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魔導騎兵が動くのは、俺が毎晩直していたからです ~産廃機と壊れたAIで、全ゲームの兵器を整備する~  作者: 勇者ヨシ君
【第二部 整備士が足りない】

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第29話 四十二機と、勇者

【オサム視点】


 転移から五十日目の昼、国境の川床(かわどこ)の南岸に、聖王国の本隊が並んでいた。白い装甲に金の縁取りをした騎兵が四十二機、その後ろに歩兵が千二百。水の失せた幅百メートルの石の河原を挟んで、北岸の帝国の壁と向かい合っている。ガーレンの書面で十日足を止めていた本隊が、とうとう国境まで来たのだ。


 俺たちは、川床の東の端の高台にいた。継接(ツギハギ)には俺が乗り、紺のRX-07H(レクス・ベヘモス)改(リファイン)にはフィーネが乗っている。赤いLZ(ランツァーⅡ)-05R(スカーレット)には、推進器の分解を済ませたリンが乗っていた。燃えさしを落とした右の推進器は、もう三回で戻りが遅れることはない。白い機人(マシン)のサクは高台の岩に掌(てのひら)を当てて地面の下を聞き、六号は俺の機体の足元で記録帯を広げていた。予備の乗り手になった元ギルドの四人は、ザルツから運んだ二機のランツァーに分かれて乗り、高台の後ろで待機している。



 北岸の要塞の壁の上では、砲が一門だけ、南を向いていた。砲の横に立っているのは、ザルツから出向した元ギルドの砲術職の青年で、手には順番表の板を持っている。三時間おきに一発、次の番の砲を撃つのが、今の彼の仕事だった。


「サク、下はどうだ」

「巣は、川床の真ん中に残っています。深さ十一メートル。……大きいのが一体です。前に潰した三体より、さらに大きい。二十五メートル近くあります」

「四体目だな。場所も、思ってたとおりだ」


 巣母(ネスト・マザー)の三体目が川床の中央の深いところにいることは、昨夜のうちに分かっていた。原作の第三章の地図で、国境の川床の中央には、ボスの湧く印が一つだけついていた。プレイヤーが開戦のムービーを見たあとに、川を渡る部隊を襲う大型の魔物だ。原作では一体だけだったものが、砲声に呼ばれて四体に増えたが、うち三体はもう死んでいる。残る一体の位置は、原作の印と同じだった。


 ただ、一つだけ、俺の知っている年表と合わないものがあった。


 本隊の先頭に、騎兵ではなく、徒歩の四人組が立っていたのだ。白い鎧の黒髪の少年と、杖を持った少女、大盾の騎士、それに白金の髪を冠の形に編んだ法衣の女。法衣の女の手の甲には、召喚陣の墨が見えた。


「……あれは、勇者か?」


 聖王国の召喚陣から勇者が出てくる話は、VGOにも一度だけあった。サービス開始から六年目の夏の、RPG『星降りの勇者』とのコラボイベントだ。『生身キャラも育成しよう!』という触れ込みで、聖王国の召喚陣からRPGの勇者がNPCとして呼び出され、プレイヤーと一緒に生身で魔獣を狩った。だがVGOの遊び手は、誰も生身なんかに興味がなかった。イベントの参加率は過去最低で、コラボは一回きりで打ち切られ、二度と開催されなかった。攻略wikiのイベント一覧でも、灰色の字の一行で終わっている。


 コラボの勇者は、話しかけても三種類の台詞しか言わないNPCだった。目の前の少年は、どう見ても中身のある人間だ。それに、コラボの勇者が呼ばれたのは夏のイベント期間だけで、本編の第三章の国境に立っていたことは一度もない。年表が、ここで初めて俺の手から外れた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 本隊の先頭の騎兵が、川床へ一歩を踏み出した。

 俺は外部拡声器を開いた。


「聖王国の本隊! 川床に入るな! 下に、巣母がいるんだ!」


 返事の代わりに、南岸から角笛が鳴った。前進の合図だった。四十二機のうち、先頭の六機が石の河原へ下りてくる。ガーレンの書面は届いているはずだが、届いた書面を信じるかどうかは、本隊の将の判断だ。そして将は、整備士の言葉より、角笛の音を選んだ。


