一 : 慶長四年 - (8) 水口宿にて
会津へ帰国する景勝以下上杉一行は伏見で一泊、その後は東海道を進んだ。未着手の内政が山積している事情もあり宿場で休憩する時間も惜しいのか近江国を足早に通り過ぎた。商機を見込んでいた商人達は残念そうな視線を送っていた。
九月四日、夜。東海道の宿場で五奉行・長束正家の居城がある水口、主要な通りから路地に一本入った木賃宿に、人目を避けるように菅笠を目深に被った三人の男達がコソコソと入っていく。
明らかに怪しげな三人組を目にした亭主は、何も言わず一階最奥の部屋へ案内する。襖を開けると――燈明の光で本を読む直江兼続の姿。
「天下にその名を響かせる直江山城守が主君の側から離れてこんな所に居てもいいのか?」
三人組の頭目らしき男が冗談めかして投げ掛けると、兼続は「心配要りません」と応える。
「公の上では、主に従い桑名宿に居ります。私は山城守と“瓜二つ”な大国但馬守にござる」
「フフフ、左様か」
平然とシラを切った兼続に、頭目は愉快そうに笑う。
大国実頼が兼続と瓜二つかは不明だが、外見を正確に写実した物は当時存在せず両者を直接その目で見た者を除けば本人の言う事を信じる他なかった。
「それより、御自身の心配をなされては如何ですかな? ――治部殿」
返す刀で兼続が指摘すると、頭目は笠を脱ぐ。その正体は、佐和山城主・石田三成!
護衛二人が廊下や隣室に気を配りながら襖をサッと閉める。兼続と向かい合うように座った三成は室内をキョロキョロと見回しながら漏らす。
「まさか、密会の席にこんな所を指定するとは……」
「人と秘かに会うなら赤の他人も居る場に紛れ込む方が存外露見しにくいものです。それに、隣や天井・床下に宿の周囲も人を配しております」
油皿の傍らに座す兼続は堂々と明かす。
上杉家執政たる兼続は大名間の交渉や折衝の席に就く機会も多く、公にしたくない会合に向いている場も熟知していた。三成もそうした経験はあるものの、秀吉の秘書的立ち位置にあった事からこうした下々《しもじも》が利用する雑多な場所は未知の領域だった。
「早速だが本題に移ろう。私も用が済み次第、急ぎ発たねばならぬからな」
本を畳んだ兼続は懐より一枚の紙を取り出す。開いて三成の前に差し出したのは、畿内から会津までが描かれた地図である。続けて巾着の中にあった将棋の駒を出し、“金”を京に置く。
「知っての通り、我等は仕置の為に国許へ戻ります。移封以来ずっと手付かずの内政に取り掛かるのもありますが、戦に備え城砦の修繕・補強や勇士を雇い入れまする」
はっきりと戦支度を宣言した兼続に、三成は無言のままだ。防衛施設の改修・増強や浪人の召し抱えはどの大名家でも行われており、咎められる謂れはない。
京から“金”の駒を会津へ移動させ、次に兼続は“玉”の駒を伏見に置く。
「我等が軍備を進めていると伝われば、必ず騒ぎ立てる者が出てくるでしょう。堀、最上、あとは伊達あたりですかな。目障りな存在と認識している内府はこれ等の通報を受理し詮議の対象とするでしょうが、我等は『非なぞ無い』と突っ撥ねます。喧嘩を売られた内府は沽券に関わるので『豊家に叛心あり』の大義を以て上杉征伐を断行」
説明しながら兼続は“玉”の周りに幾つかの“歩”を加え、東へずらす。直後、手前の部屋からドッと笑い声が上がる。話は盛り上がっている様子で複数の男性の喋り声が兼続達の居る部屋にも響く。喧騒を意にも介さず三成は訊ねる。
「……上杉征伐を決めても、手駒だけ送って奴は畿内で高みの見物を決め込むかも知れぬぞ?」
「それは先ず有り得ぬでしょう」
三成の懸念を兼続はきっぱり否定する。
「内府が欲するは己が頂点の天下。それを手にする為には何処かで博奕を打たねばなりません。現状を大きく変えるだけの価値がある我等からの挑発に、野心家たる内府は喜んで誘いに乗るでしょう」
断定する口調の兼続に、常なら根拠に基づく発言を求める三成も同意するように頷く。それくらい兼続を信頼している証とも言える。
越後と奥羽に三枚の“歩”を置き、“玉”の一団が関東から北上する。図上では上杉を表す“金”は敵に囲まれ絶体絶命の窮地に立たされているが――。
「上杉征伐の軍勢が会津へ足を踏み入れたのと同時に――内府追討の兵を挙げる」
