第14話 不人気コンテンツ
祝勝会は、俺のいないところで勝手に始まっていた。
俺はというと――格納庫で、ツギハギの腰の装甲を外していた。
RX-09を止めた日から三日たった。あの日、こいつは勝手に自分の材料を動かして、割れた腕を塞いだ。塞いだ分、腰と肘の内側が薄くなっている。
増えてはいない。動かしただけだ。だから戻さなければならない。
しかし、外の音が、やたらと大きかった。
「ノイズ。外、どうなってるんだこれ」
「盛大、です。整備長が、いないことに、誰も、気づいて、いません」
「それでいい。俺がいたら酒が減るだけだしな」
「ガウス、サンの、歌が、終わりません」
「歌? 何番まであるんだ、それ」
「現在、十四番、です。……四十年前の、祝い歌だと、ご本人は、おっしゃって、います」
「で、知ってるやつは何人いる?」
「ゼロ、です。全員が、手拍子だけで、合わせて、います」
「器用な町だな、それ」
俺はシムの厚みを測り直した。
〇・五ミリが四枚、腰の継ぎ目に入る。今日は三枚で足りた。
「オサムさん!」
フィーネが走ってきた。領主の作業着に、煤がついている。
「ミィルが、料理を!!」
「ああ、炭にしたか」
「炭になりました。……って、なんで分かるんですか」
「あいつが厨房に入って、無事に済んだ日が今まで一度もないからだ。で、何を温めようとした」
「スープです」
「スープは炭にならんだろ?」
「鍋が炭になりました」
「鍋だって!? あれ鉄だぞ」
外へ出ると、ミィルが鍋の前で膝を抱えていた。
百二十歳の森霊が、見た目十歳の背中を丸めて、黒い鍋を睨んでいる。
「火の精霊に、ちょっとだけって言ったんだよ。ちょっとだけ」
「そのちょっとだけが、通じない相手だったんだな」
「百二十年つきあってるのに? 通じると思ったのにさあ、なんなのよ、もう!」
「で、どういう言い方で頼んだ」
「……あっためて、って」
あっためて、だ。
アバウトすぎる。温度の指定がない。火にしてみれば、やれるだけやったということになる。
「次からは数字で正確に言えよな」
「数字? 精霊に?」
「ああ。人肌なら三十五度、スープなら六十度ってとこか。頼む側が決めてないものを、相手が決められるわけがないだろ?」
「でも精霊って、数字わかるのかなあ」
「分からんかもしれん。分からんなら、お前が分かって教えてやれ。――手を入れて、熱いと思ったところで止める。それで六十度だからな」
ミィルはしばらく俺を見上げていた。
それから、新しい鍋に水を呼んで、手のひらをかざして、途中で止めた。
「……止めた。止めたよ」
「指、入れてみろ。どうだ」
「……ぬるい。ぜんぜんぬるいんだけどこれ」
「なら次は三秒長くやれ。三秒で足りなかったら、また三秒足す」
「ちょっと待って。それ、整備のやり方じゃない?」
「整備だ。相手が鉄か火かの違いしかない」
呆れた顔でミィルに見られ、どうやらガウス爺の歌が十五番に入ったので、俺は格納庫に戻ることにした。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
宴の翌朝、商人のバルドがやってきた。
今度は約束通り馬車だった。山羊でも馬でもない。幌付きの、四輪の馬車だ。
三日で商売の規模が変わっている。
「取り置きの代金を、お持ちしました!」
「早いな。三日で来るとは思わなかった」
「いやぁ、それがですね、売れたのです。それも、こちらが値を言う前に。――北の辺境でRX-09が止まった、という話が、街道を三日で走りました」
「三日か。騎兵より速いなお前」
「噂は燃料を食いませんのでね」
彼は革袋を台に置いた。重い音がした。
「止めたのは、整備されていなかったからだ、と。……街道では、そういう話になっております」
「そういう話で合ってる」
「であれば、ここで買った部品は『ソヴリンを止めた町の部品』でございます。同じ継手が、三倍の値で動きました」