「整備長。川床の中央、地面が持ち上がります。あと二十秒」

「分かった。……いくぞ――ツギハギ。XG-00《エックスジー・ゼロゼロ》、出る!!」


 操縦桿を倒すと、足元の岩が一度沈んで、四十四トンの機体が高台から川床へ跳んだ。操縦ステータスは依然としてEのままだが、跳ぶだけなら真っ直ぐ下りればいい。着地の衝撃で膝の関節がギシ、と鳴り、ノイズが「着地の荷重、許容の一割増しでございます」と小さく言った。


 ズズッ、と川床の中央が盛り上がった。二十五メートルの甲殻(こうかく)の背中が石の河原を割って現れ、先頭の六機のうち二機が、そのまま顎の前に放り出された。


「フィーネ、盾だ! 倒れた二機の前に立て!」

「はい!」

「リン、跳べ! 尾の付け根を叩いて、顔をこっちへ向けさせろ!」

「跳べるのは何回だ?」

「今は、何回でもだ。お前の推進器は、もう直ってる」

「……よーし、言ったな!派手に飛んでやるぜ!」


 赤い機体が川床の上を三度続けて跳び、巣母の尾の付け根に剣の背を叩き込んだ。ベヘモスは倒れた聖王国の二機の前に、肩の盾を構えて立ちはだかる。巣母の顎がベヘモスの盾に噛(か)みつき、六十八トンの機体が石の上を一メートル押し下げられたが、フィーネは一歩も下がらなかった。


 俺はツギハギの右腕の鋲打銃(リベット・ガン)を構えた。狙うのは巣母ではなく、川床へ下りてこようとしている聖王国の後続の騎兵の脚だ。


 ドンッ、ドンッ――。


 二発は見事に外れたが、三発目が先頭の一機の膝の継ぎ目に入った。脚が止まった機体を見て、後ろの機体が足を止める。止まった騎兵の列が、川床の手前で詰まった。これで、少なくとも後続は巣母の顎の前に出てこないようになった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 その時、白い鎧の少年が、川床へ駆け下りてきた。


「魔物だな! 経験値はもらったぞ!」


 勇者らしい少年は、聖剣を振りかぶったまま、巣母の顎へまっすぐ突っ込んでいった。速い。生身でありながら、騎兵の踏み込みに近い速さだった。剣が巣母の顎板を斬りつけ、甲殻の表面に白い傷を一本つける。おそらくステータスでいえば999以上だろう。


 だが――斬ったあとの姿勢のまま、少年の体は固まっていた。

 それはごくわずかのあいだだった。だが、そのわずかのあいだ、少年は次の動きに移れずにいた。巣母の顎が横から来て、少年の体を咥(くわ)え、噛んだ。


 バキッ。


 川床の石の上に、少年の体が投げ出された。動かなかった。その首が、曲がってはいけない角度に折れ曲がっていた。


 その様子を見て、南岸の歩兵の列が、一斉に後ずさった。北岸の帝国の兵も、壁の上で動きを止めていた。人が魔獣に噛まれて死ぬのは、この世界ではありふれたことだ。だが、勇者として召喚された少年が、たった一噛みで死んだのは、誰の目にも予想外だった。


 杖を持った少女が、川床へ駆け下りてきた。少年の体のそばに膝をつき、杖を掲げて、短い呪文を唱えた。


「勇者よ――死んでしまうとは何事ですか!蘇生(リザレクション)!」


 まばゆい光の輪が、少年の体を包んだ。

 すると勇者の首の角度が、ゆっくりと元に戻っていった。胸が一度大きく上下して、少年は咳き込みながら上体を起こした。自分の手を見下ろし、首を左右に回して、それから、腰の財布を確かめた。


「うわあ、ゴールド半分かよぉ……」


 四十二機の騎兵も、千二百の歩兵も、北岸の帝国の兵も、誰一人として声を出さなかった。死んだ人間が、目の前で立ち上がったのだ。俺も、ツギハギの操縦席で、しばらく息をするのを忘れていた。


 VGOの蘇生薬は、この世界では一本も効かないことが証明されていた。拠点への帰還も、リスポーンもない。死んだら死ぬ。それがこの世界の決まりだと、俺は四十日以上かけて思い知らされてきた。だが、目の前の少年は、その決まりの外に立っていたのだ。


 コラボの時も、勇者のNPCだけが蘇生の呪文を持っていた。ただし、その呪文はVGOのプレイヤーには一度も効かなかった。掲示板には『勇者の蘇生、俺らには効かないとか詐欺だろ』という書き込みが並び、運営は「仕様です」とだけ答えた。あの時の仕様が、そのまま残っているのなら、勇者が生き返らせられるのは、同じゲームから来た仲間だけだ。


