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魔導騎兵が動くのは、俺が毎晩直していたからです ~産廃機と壊れたAIで、全ゲームの兵器を整備する~  作者: 勇者ヨシ君
【第二部 整備士が足りない】

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第33話 盾が消える(前編)

【オサム視点】


 転移から六十七日目の夕方、ザルツの格納庫の屋根の上で、俺はサクと並んで、灯りの油壺に三晩目の油を足していた。屋根の四隅に一つずつ、町の大通りを見下ろす梁の上にもう二つ。どれも、夜のあいだ火を絶やさないように据えたものだ。サクは屋根の縁に膝をつき、白い装甲の掌(てのひら)を瓦に当てて、下の通りを行き来する足音を一つずつ聞き分けていた。


「整備長。三晩、屋根で聞いていましたが、怪しい足音はありません。……そろそろ、理由を教えてもらえますか」

「刺客が来る。たぶんな」


 帝都から戻って一週間足らずのあいだに、大陸の噂の向きが変わっていた。バルドが隊商の行く先々で拾ってきた話では、帝国は二十三人の工房員に整備士の腕章を巻き、聖王国は巡察隊の兵に油差しの手ほどきを始め、機都では一号が機人(マシン)の若いのに工具を持たせているという。どの国も、ザルツの整備士が一人しかいないことに気づいて、自分の国にも整備士制度を作ろうとしていた。作り方はいい加減でも、看板を持った偽りの数だけは増えていく。


「整備士が増えたからって、何で刺客が来るのよ?」と、屋根の下からミィルが腕を組みながら聞いてきた。

「一人しかいない間は、俺を殺すと、その国の機体も直らなくなる。だから誰も手を出さなかった。出せなかった。だが、整備士が他にもいると思われたら、俺は、いなくなっても困らない人間になる。……盾が一枚、消えたってことだな」


 盾が消えたという表現を俺は使ったが、盾持ち人間を狙うのは、原作にもあった筋書きだった。VGOの第四章に、重要な人物を狙う暗殺イベントがあり、『影走り』という名の黒衣の刺客が、決まって夜、拠点の屋根の上から降りてきた。プレイヤーは屋根の四隅に灯りを置いて、影走りの出る場所を潰しておくのが定石だった。だから俺は、屋根に灯りを置き、サクにこの三日三晩、屋根で足音を聞かせた。


 ――その刺客は、四日目の真昼に、大通りの真ん中を歩いて来た。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 六十八日目の昼、ザルツの大通りは、市の日の人出で混み合っていた。大通りには、機兵墓場から剥がしてきた鉄の床板が敷き詰めてあって、荷車の車輪が通るたびに、板と板の継ぎ目がゴトン、と鳴る。その鉄の板の上を、一人の男が、屋台の客を避けもせずにまっすぐ歩いてきた。


 背の高い、痩せた男だった。灰色の髪を首の後ろで一つに縛り、片方の袖を肩から切り落とした黒い短い外套を着て、腰に刀を一振り差している。刀の鞘は傷だらけで、ところどころ漆が剥げて下の木が見えていた。いちばん目立つのは靴で、靴底が爪先から踵まで、紙のように薄くすり減っていた。頬はこけ、目だけが、妙に澄んで落ち着いている。男は格納庫の前で足を止め、作業台にいた俺を見た。


「あんたが、ザルツの整備士か」

「そうだ。整備してほしいのか?」

「いや。三百万ヴァルで、あんたの首をもらいに来た。悪いな……先に言っとくけど、俺、回復アイテムを一個も持ってないんだ。この世界、敵を斬っても何も落とさねえからさ。だから、長引かせる気はない」


 男は刀の柄に手をかけた。名乗りもしなかったし、構えもしなかった。


「首をもらいに来た割には、ずいぶんなんでも正直に言うんだな。黙って後ろから来れば、少なくとも一太刀は楽に入っただろう」

「後ろから行くと、コンボが切れるんだよ。俺のゲーム、正面から入って、避けて、斬って、また避ける、で点数が上がる作りだったから。画面の右上に覚醒ゲージってのがあってさ、正面で避けるたびに一目盛り溜まる。……こっちに来てから画面は出なくなったけど、体のほうが、まだ数えてる、まあ癖ってやつだな」