「三倍。中身は同じ鉄だぞ?」
「中身が同じでも、来歴が違います。十九年商いをしておりますが、こんな売れ方は初めてでございます」
バルドは革袋の隣に、紙の束を置いた。
束が厚い。
「それで、こちらが注文票でございます」
「注文って、誰からだよ一体」
「いろいろです。……そして、先に申し上げておきます。全部お断りください」
「持ってきておいて、断れと言うのか」
「はい。私が持ってこなければ、後から別の商人が持ってまいります。その時には、断る機会すらございませんから」
俺は一枚目を取った。
一枚目。ベルク帝国の工房長から。
国境要塞の砲の、尾栓の部品。十二組。至急。
「砲が壊れたのか」
「暴発したそうです。しかも、要塞の砲が三門、同じ日に」
「おかしいな。同じ日に三門は壊れん。暴発は一門ずつ起きるもんだ」
「では、何が起きたのでしょう」
「金属が疲れてる。金属疲労っていうんだがな。三門とも同じ日に作って、同じ日に使い始めたんだろう。だから――寿命が揃ってるわけだ」
「寿命が、揃う――はて」
「揃う。同じ日に作った部品は、同じ日に死ぬこともある」
同じ日に作った部品は、同じ日に死ぬ。
それを十二年、何度も見た。
次は二枚目。機都の使者から。
依頼内容の欄に、一行だけ書いてある。
――人の形をしたものの、肩の関節を。
「人形の注文か、これは。おれはフィギュアの造形なんてやってねえぞ」
「いえ。……機都は機人の国でございます」
「ああ、あそこか、なるほど。じゃあ人形じゃなくて、機械人の関節か」
「そういうことになりますね」
「機人は自分で自分を直すはずなんだが。他人に頼む国じゃないだろう」
「直せるうちは、と。……ガウスさんが、そうおっしゃっておられました」
「自分で――直せなくなったわけだ」
三枚目。海洋連合ネレイスの船主から。
機関室の継手、四十八個。旗艦が沈んだため、二番艦に回す。
四枚目。聖王国から。
刻印材の買い付け。用途の欄に「召喚陣の補修」とある。
「刻印材って、何だ」
「勇者を呼ぶ陣につかう素材だと聞いております。……私は商人ですので、見たことはございません」
「補修が必要なものを、そのまま使う気なのか?」
「おそらく使うのでしょうな」
「やめた方がいい。壊れかけの炉に火を入れるのと同じだ」
「……それは、先方に申し上げてよろしいのですか」
「言っても聞かん。急いでる連中は、必ず聞かんのよなーまったく」
五枚目。
これは注文票ではなかった。森霊国の印が押された、抗議文だった。
大樹海の南端で、樹が三百本枯れた。原因は魔晶石の採掘による魔素の偏り。採掘の停止を求める。
俺は五枚を台に並べた。
並べると、形が見えた。
砲が壊れ、人が壊れ、船が沈み、陣が傷み、森が枯れている。
全部、整備されていないせいだ。
「バルド。この五つ、全部国が違うな」
「違います。五つで五か国でございます」
「それが、同じ日に壊れてる」
「同じ日、でしょうか。……同じ月では、ありますが」
「同じだ。全快が消えた日から数えて、二週間目に入ってる。どこも、そこで一斉に効いてきた」
「……それは、偶然ではないと」
「偶然だよ。ただ、始まった日が一緒だったんだ。――寿命が揃ってる」
同じ日に作った部品は、同じ日に死ぬ。
この世界の全部が、同じ日に動き始めていた。
「それで、全部断れと言ってるわけか」
「はい。一つでも受ければ、残りの四つが『あの町は受けた』と知ります。五か国が、この町を見ます」
「見られるのは困らん」
「見るだけでは済みません。……直せる者が一人しかいないと知れたら、国は買いに来ます。買えなければ、奪いに来ます」
正しい。
俺は一枚だけ取った。
二枚目だった。カルディアの、人の形をしたものの肩。
「これだけ受ける」
「……理由を、お聞かせいただけますか」
