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三 : 最上攻め - (10) 戦の後始末

 中央の覇権争いは明確な形で決着し、出羽へ侵攻していた軍勢も無事に自領へ戻り上杉家は危機を乗り切った――と総括するにはまだ早い。寧ろ、御家存続に向けた難しい駆け引きはここからが始まりだった。

 慶長五年十月五日、伊達政宗は本貫の地たる伊達・信夫両郡を奪還すべく約二万の兵を率い北目城より出陣。翌六日、宮代表《みやしろおもて》にて大宝寺義勝勢と交戦し勝利、その勢いのまま福島城を攻めるも城主・本庄繁長の堅い守りに阻まれた。さらに上杉家へ加勢していた佐竹家家臣・車“丹波守《たんばのかみ》”斯忠《つなただ》の部隊が伊達方(がた)の小荷駄隊を急襲、後方を脅《おびや》かされた政宗は城攻めを断念し七日に北目城へ引き揚げた。俗に“松川の戦い”と呼ばれる攻防で上杉家の強さを再認識させられた政宗は、方針を転換しより与《くみ》しやすい北の南部領侵食へ乗り出す事となる。

 一方の最上義光。関ヶ原の戦いで西軍敗北を受け上杉家が軍事行動を停止させた隙を突き、予《かね》てより係争地だった庄内地方を取り戻すべく侵攻を開始。義光の嫡男・義康を総大将に攻め入り、慶長六年三月に失地回復を達成した。上杉家は天正年間に激戦の末勝ち取った庄内領をみすみす手放す結果となった。

 そして、上杉家は――。

「有り得ぬ! 徳川から御家存続の確約を得ずして矛を収めるなぞ、断じて認められん!」

 強い口調で拒む兼続。その表情は焦燥《しょうそう》に満ちていた。

 慶長五年十月二十日。若松城の大広間にて今後の方針を協議する場が設けられた。参加するのは最上勢の侵攻に対処する家臣を除いた主立った面々で、当然ながら景勝も同席している。

 兼続が気色《けしき》ばんだのは、冒頭景勝が『如何《いかが》致す』と投げ掛けたのに対し、重臣の本庄繁長が『和睦すべきかと』と発言したからだ。

 長谷堂城攻めに苦戦している最中《さなか》に齎《もたら》された関ヶ原の結果を受け、兵を退《ひ》くか続行か話し合った際に兼続は『御家存続の確約を得るまで降伏せず』と主張し、水原親憲など一部の将による即時撤退論を斥《しりぞ》けた経緯がある。その考えは最上攻め失敗後も変わらず、敗者たる此方《こちら》から安易に和平を求めれば“上杉は恐《おそ》るるに足らず”と見做《みな》され、条件を呑んだフリをして『楯突いた罪は重い』と判断を覆す恐れが高いからだ。

 現に、三成達の強い要請と安国寺恵瓊の勧めで西軍の総大将に就いた毛利輝元は吉川広家が事前に徳川方(がた)と“戦へ加わらぬ見返りに本領安堵”の密約を交わしたものの、十月二日になってから突然『輝元が総大将として実際に活動していた証拠が出てきた』として家康は広家に対し『毛利家改易』の処分を言い渡した。広家は徳川方(がた)と起請文を交わすも名義は本多忠勝・井伊直政で、不履行に異議を唱える事は出来なかった。『誑《たぶら》かされた!』と気付くも時既に遅し。自分の所為《せい》で主家が滅ぶのは是が非でも避けるべく広家は自らに恩賞で与えられる周防《すおう》・長門《ながと》の二ヶ国を『毛利家へ与えてほしい』と哀願《あいがん》した。必死の訴えを汲んだ家康は十月十日に『毛利家は周防・長門二ヶ国約三十万石へ大幅減封』とする処分へ変更。毛利家は首の皮一枚で最悪の事態を免《まぬが》れた次第だ。

 この掌返しは大坂に潜《ひそ》ませている“軒猿”からの報せで景勝・兼続主従は把握している。だからこそ、毛利家の二の舞を演じる訳にはいくまいと兼続は必死だった。

 抗戦論を唱《とな》える兼続に対し、同調や理に適うと頷く者はやや多い。自らの主張が受け容れられたと兼続は内心ホッとするのも束《つか》の間《ま》、繁長が声を発す。

「旦那の申す事は尤《もっと》も。然《さ》れど、この辺りで手打ちにすべきと存ずる」

 少数派を自覚しつつ繁長は自論を枉《ま》げない。兼続の懸念を承知の上で“講和すべきである”と説《と》くのだ。

「徳川が力づくで我等を滅ぼそうとするなら、上杉の誇りに懸《か》けて抗うべきでしょう。その構えや気概《きがい》は持ち続けねばならぬし、対外的に示す必要があります。しかしながら、“いつまでも”とはいきますまい。内府も念願の天下を手に入れて直《す》ぐに世情を騒がす出征は止《よ》めたいでしょうから、我が方より和議の意向を伝える事で妥協点を双方で探るのが最善の道と思いますが……如何《いか》に?」

 淡々とした語り口で居並ぶ面々へ論じる繁長に、考えを改める者が徐々に出始める。どちらも私情を挟まず御家の為に進言しているからこそ、甲乙《こうおつ》付け難《がた》かった。

