。


 夜が明けて、南の地平線に、墓場の鉄屑の山が見えてきた。レオンハルトは操縦桿を握り直した。ゲージが、また少し上がった。


 王都の記録室では、その朝、シズクが騎士団の名簿を書き直していた。王国軍が、行き場のない騎乗職(ライダー)を歩兵として雇い入れ始めていて、この四日で七人がそちらへ移った。四人が南へ発ち、二人が、城の裏の路地で冷たくなっていた。死因の欄に、彼女は「飢え」と二度書き、それから三つの番号を足した。


 ――六 事故機の回収と解体(共食い整備用の在庫)

 ――十八 ギルドハウスの扉と錠の修理

 ――十九 訓練場の的と柵の補修


 十九番の柵の補修は、ゲームの頃、ギルドの誰もが当たり前に使っていた訓練場の柵が、一度も壊れたままになっていなかったことを書いたものだった。団長の機体が訓練のたびに柵を倒していたことを、シズクは知っていた。翌朝には、いつも柵は立っていた。


【グランツ騎士団 第72日 所有騎兵 0/12(王国徴収 10・ザルツ所有 2) 他ジャンル機 1 団員 187名(第68日比 -13)】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


【オサム視点】


 その日の朝のうちに、ダイガストは、涸れ川の柵から二キロ東の墓場の丘を越えて、ザルツの北の麦畑に入ってきた。


 二十五メートルの赤と黒の機体が、刈り入れの済んだ麦畑の切り株を、一歩ごとに四メートルの足跡で潰していく。装甲は騎兵の三倍は厚く、頭に二本の角、胸に牙のような排熱口(はいねつこう)が並び、拳だけで、うちのLZ-03(ランツァー)の上半身ほどもある。どの国の型式でもなく、VGOのどの図鑑にも載っていない機体を、俺は格納庫の前で見上げた。


 いわゆる、スーパーロボット系というやつだ。VGOの騎兵は、燃料を食い、部品がすり減り、整備しなければ止まる。そういう作りのロボットを、遊び手はリアル系と呼んでいた。その反対側にあるのが、乗り手の気合いで動き、根性で立ち上がり、必殺技の名前を叫んで拳を撃ち出す機体だ。子どもの頃、日曜の朝のアニメで見ていた側の機体が、整備の要る世界に、整備の要らない顔をして立っていた。


 その時、格納庫の中で、機体が次々に止まった。


「整備長! ランツァーの二機、起動いたしません! PL(パラディオン)-21G(ギルド仕様)も、計器が消えました!」


 ドレイクの後輩の見習いが、格納庫の奥から叫んでいた。予備乗り手の四人が操縦席で操縦桿を引いているが、どの機体も、膝一つ動かない。いちばん奥では、紺のRX-07H(レクス・ベヘモス)改(リファイン)の操縦席から、フィーネが身を乗り出していた。


「オサムさん、ベヘモスも動きません! 魔導炉(マギ・リアクター)が、息をしてないんです! 魔晶石は昨日替えたばかりなのに、光ってるのに、中に通っていきません!!」


 機体はどこも壊れていない。魔晶石も光っている。それなのに、魔導炉の中の刻印の溝から、光だけが抜けていく。ダイガストが麦畑に入ってきてから、まだ十分も経っていなかった。あの機体の周りでは、騎兵が動けないのだ。


 俺は格納庫のいちばん手前の機体を見た。左右非対称の継ぎ接ぎの装甲に、横一文字の単眼(モノアイ)のスリット、牙のような下顎の排熱口。どこから見ても悪役の顔をした、十メートルの継接(ツギハギ)だけが、計器の縁を緑に灯したまま立っていた。


「ノイズ。お前は動くのか」

「動きます、整備長。当機の原器炉は、外から魔素を吸っておりません。……しかし外の魔素が、どこかへ吸い出されております。吸い出している先は、あの赤と黒の機体でございます」