「ノイズ。今の、見たか」

「見ました。……当機の記録では、説明できません。整備長、あれは、VGOの仕様ではありません」

「VGOじゃない。別のゲームの仕様だ」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 巣母の顎は、まだベヘモスの盾に食いついていた。フィーネの機体は、押し下げられながらも盾の角度を変えず、二十五メートルの体を一か所に縫い止めている。俺はツギハギを走らせ、操縦Eの機体を三度ふらつかせながら、巣母の顎の横に回り込んだ。


 ツギハギの右手で、第一顎板(あごいた)の付け根の蝶番(ちょうつがい)を掴(つか)む。出力S、筋力九百九十九が、そのまま指先に乗った。


 バキィッ。


 蝶番が外れ、巣母の顎が力を失って、ベヘモスの盾から離れた。二十五メートルの体が、川床の石の上にゆっくり横倒しになった。


 横倒しになった巨体の向こうから、さっきの少年が、俺の機体の足元まで走ってきていた。


「おい、お前! その悪役みたいな顔の機体、魔王軍のやつだろ!」


 ツギハギの単眼のスリットと、牙のような排熱口を、少年は聖剣で指していた。どこから見ても悪役の顔だ、と攻略wikiに書かれていたのは、伊達ではなかった。


 その悪役の顔が、十二年のあいだに一度だけ、知らない誰かの画面の真ん中に写ったことがある。誰もいない練習場で、こいつに乗って歩く練習をしていた夜、勝手に撮られた動画が、攻略掲示板の晒しのスレッドに貼られたのだ。題は『産廃機で練習する修理職ww』で、俺が転んで起き上がるまでの間が、繰り返し再生されていたらしい。撮った奴の表示名は、覚えていない。覚える必要がないと思ったからだが、撮った奴のほうも、俺が何を確かめに練習場へ通っていたのかを、一度も知らないままだったはずだ。今、その産廃機は、二十五メートルの魔物の顎を外したばかりだった。


「違う。俺はただの整備士だ」

「整備士が、あんなでかい魔物を素手でバラせるかよ!!」


 少年は剣を構えて、ツギハギの足首へ斬りかかった。俺はハッチを開けて、機体の肩から飛び降りた。生身で少年の前に立つ。少年は剣を振り下ろし、俺は八十キロのレンチの柄で受けた。


 ガチンッッ!!


 俺が受けた瞬間、刃から炎が噴き出した。勇者の炎属性が付いた斬撃だった。魔力Eの俺の体は、術にも炎にも、ほとんど抵抗を持っていない。左腕の作業着が焼け、皮膚が一瞬で赤くなった。体力八百ある体でも、熱は熱だ。そして俺は魔物ではなく、人間である。


 ただ、炎を噴いたあと、少年の体はまた固まっていた。

 一回斬ったら、一回止まる。一回の番に、一つの行動しかできない体だ。さっき巣母に噛まれた時も、同じだった。


 俺は少年の固まった腕の下に潜り込み、聖剣の刃に指を当てた。刃の中ほどに、米粒ほどの欠けが二つ並んでいる。その隣に、今の炎の熱で、細いひびが一本走り始めていた。このまま次の一撃を振れば、ひびは欠けまで届いて、刃が折れる。


 腰の工具袋から、細いやすりを一本抜いた。固まっている少年の腕の下で、ひびの先端に、小さな丸い穴を一つ刻む。ひびの先を丸く止めれば、それ以上は進まない。金属の疲れ方を止める、古いやり方だった。


 少年の体が動き出したのは、次の番が回ってきたからだろう。だが少年は剣を振らず、振る前に、自分の剣を見下ろしていた。


「……お前今、何した?」

「剣のひびを止めた。次に振ったら、お前の剣は折れてた」

「折れるって……剣は、折れないだろ。元のゲームじゃ、耐久なんてなかったぞ?」

「ここは元のゲームじゃないんだ。ここは違う。お前が死んで生き返るのとは違って、剣は欠けて折れるぞ。直さなければな」


 少年は、剣と俺の顔を、何度か見比べた。


「……お前、何者だよ」

「だから整備士だと言っただろう。オサムだ。ザルツで機体を直してる者だ」

「ユウキ。勇者。……たぶんね」

「たぶん、か」

「召喚されて、勇者って呼ばれてるだけだからさ。魔王を倒せば、元の世界に帰れるって聞いてる」


 魔王を倒せば帰れる。それはRPGの、いちばん分かりやすい定番の約束だった。俺はその約束の先にある原作のエンディングを知っていたが、今ここで言っても、この少年は信じないだろう。