新たに“金”“銀”“桂馬”“香車”に何枚もの“歩”を大坂に積む兼続。事の重大性に息を呑む三成の護衛二人を差し置いて勢いそのままに話を続ける。
「内府が勝手気儘に政を動かしていた権力の源泉たる秀頼公は我等の掌中にあり、秀頼公を擁する我等と対峙する相手は賊軍。そして、戦巧者の内府であろうとも北と西の両面より攻められれば苦戦は必至。勝機は薄い上に“豊家へ刃を向ける不届者”の烙印を押される恐れがあれば、内府へ同調していた者達も身の保全を優先し離反が相次ぐでしょう。……この戦、勝てまする」
自信満々に勝利を明言する兼続は大坂に“王”の駒をピシリと指す。腕組みしながら地図を顰め面で見つめていた三成は、不意に訊ねる。
「奴を倒す大将は、誰に頼む心算だ?」
秀吉存命時からその存在を危険視していた反家康の急先鋒たる三成は、自らが旗振り役を務めるのは人望に欠けると認識している様子だった。その問いも予想していた兼続は即答する。
「安芸中納言様にお願いする所存」
「大丈夫か? あの御仁は些か腰が据わっておらぬぞ」
毛利輝元の名を耳にした三成は懸念を示すも、それを打ち消すように兼続は捕足する。
「その点については恵瓊殿に手綱を握ってもらいます。御坊とは既に話を付けておきました」
兼続が対策を説明すると三成も納得した模様だ。さらに言葉を重ねる。
「副将には加賀中納言様・備前中納言様の両名に。実務は奉行方に大谷刑部殿や小西摂津守殿へお願い致します」
輝元を補佐する役目は前田利長・宇喜多秀家の大老二名。利長が家康に対してどういう心象を抱いているか不明だが、秀家は一時秀吉の猶子となり厚遇されていた事から秀頼公を自らの弟のように思っている節がある上に、年初の御家騒動で家康が裏で糸を引いている事を深く恨んでいた。神輿とするにはやや軽過ぎる輝元を恵瓊と秀家の二人で支えれば安定性も出るだろう。
豊臣家の内府追討の命が発せられれば、公儀の招集に多くの大名が馳せ参じると見ていい。数万、上手くいけば十万を超す大軍は頼もしい反面、大多数の人と牛馬を抱える事となる。飢えさせず糞尿の処理も滞りなく、それでいて兵糧弾薬を含む物資を間断なく前線へ供給し続ける必要があった。その為には緻密な計画と円滑に実行する運用が求められる。この点に於いては天正十五年の島津征伐を端緒に天正十八年の北条征伐・二度の朝鮮出兵と十万を超す空前絶後の大軍勢の兵站を任されてきた実績と経験を持つ優れた吏僚達がこちら側に揃っていた。
家康打倒の体制について、三成は満足気に一つ二つと頷く。遠くから弾けるような笑いが起こる中、三成は静かに問うた。
「この案、何処まで話した?」
全幅の信頼を寄せる兼続が相手でも、三成は真剣な表情で質す。家康を倒す計画は最大級の極秘事項であり、機密の漏洩は即破綻に直結するので何よりも恐れていた。
三成の心配は当然のことで、兼続は落ち着かせるように答える。
「治部殿の他には我が殿と恵瓊殿、それだけにござる」
ゆったりと、それでいてハッキリと告げる兼続。主君・景勝は言うに及ばず、恵瓊は西国の雄・毛利家を味方へ引き込む為に絶対必要な存在だった。上杉と毛利が共同歩調を取る事が家康を倒す大前提で、実際に畿内で決起した軍を動かすであろう三成より優先するのも致し方ないところである。
景勝は生来の無口で秘事を他人へ明かす心配は皆無、恵瓊は外交僧と相談役の顔を持つ性質上どうしても毛利家内外の人と会う機会は多いが自らの進退に関わる事なので軽々《けいけい》に漏らす事はあるまい。兼続はそう睨んでいた。
ただ、恵瓊の名を耳にした途端に三成の表情が曇る。胸中を察した兼続は付け加える。
「恵瓊殿が裏切るなぞ、万に一つもございません。毛利家中で影響力を保つには安芸中納言様を介添えし多大な利を齎す事が不可欠、内府へ与するより豊家で重きを成す方が得であると誰よりも自覚しております故」
切々と兼続が説き、三成も渋面をやや緩める。理屈で分かっていても不安が先行するのだと思われる。
吏僚畑をずっと歩んできた三成からすれば、何事に於いても懸念材料は払拭しておきたい。その心情は兼続にも分かるし、そうしてきたからこそ五奉行の事実上筆頭の地位まで昇り詰めたのだ。然りながら、三成は少々理想を求め過ぎるきらいがある。気象や運など“人智の及ばぬ要素”が存在する現世で、“絶対”や“完璧”なぞ存在しない。極限まで転ばぬよう手を尽くしても転ぶ時は転ぶし、絶体絶命の死地から生還を果たした例もある。人が振る賽の目は操れても、天が振る賽の目は出たトコ勝負だ。多少の修羅場を踏んでるみたいだが、兼続の目から見れば三成は頭でっかちな甘ちゃんで、戦というものをよく分かっていない。尤も、それを口で伝えても一から百まで理解出来る筈もなく、不和の火種になる恐れがあるので敢えて指摘はせぬが。