「吸ってるってのか。あれは、燃料を食わない機体じゃなくて、周りの燃料を、勝手に食ってるのか」

「はい。当機の記録にない規格です」


 俺は梯子を駆け上がって、ツギハギの操縦席(コックピット)に飛び込んだ。座面がまだ冷たい。操縦桿を握り直すと、計器の縁の緑が、一段明るくなった。


「説明はあとだ! ツギハギ、出すぞ! XG-00《エックスジー・ゼロゼロ》、出る!!」

「出撃準備完了《レディ・フォー・バトル》でございます」


 足元の鉄の床板が一度沈んで、四十四トンの機体(ツギハギ)が立ち上がった。視界の高さが十メートルまで上がり、格納庫の扉の向こうに、麦畑の切り株と、その上に立つ赤と黒の機体が見えた。立ち上がってみても、相手の胸は、まだ俺の頭の倍の高さにあった。


 ダイガストの外部拡声器から、聞き覚えのある声がした。


『ザルツの整備士よ。私はグランツ騎士団長、レオンハルトだ。騎士団の名において、麦の徴発を告げる。二百人分を、三十日。拒めば、この町の格納庫を踏みつぶす』

「騎士団長は、四日前に指揮権を剥がされたと聞いた。誰の名において、だ?」

『……私の名においてだ。この機体は、王国の目録にも載っていない。私の機体だ。魔晶石も食わない。整備も要らない。整備の要らない機体だ! お前のような整備士は、もう要らない機体だ!』


 レオンハルトが、声を張り上げるのを、俺は初めて聞いた。十二年、ギルドの格納庫で、彼は一度も怒鳴らなかった。数字で人を切る時も、追放を告げる時も、声は平らなままだった。


「整備が要らない機体なんてない。お前が大事な部分を見てないだけだ」


 返事の代わりに、ダイガストの右の拳が、腕から外れて飛んできた。


 鉄の塊が、肘の継ぎ目から噴き出した光に押されて、まっすぐツギハギの胸へ来る。俺は左へ避けようとして操縦桿を倒し、倒しすぎた。操縦はEのままだ。走り出しの一歩目で、ツギハギの右足が麦畑の土を一メートル抉り、機体は避けるどころか前へつんのめった。飛んできた拳が、つんのめった左肩の装甲を斜めにかすめ、肩の板が三枚、ボルトごと畑の土へ吹き飛んだ。


「左肩、装甲三枚脱落でございます。……整備長、今の回避の動作は、あの機体の乗り手よりも二段階下手でございました。あちらの乗り手も、他のゲームの機体に乗るのは初めてのはずですが」

「比べるな。あいつは、自分の機体に十二年乗ってた。俺は、自分の機体を十二年直してただけだからな」


 拳は、ダイガストの腕へ光の尾を引いて戻っていった。戻った拳が肘に嵌(は)まると、胸の排熱口の光が、一段強くなった。


 あれは、撃つたびに強くなるのか。いや、違う。拳がツギハギに当たって、肩の板が飛んだ瞬間に、光が強くなったのだ。当てた時に強くなる。もしかすると、当てられた時にも強くなる。乗り手の気持ちが高ぶるほど出力が上がる機体だと、ノイズの計器の端に、相手の胸の光の強さが数字で出ていた。


 殴れば、強くなる。だから、殴らずに止めるしかない。


「看破(インスペクト)」


【意志指令(マインド・オーダー) 看破(インスペクト) WP20/残110】


 見えたものを味方全員へ渡す指令(オーダー)だ。止まったベヘモスの操縦席にいるフィーネにも、格納庫の入口で紙を握っている白瀬にも、俺と同じ赤い線が見えたはずだった。ただ、見えた線は少なかった。装甲が厚すぎる。装甲一枚の向こうまでしか見えない解析眼(スキャン)では、あの機体の中身は、ほとんど何も見えない。見えたのは、脛の装甲の内側に、縦にまっすぐ通った太い管が一本あることと、膝の高さで、装甲が上下二つの鋳物に分かれている継ぎ目だけだった。


 整備ハッチがない。どこにもない。点検口も、油を差す穴も、ボルトの頭すら見えない。直すことを、最初から考えていない作りだ。


「こいつ、どこから手を入れるんだ」

「整備長。当機の右腕の、新しい装備をお使いください」


 ツギハギの右腕には、一号の工房で打った三メートルの鉄杭(パイル・ドライバー)が嵌まっていた。叩いて中を聞き、そのまま打ち抜く杭だ。

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