「他の四つには、代わりがいる。砲も船も陣も、国に工房があるからな。下手でも、遅くても、やるやつはいる」
「機都は、いないと」
「機人を直せるのは機人だけだ。そのいちばん上の機人が壊れてる。代わりがいない」
「……それは、この町が受ける理由になりますか」
「ならん。だが、断る理由にもならん」
バルドは注文票の二枚目を、両手で持ち直した。
「……承知しました。では、そのように返信を」
「ただ、材料が足りん。肩の関節に使える魔鋼は、純度八十からだ。墓場に残ってるのは六十以下しかなかったからな」
「買い付けてまいりますか。南に、扱う商会がございます」
「いくらだ」
「……純度八十なら、継手六百個ぶんです」
「高いな。採る」
「採る、と申しますと」
「掘る。地面から出るものを買う理由がない」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「採るって、どこで採るんですか。鉱山なんて、この辺には」
フィーネが聞いた。手に槍を持っている。持ち方が、昨日より様になっていた。
「北の廃坑だ。ガウス爺が、四十年前に魔鋼を掘ってた坑道がある」
「枯れた、と前におっしゃっていませんでしたか」
「言ってた。だが枯れたんじゃない。掘り方が悪かっただけだ」
「掘り方」
「四十年前の掘り方だ。――爺、ちょっと来てくれ」
ガウス爺が歌の十九番をやめて、こちらを見た。
「わしの頃はなあ。横に掘った。横に掘って、出なくなったら、そこで諦めたもんだ」
「下は掘ったか」
「掘らん。下は水が出る。水が出たら、そこで終いだ」
「水は出せばいい」
「出すだと? 四十年前に、村の男が十人で桶を担いで、三日で諦めとるぞ」
「桶は使わん。――ミィル」
「わたし、鉱山の係じゃないんだけど」
「今日から係だ」
「えっ。ちょっと、えっ」
四人で出た。
俺、フィーネ、ガウス爺、ミィル。ツギハギは置いていく。坑道に十メートルは入らない。
廃坑の入り口で、俺は地面にしゃがんだ。
拳で、一度叩く。
コッ。
二メートル横で、もう一度。
コ、と短く返った。
「ノイズ。今の二つ、音の差は拾えたか」
「拾えました。第二打は、反響が、〇・〇三秒、早い、です」
「〇・〇三か。じゃあ、そっちは浅いな」
「浅い、です。推定、四メートル。……整備長、これは、何を、しているのですか」
「鉱脈を探してる」
鉱脈探査。
地面を叩いた音の返りで、下の空洞と硬さの境目が読める。深さまで出る。
「オサムさん。今のは、何の技能ですか」
「鉱脈探査だ」
「鉱脈。……それ、整備の技能なんですか」
「整備の技能じゃない。修理職の技能だ」
「同じでは」
「違う。職と仕事は別物だ」
「……修理職に、鉱山の技能が入ってるんですか」
俺は立ち上がって、坑道の口を見た。
ある。
というより、修理職の技能は半分がこれだ。
「元々、こういう職なんだ。部品が足りないなら自分で採れ、素材が分からないなら自分で見ろ、重いなら自分で運べ。――全部、修理職に入ってる」
「それは、便利なのでは。採って、見て、運べるなら、一人で全部回せます」
「便利だ。便利だが、十二年、誰もやらなかった」
「なぜですか。そんなに便利なのに」
「買った方が早かったからだ。それだけだ」
露店に行けば売っている。値段も純度も表示が出る。壊れたら拠点に戻れば全快する。
採取も探索も運搬も、やる理由が一つもなかった。
攻略の掲示板には、こう書いてあった。――採取は時間効率が悪い。買え。
十二年、そのとおりだった。
「ガウス爺。あんた、横に掘って諦めたと言ったな」
「言った。それが四十年前の話だ」
「音を聞いた。下に七メートル、そこで横へ戻せば脈に当たる」
「……七メートル。そんなもん、どうやって掘る」
「掘るのは人力でいい。問題は水だ。あんたが掘った床の、二メートル下から出る。それを先に抜く」
「抜いたら、どこへやる」
「下だ。――もっと下に空いてる」
