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魔導騎兵が動くのは、俺が毎晩直していたからです ~産廃機と壊れたAIで、全ゲームの兵器を整備する~  作者: 勇者ヨシ君
【第二部 整備士が足りない】

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第31話 直したつもり(前編)

【オサム視点】


 転移から六十日目の朝、俺は国境の要塞の工房で、帝国の魔導騎兵(マギア)の脚を見上げていた。帝都ベルクからの帰り道、皇帝と交わした最初の仕事として、要塞に置かれたLZ-03(ランツァー)九機の点検を引き受けたのだ。石造りの工房は稜堡の内側に掘り下げられていて、天井の明かり取りから差す朝の光が、油の染みた床に四角く落ちている。九機のうち六機は、俺が三週間前に要塞を出た時と同じ顔で、同じように少しずつ傷んでいた。残りの三機は、知らない顔になっていた。


「オサムさんお帰りなさい! 帝都、どうでした!? 陛下に会えました!? 会えたんですよね!?」


 工房の奥から走ってきたのは、トーマだった。砂色の髪を短く刈り、背ばかり伸びて肩の薄い十九の少年で、革の手袋の指先だけが擦り切れている。三週間前、国境の街道で巣母の甲殻(こうかく)を剥いだ時、タガネを押して最初に板を浮かせたのがこの子だった。浮きましたよぉ、と叫んだ声を、俺はまだ覚えている。


 その子の左の二の腕に、見慣れない赤い布が巻かれていた。布には、帝国の紋章と、整備士(メカニック)の文字が白く刺繍されている。


「トーマ。その腕のは何だ?」

「あ、これですか。……五日前に、軍務省の方が要塞に来られて、配っていかれたんです。陛下がザルツの整備士の客になられたと聞いて、帝国にも整備士を揃えねばならん、と。それで、オサムさんが要塞にいらした時に、そばで作業を見ていた工房員は、全員が整備士ということになりました。二十三人、全員です。僕も、です」


 トーマは、腕の布を指でつまんで、困ったような、誇らしいような顔をした。


「見てただけで、整備士、か?」

「はい。見てただけで、です。……あの、僕もおかしいとは思ったんですよ。でも、軍務省の方は、手順を見たのなら同じことができるはずだ、と仰って。それで翌日には、二十三人が各地の騎兵隊に一人ずつ配られました。僕は、この要塞の第三騎兵隊の担当です。三機です。その三機が、オサムさんの知らない顔になってる三機です」


 工房の入口で、工房長のヴァルナが、樽のような体に巻いた革のエプロンの紐を締め直しながら、低く言った。


「止めたのだがな、私は。見ただけで整備ができるなら、私は二十年かけて砲を鋳たりはしておらん、と。……軍務省の役人は、私の年俸の帳簿を見て、それから黙って帰っていった。腕章だけは置いていったがな」


 ヴァルナは左手の、小指の欠けた指で腕章の束を叩いてみせた。束の中には、まだ配られていない布が十枚ほど残っていた。


 俺は、トーマの担当だという三機のうち、いちばん手前の一機の前に立った。膝の装甲が新しく、胸の点検口の蝶番(ちょうつがい)に、まだ削り屑が残っている。点検口を開けて中を覗くと、魔導炉(マギ・リアクター)の脇の台座に据えられた魔晶石(マナ・クリスタル)が、他の機体のものより一回り大きく、色がわずかに濃かった。


「トーマ。この魔晶石、等級が違うな」

「……はい。前のが割れていて、替えようとしたら、同じ等級のものが倉庫に一つもなかったんです。隊長に聞いたら、大きいほうが力が出るんだから構わん、入れろ、と。それで、入れました。台座の爪を少し広げて」

「入れたあと、誤差は測ったか」

「……測るものが、ないんです。オサムさんは、手で触って分かるじゃないですか。僕も触ってはみたんですけど、何も分からなくて。それで、隊長に、直りましたと申し上げました。……直ってないんでしょうか」


 直したつもり、というやつだ。


 工場にいた頃、こういう機械を何十台も見た。直した本人は、直したと思っている。壊れていた箇所は、確かに直っている。そして、次に壊れるのは、決まって直した場所のすぐ隣だった。手を入れた場所の隣に、手を入れた人間の知らない力がかかるからだ。


 それに、このランツァーの壊れ方を、俺はゲームの側からも知っていた。VGOのLZ-03には、等級の違う魔晶石を台座に無理に嵌(は)めると起きる不具合があった。全力で十分ほど走らせると、脚の出力が上限のまま張りついて、止まれなくなる。攻略wikiでは『ランツァー暴走バグ』という名前で、半年ほど面白半分に動画が上げられていた。止め方も一行だけ書いてあった。膝裏の二番目の継ぎ目を外せ、と。ゲームの頃は、暴走しても拠点に戻せば済んだので、誰もそれ以上は気にしなかった。


「トーマ。この機体の乗り手は誰だ」

「クロガネさんといいます。転移者の方で、陛下が雇っていらっしゃる傭兵の。……あ、あそこに」


 工房の入口に、青い帝国の外套を羽織った男が立っていた。二十代の後半くらいで、短い茶髪に、整いすぎた顔をしている。VGOで顔に課金したアバターは、だいたいこういう顔になる。


「お、あんたが噂のザルツの整備士か。VGOの修理職(リペアクラス)だろ? 俺、十二年やって、修理職のフレンドって一人もいなかったわ。本当にいたんだなあ、修理職」

「そうだ、ここにな。あんたの機体だが、今日は全力で走らせるな。魔晶石の等級が台座と合ってない。十分以上、出力を上げ続けると、脚が止まらなくなる」

「ああ、暴走バグのことか。懐かしいなあ。あれ、ゲームじゃネタ扱いだったろ。暴走したら拠点に帰りゃよかったし」

「拠点は、もうない」

「分かってるって。……でもさ、今日の相手は砂潜り(サンドダイバー)の残りだろ。全力出さないと、追いつけねえよ。それに、帝国の整備士さんが直したって言ってんだ。なあ、トーマ君」