「そうか。……その時は魔王軍の整備でもしてやるか」

「はあ??」

「いずれ分かることだ」


 巣母を一体と勇者を一人、止めた日の手応えが、腕の奥に溜まっていた。溜まった分は、帰って札に指を当てるまで振れない。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 日が傾く頃、巡察官のガーレンが、川床の北岸へ一人で歩いてきた。剃(そ)り上げた頭に、また砂がついている。


「オサムさん。本隊は、明朝、南へ下がります。将が、川床は渡れないと判断いたしました。……巣母を四体とも見た、と、私が書面に書きます」

「それでいい」

「前に私は、あなたの言葉を、整備士の言葉とは思えないと申しました」

「ああ、確かに言ったな」

「訂正いたします。今日のあなたを見て、整備士の言葉だと分かりました。直せる範囲を先に決めて、その範囲の中で、誰も死なせない。……戦をする者には、なかなかできないことです」

「勇者は一回死んだぞ」

「あれは、数に入れないことにいたしました。数に入れると、書面が書けませんので」


 ガーレンは、少しだけ笑ってから、真顔に戻った。


「ユウキ殿は、明日、東へ発ちます。魔王の討伐の勅命が出ておりますので。期限は、二十日です」


 二十日。原作の年表では、魔王の討伐は物語のいちばん最後に置かれていた。それが、二十日後に来る。


 VGOの運営は、三年続けて同じ告知を出したことがある。『修理職のバランス調整は、今回も現状維持といたします』。三年目の告知を読んだ夜、俺は格納庫で黙って機体を直し続けた。現状維持というのは、誰も困っていない、という意味ではなく、誰も困っている人間のほうを見ていない、という意味だった。今の世界は、現状維持をやめていた。誰も見ていなくても、物語のほうが勝手に前へ進んでいく。


 二日後、要塞のザイデルから、封蝋(ふうろう)のついた書状が届いた。差出人は、ベルク帝国の皇帝だった。


「……帝都に来い、だそうだ。順番表を組んだ整備士を、皇帝がじきじきに見たいらしい」

「オサムさん、皇帝陛下に呼ばれるなんて」

「呼ばれただけだ。行くかどうかは、——値段次第だな」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


【ギルド視点】


 第五十二日の朝、グランツ王都の騎士団の倉庫が、空になった。


 最後の麦袋を開けたのは、シズクだった。袋の底に残っていたのは、乾いた麦が両手ですくえるほどだった。彼女はそれを升に移して、量りの上に置き、数字を帳簿に書いた。王都備蓄、残り零日。


 レオンハルトは、その日の昼、自分の財布を持って市場へ行った。VGOの頃に貯めたヴァルは、まだ数百万あった。金ならある。物を買えばいい。そう考えた彼の前で、市場の店は、どこも戸を閉めていた。開いている店にも、売る物がなかった。王都の商人は、とうに荷を持って街を出ていたのだ。


「金なら払う。言い値で払う。麦を出せ」

「旦那。出せる麦がありゃ、とっくに出してまさあ。……ヴァルは、食えねえんですよ」


 彼は、重いままの財布を持って、城へ戻った。城の裏の路地で、騎士団の一般団員が一人、壁にもたれて座り込んでいた。肩を揺すっても、起きなかった。夜のうちに、凍えて死んでいたのだ。死体を片付ける係は、騎士団のどこにもいなかった。


 シズクは、その夜、「担当の欄が存在しない項目」に、一つを書き足した。番号は振らずに、欄の外に小さく書いた。


 ――死者の埋葬


 それから、三つの番号を足した。


 ――十一 装甲の塗装の塗り直し(錆(さび)を止めるため。見た目のためだと思われていた)

 ――十七 倉庫の発注(安い時にまとめ買い)

 ――二十六 部品の相場を見て買う時期を決める


 十七番を書いた時、彼女は、ゲームの頃の倉庫がいつも満杯だった理由を、やっと理解した。安い時に買っていた誰かが、いたのだ。


【グランツ騎士団 第52日 稼働騎兵 0/12 王都備蓄 0日 団員 251名(第46日比 -20)】

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