爺は俺の顔を見て、それから足元を見た。
「水を、抜くのか。本当に抜けるのか、そんなもん」
「ミィル。水を呼ばなくていい」
「えっ、呼ばないの。わたし、呼ぶ係だったよね」
「今日は逆だ。――水を、どこかへ連れていけ」
ミィルは口を半分開けたまま、三秒止まった。
「連れていく。……そんなの、やったことない」
「頼んだことはあるか」
「ないよ。水に『どいて』って言う人、いないもん」
「じゃあ、お前が最初だ。できるか」
「……できるけど。たぶん」
彼女は裸足で坑道に入って、暗がりの先の床に手をついた。
緑の光が、床の継ぎ目に沿って走った。走って、奥へ逃げていった。
水の音が、遠ざかっていく。
「連れていった」
「どこへやった」
「下の、もっと下。穴が空いてたから、そこに入れた。水も、行きたそうだったし」
「行きたそう、か。――上手いな、それ」
「……え」
「余計なところを濡らしてない。狙った先に入れてる。上手い」
「……上手いって、はじめて言われた」
坑道の床が乾いた。
七メートル下で、脈に当たった。
黒い帯が、岩の中を斜めに走っている。手で触ると、指の腹に数字が出た。
【魔鋼 純度 62% 不純物:鉄・燐】
素材選別。
触れば純度が出る。露店で買えば表示が出るので、十二年、誰も取らなかった技能だ。
「六十二だ。肩の関節には八十が要る」
「足りません。十八も足りません」
「帯の全部が六十二なわけじゃない。中心に寄るほど上がる。――選る」
「選る、というのは」
「要るところだけ外す。残りは置いていく」
帯のどこを割るかで、純度が変わる。中心に寄るほど高い。
ハンマーとドリフトピンで、帯の縁から順に外していく。叩いて割るのではない。岩の目を読んで、継ぎ目から外す。
採取。素材を壊さずに外す技能だ。
壊れても拠点に戻れば買い直せたので、これも誰も取らなかった。
三十分で、七十キロ分が出た。
「オサムさん。それ、どうやって運ぶんですか。荷車、入りませんよ」
フィーネが聞いた。坑道は幅が一・二メートルで、荷車は入らない。
俺は塊を一つ、片手で掴んだ。
七十キロが、手首の先で持ち上がった。
「……片手。片手で持ってます」
「筋力が九百八十ある。七十キロは、片手で済む重さだ」
「九百八十。……それ、人間の数字ですか」
「人間の数字だ。お前はいくつある」
「わたしは……四百十です」
「なら持てて二十キロだ。それ以上やると肩を壊す。無理するな」
「二十キロ。……三分の一も持てません」
フィーネは自分の手のひらを見た。
それから、俺の手の中の七十キロを見た。
「オサムさん。その数字って、普通なんですか」
「普通じゃないだろうな。十二年で、俺以外に一人もいなかった」
「でしょうね。……って一人もいないんですか」
「いない。みんな機体の操縦スキルにステータスを振った」
「なぜですか。体が強い方が、生き残れるじゃないですか?」
「誰も、死なない世界だったからだ。拠点に戻れば全快した。――あと、掲示板に、生身へステを振るなと書いてあった」
「掲示板?」
「みんなが読む回覧板や、伝言板だと思ってくれ。あれに書いてあることは、だいたい正しかった」
運搬で、積載の上限が外れる。
背負うと七十キロが七つ乗った。四百九十キロだ。それでも歩けた。
俺の敏捷値は四百二十で、四つの数字の中で一番低い。
実際、整備とは走って逃げる仕事ではないからだ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
坑道が崩れたのは、帰り道だった。
四十年前の支柱だ。ガウス爺が立てた松の柱が、湿気で芯を食われていた。水を抜いたせいで乾いて、乾いて縮んで、荷重の位置がずれた。
俺が水を抜けと言ったからだ。
音で分かった。
ミシ、ではない。パキ、と乾いた音が、天井の三本目から来た。
「走れ! 入り口へ向かって!」