黙り込んでいた三成は兼続の言う事が道理と判断し、「分かった」と短く応じた。承諾を得た兼続は、話の締めに移る。
「最後に。此度の戦で肝心なのは“時機”にござる。早ければ内府を挟み撃ちに出来ず、遅ければ我が上杉は持ち堪えられず潰れてしまいます。奴等が会津へ踏み入れたのを確認し次第、此方より手の者を向かわせます」
そう言い、兼続は床を扇子の先でトントンと叩く。直後、兼続の隣に黒尽くめの者が現れる。
「“時津風”にございます」
紹介された時津風は顔を覆う布を緩め面貌を明らかにする。顔を見せた時津風は役目を終え瞬く間に消える。
これで打ち合わせは完了したが、三成は口元を歪める。
「如何なされた?」
訊ねられた三成は言うべきか否か少し迷い、率直な思いをぶつけた方が好いと捉え口を開く。
「……このような大事、あのような者に任せて大丈夫なのか?」
心配半分・嫌悪半分で問い掛ける三成。
これも武家の者にありがちな“忍びの者”に対する生理的な忌避感だ。諜報や暗殺など表に出来ぬ仕事を担う忍びの者が必要とする反面、得体の知れぬ術を使ったり御家の暗部を把握している不気味さから受け入れられない……それ故に、由緒ある名家や高い地位に昇り詰めた者は特にその存在を強く拒絶する傾向にあった。三成も潔癖な性格もあり忍びの者を快く思わないのは容易に想像がつく。
ただ、それ以上に気懸かりなのは、大役を務める時津風の人選だろう。美男にしては端麗な顔立ち、男性にしては少々高い透き通った声、三成は一目見て勘付いた様子だ。
「御心配には及びません。足の速さは無論、武闘面でも我が家で十指に入る実力者です。それに、女性であるが故に有利となる場面も多々ございますから」
三成の憂慮に兼続はサラリと説明すると、「そういうものか」と了承する。
上杉家が抱える忍び衆“軒猿”にも、少ないながら俗に“くノ一”と呼ばれる女忍びが存在する。その大半は輿入れ先の大名家における内部事情の調査や“男子禁制”の奥での機密漏洩・毒混入等の妨害阻止の任に就くが、時津風は類稀な身体能力と抜群の才能・感性から頭目たる“百足”達ての希望で現場に配属された。言わば折り紙付きの逸材である。
戦国乱世の頃から忍びが跋扈し死闘が繰り広げられる中、“忍び=男性”の印象が深く刻まれた事から関所における身分確認の厳格化や城砦等の重要施設への接近を禁じるなど弊害が生まれた。その点、性が異なるだけで警戒の対象から外れる為、“くノ一”は貴重な戦力だった。
「では、私はそろそろ……本日中に出れば明日には合流出来ます故」
要件を済ませた兼続はいそいそと出立の意向を示す。影武者を立てているとは言え、執政不在の状況は一刻も早く解消しておきたい。三成の方も表向き“佐和山城で謹慎”している身なので長居は無用である。
互いに帰り支度を進める途中、「山城守」と三成の方から呼ぶ。
「大願成就の暁には、ゆるりと好きな本について語り合おうぞ」
四角四面な三成には珍しく、穏やかな笑みを浮かべ砕けた口調で約束を投げ掛けてきた。その姿は人間味に溢れた好漢そのものだった。
こういう顔をもっと見せていれば、敵も少なかっただろうに。魅力に満ちた表情の三成に、兼続は悔しさや残念さで胸が詰まるのを抑え「あぁ……」と返すのが精一杯だった。
表玄関から帰って行く三成達と別れた兼続は、勝手口に繋げてあった愛馬に跨る。こちらは単騎だが“軒猿”の護衛があるので夜道を走っても襲われる心配は無い。
別れ際の三成の言葉、表情を兼続は脳内で思い起こす。忠義の為に巨大な敵へ立ち向かおうとする“友”を誇らしく思った。そして、欲で穢れた己の心には些か眩しく感じた。
また、会えるといいな。微かな願望を込め三成が戻る佐和山の方へ一瞬目を遣り、駆け出す。その後は振り返ることなく、一心不乱に馬を飛ばした。再会の約束は蛍が遠去かると光が闇に溶けるのと同じように、いつの間にか兼続の頭の中から消えていた。