 抗戦派・恭順派の家臣が意見を述べる一方、揺れ動いたり熟慮している者は沈黙している。白熱と静寂が同居する議場に、割って入る声があった。

「我は、越前守の言い分が好《い》いと考える」

 景勝が自らの所感を表明した事により、場の雰囲気は一変した。皆が主君の発する一語一句を聞き漏らすまいと全身を耳のようにして聞く姿勢を取る中、景勝はさらに続ける。

「“武士《もののふ》たる者、易々と膝を折るべきではない”という気持ちもよく分かる。ただ、意地を貫き通すのが却《かえ》って絶家《ぜっけ》の道を突き進む場合もある。時には互いに歩み寄り折り合いをつける事も必要に思う。和睦の意向を伝えるのは争いを終結させる第一歩と我は捉えておる」

 普段寡黙な景勝が滔々(とうとう)と言い表す姿に、家臣達は神妙な面持ちで聞き入っている。家宰として顔を合わせる機会が他の者より多い兼続もまた、雄弁《ゆうべん》に私見《しけん》を述べる事に感銘を受けていた。

 他方、景勝が明確に和睦を望むと表明した事により、兼続が訴える抗戦論は採用の可能性が極めて低くなった。通常は家臣達の議論をある程度聞いた上で最終的に景勝が採択を伝える、御家の未来を左右する重大な内容については景勝と兼続の双頭による密談で方向性を定めるが概《おおむ》ね兼続の進言を受け容れていただけに、今回の積極的な発言は流れを決定付ける価値を有していた。

「ならば! せめて関東へ攻め入るべきかと! 一戦も交えず降伏しては上杉家の尊厳が――」

「止《よ》せ」

 どうにか一矢報いたい家臣が悲痛な訴えをするも、兼続が途中で遮る。虚しさを含んだ溜息を一つ吐いた兼続は、胸が張り裂けるような面差《おもざし》で話し始めた。

「今更戦を仕掛けたとて、“徳川に敵意あり”と見做《みな》されて終《しま》いぞ。内府は秀頼様という“玉《ぎょく》”を握っている以上、我等は“豊臣家に刃向かう不届き者”として征伐の対象とされる。その先に待つは、滅亡ぞ」

 万策尽きた感で発せられた“滅亡”の二文字に、場が凍り付く。上杉家の生殺与奪《せいさつよだつ》は家康の手の内にあり、それこそ気分次第で結果を変えられる。下手に刺激して心象《しんしょう》を損ねては寝た子を起こすようなものだ。安直に武力で解決しようとすれば痛い目に遭う、それを匂わせつつ徳川家へ敵意は無く反省し謝罪する姿勢を示す。足を踏み外せば奈落の底へ真っ逆様《さかさま》なギリギリの交渉が求められる。

 皆が息を呑む中、衆議は決したと受け止めた景勝が「越前守」と繁長を呼ぶ。

「はっ」

「徳川との折衝《せっしょう》、任せる。伏見に在《あ》る対馬守と共に、この難事を成し遂げてくれ」

「必ずや」

 景勝から託された繁長は畏《かしこ》まった様子で応じる。上杉家の命運がその両肩に圧《の》し掛かっているのを自覚している為か、顔が強張《こわば》っていた。

 いつもなら執政で外交窓口たる兼続が指名されるが、先の最上攻めで総大将を務めた手前もあり今回は外された形だ。重臣の繁長も他家との取次役を担った実績もあり、完遂してくれる事だろう。兼続自身もこの人選は妥当だと納得していた。

 十月二十三日、正式に和睦の方針が決定。繁長は先《ま》ず上杉勢の関東侵攻に備え宇都宮に駐留している結城秀康へ『和睦したい』旨を伝え、家康への仲介を依頼した。秀康との間で遣り取りを幾つか交わし、交渉の下地が整ったと判断した景勝は十一月三日に繁長へ上洛し徳川家と交渉するよう命じた。これを受け繁長は直ちに若松を出立、十二月に上洛するや伏見留守居役の千坂景親と連携し徳川家と和睦交渉に入った。

 家康は当初“過度な挑発で家康が東征するよう仕向け、畿内を離れた隙に徳川追討の挙兵を起こさせ主導的な役割を果たした”として改易する心算《つもり》だったが、上杉家と和睦交渉を務める結城秀康や謀臣・本多正信から寛大な処分を求める勧説《かんせつ》があった事から、毛利家同様に大幅な減封で手を打つ方針に切り替えた。

 年が明け、慶長六年二月。西笑承兌は親交のある兼続へ景勝に上洛し家康へ謝罪するよう促す書状を送った。この行動の背景には徳川方(がた)の交渉担当である結城秀康の働きかけがあり、暗に“御家存続”を担保する内諾が含まれていた。書状を受け取った景勝・兼続主従は“ここが落とし処《どころ》”と判断し、応じる旨の回答を返した。

 会津へ帰国して凡《およ》そ一年半、兼続が景勝に天下簒奪の野望を抱く家康を倒し豊臣家を支える構想を打ち明けて凡そ一年八ヶ月。崇高な大望《たいもう》の実現を目指した長い長い航海は、いよいよ終わりを迎えようとしていた。


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