「点数は、もう誰も数えてないぞ?」

「知ってる。それでも、体がそうしか動かねえんだ」


 次の瞬間、男の姿が、鉄の床板の上を滑るように俺の目の前まで来ていた。速い。サクの耳にも、たぶん足音は聞こえていない。俺は作業台の脇に立てかけてあった八十キロのレンチを掴み、横に薙いだ。レンチは男の胴を真横から捉えたはずだったが、手応えがなかった。レンチの頭は、男の体を、煙を払うように素通りした。


 刀が抜かれていた。左の二の腕に、熱い線が一本走った。


「……っ」

「おー、硬え。普通の人間なら、今ので腕が落ちてるんだがなー」


 男は三歩下がって、刀の切っ先を下げた。俺の作業着の左袖が、肘の上でぱっくりと裂けていた。一週間前に、フィーネが帝都の革で継いでくれた袖だった。継いだ革ごと斬られて、下の皮膚に浅い傷が一本ついている。体力八百二十の体でなければ、二の腕から先がなかった。


「今の、何だ。レンチが、お前の体を抜けたぞ」

「無敵時間ってやつ。避ける瞬間だけ、俺には何も当たらない。俺のいたゲームじゃ、それが全部だった。一人で斬り進むアクションものでさ、避けて、斬って、また避ける。……あんたのゲームには、なかったんだろ。顔にそう書いてあるぜ、ニイさん」


 奴の言う通り、その仕様はなかった。VGOの攻略wikiの、どの頁にもない。暗殺イベントの影走りは、屋根から降りてきて、プレイヤーが灯りで照らせば姿を現した。だが、回避した瞬間に何も当たらなくなる刺客など、VGOには一人もいない。俺の知識の先回りは、屋根の灯りごと、今日、真昼の大通りで外れた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 二度目、三度目と、男は同じことをやった。滑るように来て、斬って、下がる。俺がレンチを振るたびに、男の体は煙のように素通しになり、俺の作業着に新しい裂け目が増えていった。右の脇腹、左の太腿、背中。どれも浅いが、男が狙えば深くできたはずの傷だった。男は、俺の生身がどこまで硬いのかを、一太刀ずつ確かめていた。


 俺の生身は、こういう相手と戦うようにできていない。飛び道具がない。離れた相手には何もできない。敏捷値は四百五十まで上げたが、それでも男の足には遠く及ばず、男が下がれば少しも追えない。そして、連続で戦えるのは十五分。最初の一太刀から、もう五分が過ぎており、俺は焦りを感じ始めていた。


 大通りの人出は、とうに屋台の陰へ逃げていた。逃げ遅れた子どもが一人、鉄の床板の上で泣きながら座り込んでいて、男はその子の横を、避けもせず、触れもせずに通り過ぎていく。この刺客は、標的以外を斬る気がないのだ。それでも、刃の届く範囲に子どもがいることは変わらない。格納庫の裏から鉄屑を担いで出てきたドレイクが、肩の荷を放り出して大通りへ駆け込み、子どもを両腕で抱え上げて、屋台の陰へ転がり込んだ。生身の筋力が百を少し超えたばかりの男が、刀の届く場所へ自分から入ったのは、たぶんこれが初めてだった。


「オサムさん、子どもは確保したっス! こいつ、俺のほう、一回も見なかったっスよ!」

「見ないだろうな。お前は、点数にならない」

「それ、喜んでいいとこっスか!?」


 VGOの公式サイトには、クラスの紹介の頁があった。騎乗職(ライダークラス)も砲術職(ガンナークラス)も、それぞれ十秒の映像がついていて、機体が跳び、砲が火を噴き、剣が閃く派手な場面が流れた。修理職(リペアクラス)の欄だけ、映像がなかった。灰色の四角の中に、『機体の修理を行う支援職です』と文字が一行あるだけで、それが十二年、一度も差し替えられなかった。今、ザルツの大通りで、屋台の陰から何十人もの町の人間が、修理職の戦いを見ていた。だが、その映像は、どこにも残らない。