 トーマが、腕章を巻いた腕を、体の後ろに隠した。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 昼の祝砲が、三時間おきの順番表どおりに一発だけ鳴った。その十五分後、要塞の西の砂丘が、三か所同時に盛り上がった。


 砂潜りの残党だった。国境の川床で巣母が四体とも倒れたあと、散った子どもたちのうちの何匹かが、一か月かけて人の背丈の倍ほどに育っていた。尾まで入れて四メートル、背の甲殻が鈍い黄土色に光り、前脚の鉤爪で砂を掻き分けながら、地面すれすれを泳ぐように要塞の外塁へ寄ってくる。数は十二。


 俺は稜堡の上に駆け上がって、外塁の歩兵の隊長に怒鳴った。


「歩兵を全部、稜堡の内側へ入れろ! 外塁の砂の上に、一人も残すな!」

「何を言う、砂潜りごとき、外塁で槍を並べれば――」

「砂潜りじゃない! 味方の騎兵が来る! 今日は、味方の騎兵の通り道に立つな!」


 歩兵の隊長は俺の顔を見て、それから、俺の腕の工具袋を見た。整備士の言うことを聞く理由はないという顔だったが、三週間前に川床で砂に埋まった兵を掘り出したのが誰だったかは、この要塞の兵なら誰でも知っている。隊長は舌打ちをして、それでも笛を三度鳴らした。歩兵の列が、槍を立てたまま稜堡の門へ駆け戻っていく。最後尾の新兵が三人だけ、何が起きたのか分からない顔で、外塁の砂の上に立ち止まっていた。


 稜堡の門が開いて、第三騎兵隊の三機が出撃した。先頭がクロガネの機体だ。九メートルのランツァーが砂を蹴って西へ走り、穂先を下げた槍で、最初の砂潜りの背を突く。腕は悪くなかった。VGOで十二年乗ってきた手が、まだ体に残っている。二体、三体と突いて、砂潜りの群れを外塁から引き剥がしていく。


「いいぞ、クロガネ殿! その調子だ!」


 稜堡の上で、第三騎兵隊の隊長が拳を振り上げた。軍務省の役人に、魔晶石は大きいほうが力が出ると言った男だ。俺は稜堡の縁に立ったまま、クロガネの機体の脚だけを見ていた。一歩ごとに砂を蹴る間隔が、少しずつ短くなっていく。


 出撃から十一分が過ぎた時、クロガネの機体の脚が、砂を蹴るのをやめなくなった。最後の砂潜りを突き終えて、機体は向きを変えようとした。上体は確かに右へ回った。だが脚は、さっきまでと同じ速さで、同じ方向へ砂を蹴り続けた。上体と脚がばらばらの向きを向いたまま、九メートルの機体は砂丘を駆け下り、要塞の外塁へまっすぐ戻ってくる。外部拡声器から、クロガネの声が割れて聞こえた。


『止まらねえ! おい、止まらねえぞ、これ! 操縦桿が戻らない! なんでだよ、なんで――』


 機体は外塁の砂の上を突っ切った。さっきまで歩兵が槍を並べていた場所を、全力の脚が、砂を深く抉りながら通り過ぎていく。逃げ遅れた新兵の三人が、横へ転がって脚の影から外れた。一人は左腕を砂ごと持っていかれそうになり、仲間に襟を引かれて助かった。


 そして機体は、そのままの速さで、稜堡の石の角に正面からぶつかった。ドッ、という音が、足の裏から腹に響いた。稜堡の角の石が三つ、外へ崩れ落ちる。九メートルの機体は胸から石に突っ込んで止まったが、脚は止まらなかった。全力の脚が、砂を掻き、崩れた石を掻き、稜堡の根元を少しずつ削っていく。稜堡の上には砲が二門と、その砲を撃つ兵が八人いた。


「砲兵、下りろ! 稜堡から下りろ!」


 俺はヴァルナに怒鳴ってから、稜堡の縁から外塁の砂の上へ飛び降りた。


 脚は、まだ同じ速さで砂を蹴っていた。前に回れば踏まれる。横から入れば、振り回される膝に払われる。入れるのは後ろからだけだ。俺は砂を蹴る脚の動きを三度数え、踵が上がって次に砂を噛(か)むまでの間を測った。〇・六秒。四歩で膝の裏に届く距離だった。


「分解(ディスアセンブル)」


【意志指令(マインド・オーダー) 分解(ディスアセンブル) WP35/残95】


 膝の裏へ潜り込むと、目の前に、wikiの一行どおりの継ぎ目があった。膝裏の装甲板の、上から二番目の継ぎ目だ。全力で動き続けた関節が熱を持っていて、継ぎ目から油の焦げる匂いが噴き出している。そこへ当て板(シム)を叩き込み、八十キロのレンチを噛ませて、筋力九百九十九と指令の分を一度に乗せて捻(ひね)った。


 バキィッ。


 装甲を無視して、膝の内側の軸ごと継ぎ目が外れた。右脚が力を失って砂の上に崩れ、残った左脚だけが空を蹴る。左の膝裏にも同じことをやると、九メートルの機体は胸を稜堡の石にもたせかけたまま、両膝を砂について止まった。脚の中で、空回りする軸の音がしばらく続き、やがてそれも消えた。


 稜堡の上で、砲兵の最後の一人が梯子を下りきったのが見えた。崩れたのは角の石が三つで、稜堡そのものは立っていた。

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