幕間 バグ報告書 #0001
【不具合報告 #0001】
【起票者:白瀬灯/検証職】
【起票日時:取得失敗(システム日付を参照できません)】
【環境:本番環境】
【重大度:SSS(サービス全体の停止に相当)】
■件名
サービス終了処理の後も接続が維持され、基本機能三件が動作しない
■再現手順
1.『ヴァルハラ・ギア・オンライン』のサービス終了予定時刻(二十四時)まで、開発用アカウントでログインする
2.二十四時〇〇分〇〇秒、サーバー停止処理の開始を確認する
3.視界が白く飽和する
4.大陸マップ西部、ベルク帝国領の街道上で意識が戻る
5.以降、接続が切断されない
手順3から4のあいだに経過した時間は、計測できていません。
■項目1
期待される動作:
拠点帰還を実行すると、機体の損傷と消耗がゼロに戻る
実際の動作:
実行は完了する。損傷は戻らない
補足:
搭乗者の負傷も戻りません。起票者は転移時に左手首を捻挫。三日経過後も回復していません。
■項目2
期待される動作:
メニュー最下部から切断を実行できる
実際の動作:
項目が存在しない
補足:
開発権限でメニュー定義を直接参照しました。切断の定義そのものが、ありません。削除された形跡もありません。最初から書かれていないように見えます。
■項目3
期待される動作:
高速転移で、登録済みのテレポーター間を移動できる
実際の動作:
灰色表示。選択できない
補足:
テレポーターのレコードは全件残っています。壊れていません。無効化のフラグが、一件ずつ手で立てられています。
壊れたのではなく、誰かが消しています。
最終更新者の欄は、空白になっていました。
■影響範囲
全接続者。推定三千名(未確認)。
うち約三百名が、グランツ騎士王国の王城を占拠しました。原作第一章の進行を先回りしたものと思われます。王は生存。騎士団の指揮権が、ギルド『アーク・ヴァンガード』のマスターに移っています。
この三百名は、拠点帰還が機能していないことに、まだ気づいていません。
機体の調律誤差は、一日あたり〇・六%の速度で増加しています。現在の平均は二・一%。このまま誰も手を入れなければ、約十三日で全機が停止する見込み。
なお、王都の物価は、転移から三日で平均百二十倍になりました。
買い占めた側が、買い占めた物資を数えています。数え終わるまで、誰も減ることに気づきません。
報告者の権限では、数値の参照しかできません。整備の実行権限は、修理職にのみ割り当てられています。
■起票者ステータスの異常(参考)
【白瀬灯/チケット】
【職業:検証職 Lv.──】
【種族:□□□】
種族欄が表示されません。文字化けしたまま、変更も非表示もできません。
街道で会った隊商の方々に、この欄を見られました。以後、呪われた者として扱われています。石を投げられはしませんが、宿には入れずに困っています。
これは不具合として起票すべきか、仕様として扱うべきか、判断がつきません。
■起票者の状態(参考)
転移時の服装のまま。検証用の白い上着で、袖に印刷された管理番号が読める状態です。洗えません。水に入れると番号が消えます。
髪は顎の線で切り揃えています。転移の前日に自分で切りました。左右の長さが揃っていません。
左手首に包帯。転移時の捻挫で、三日経っても治りません。
眼の下の隈については、転移前から同じです。
隊商の方に「食事はしているのか」と聞かれました。
していません。食事の必要を、報告書に書く項目がありませんでした。
■担当者
未割り当て
――この報告書の提出先が、見つかりません。
検証職の権限では、起票はできます。受け取る人がいません。開発チームの連絡先は、すべて接続不可でした。
十二年間、私が書いた報告書の多くは「仕様です」の一行で閉じられました。今は、閉じてくれる人さえいません。
誰か、直せる人はいますか?
――私もログアウトできていない状態です。
まずは、バグの検証を重ねながら、整備士を探しに行くことにします。
この報告書がきちんと開発陣に読まれていることを願って、第一回目の報告書をこれで終わります。