「予兆(フォーサイト)」


【意志指令(マインド・オーダー) 予兆(フォーサイト) WP15/残115】


 三十秒以内に壊れる箇所が、赤い線で見える指令だ。俺はそれを、自分の体ではなく、男の刀に向けた。


 刀身に、細い赤い線が三本走っていた。刃こぼれが三か所、そこから芯に向かって、髪の毛ほどのひびが入っている。三本のひびは、刃の中ほどで、今にも一本につながろうとしていた。この刀は、あと一度、硬いものを正面から受けたら折れる。


 だから、この男は受けないのだ。俺のレンチを一度も刀で受けず、全部を避けている。避けるしかない刀で、避ける体で、この男はこの世界を六十八日歩いてきた。


 そして、避けた直後に、男の体は必ず止まった。それはほんのわずかだ。避けて、素通しになって、次に動き出すまでの、瞬きより短いあいだ。四度見て、四度とも同じ長さだった。


「オサムさん!!」


 大通りの向こうから、フィーネが細身の剣を抜いて走ってきた。その後ろに赤い騎乗服のリンが続き、屋台の陰からは、子どもを母親に渡したドレイクが、格納庫の鋲の木箱を抱えて駆け戻ってくる。木箱の中で、鉄の鋲がじゃらじゃらと鳴っていた。


「そいつ、避けたあとに必ず止まるぞ」と、リンが走りながら言った。短く刈った黒髪の下で、左の眉の古い傷が引きつっている。「止まってる長さは、〇・二秒。毎回同じだ。対人戦で、同じ癖の奴を何人も見た。……でも、生身でそれをやる奴は初めてだ」

「分かってる。分かってるが、俺の足じゃ、〇・二秒で届く距離まで寄れないんだ」


 リンは返事の代わりに剣を抜き、自分で男の脇へ斬り込んだ。対人戦一位の剣は、迷いなく男の肋の下を狙っていた。男は避け、リンの剣は男の体を素通しにして、鉄の床板を叩いた。


「……本当に抜けるのかよ」

「抜けるさ。あんた、上手いな。今のは、俺のゲームだと上級の敵の太刀筋だ。でも、無敵の中に入ってきたら、上手さは関係なくなるがな」


 リンは剣を構え直し、男から目を離さずに、俺のほうへ半歩下がった。


「だったら、寄らせてやる。フィーネ、正面から行け。避けさせろ。避けた先に、そいつを置け」

「はい! ――騎士の踏み込み(ナイト・ステップ)!」


 フィーネの体が、鉄の床板を蹴って、男の正面へ一直線に飛び込んだ。騎乗職が機体の脚で踏み込む時の歩幅を、そのまま生身の足に乗せる指令だ。細身の剣の切っ先が、男の喉元へまっすぐ伸びる。男は当然のように避けた。避けた体が、素通しになったまま、右へ半歩流れる。


 流れた先に、俺がいた。ドレイクの木箱から掴み出したリベッターを、俺は男の足元に向けていた。十四キロの打ち込み工具で、本来は機体の装甲板と骨組みを、鋲一本で留めるためのものだ。男の体が素通しから戻り、〇・二秒、止まる。止まった瞬間の、男の右の靴の、紙のように薄くなった靴底の縁を狙って、引き金を引いた。


 ガンッ!!


 鋲は、男の靴底の縁を貫いて、その下の鉄の床板まで打ち込まれた。足には一ミリも触れていない。触れたのは靴底と、ザルツの大通りに敷いた、墓場の鉄の板だけだ。


 男は次の動きに移ろうとして、右足を引いた。靴が、床板から離れなかった。


「……ダ、ダッシュが、出ない」


 男は、自分の右足を見下ろした。それから、もう一度、足を引いた。靴は鋲で鉄の板に留められたまま、びくともしなかった。


「避けるには、足が要るだろう。お前の無敵は、動いてる間にしか出ない。止まった奴には、無(・)敵(・)も(・)何(・)も(・)な(・)い(・)」


 俺はリベッターを下ろして、男の刀の、三本のひびが寄り集まっているところへ、指を一本当てた。


「それと、その刀。あと一回、何かを受けたら折れるぞ。お前が受けないで避け続けてたのは、受けたら折れるのを知ってたからだろう。……直してやる。代金は取るがな」


 男は、しばらく俺の指と、自分の刀を見比べていた。それから、ふっと肩の力を抜いて、刀を鞘に戻した。

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