三 : 最上攻め - (1) 伝統の勝鬨飯
慶長五年九月六日。兼続の居城・米沢城は祝事かの如く大変な賑やかさに包まれていた。
上杉家では長尾姓の頃より戦の前に将兵達に豪勢な食事を振る舞う習慣がある。俗に“勝鬨飯”と呼ばれ、徴発された農民や足軽といった雑兵達にとって正月か婚礼の席でしか味わえない贅沢な御馳走を食べられるとあって何よりの楽しみとしていた。
炊飯された黒米に根菜や季節の野菜を干した魚と共に煮た“集め汁”、鳥や魚介類の炙り焼き、茹で野菜の胡桃浸し、鮮魚を酢で洗った刺身盛りは“豆打の合わせ酢”若しくは酒を鰹節と梅干で煮詰めた“煎り酒”のどちらかに付けて食す。手の込んだ料理に参加する人数もあり、“勝鬨飯”の日は奥方・女中のみならず家臣達の女性も総出で調理する事から、城内は朝から祭りのような活気に満ち溢れていた。
そして迎えた夕刻。“勝鬨飯”の提供が始まるや、城内のあちこちで宴が始まった。酒も飲み放題なので身分の垣根を超え楽しい雰囲気に覆われた。
主催者たる兼続も徳利を片手に城中を歩き回る。普段接する機会の少ない下級職の士分や徴用された者達にも積極的に声を掛け、彼等の器に酒を注いでいく。中には兼続と知らぬ者が馴れ馴れしく絡んだり分不相応な喋り方をしたりするので付き従う近習が眉根を寄せたり誰か分かる者がハラハラしたりする場面もあったが、当の本人はニコニコと笑みを湛え気さくに応じていた。
ここに集うのは米沢方面から出撃する軍勢だ。明日には各自の攻め口へ移動し明後日の八日に同時侵攻する手筈となっている。言い換えれば、出征する全員が一堂に会し同じ釜の飯を食う最初で最後の機会でもある。命を懸けて戦ってくれるのだから多少の無礼も目を瞑る、そうした大らかな気持ちで兼続は将兵達に接していた。
そして何より……兼続はこの“勝鬨飯”の空気がとても好きだった。
戦へ赴く者達の士気を揚げるのが本来の目的だが、送り出す側の女性陣も含め悲愴感や緊張とは対極の“陽”の情調で満たされている。皆一様に明るく楽しそうにしているのがその証拠だ。祭りのような非日常の喧騒が醸成されているのに加え、“武功を挙げる”“五体満足に戻ってきてほしい”という前向きな願いや祈りが根本にあるのだと思う。上杉家が一丸となっていく独特の高揚感が、兼続にとって何物にも替え難い瞬間で愛おしかった。
夜明け前より働き通しの女性陣にも感謝と労いの言葉を伝えた兼続は、再び城内へ戻る。一際盛り上がっている場があると目を転じれば、前田慶次郎が周囲に囃し立てられ即興の舞を演じている。その踊る様は滑稽味があり見ている者達の笑いを誘っていた。自他認める天下一の傾奇者・前田慶次郎の本領発揮といったところか。
「旦那」
不意に、背後から声を掛けられる。振り返れば水原親憲が立っていた。彼も徳利を手に持っていたが飲んでいる風に見えないので、恐らくは饗応に徹しているのだろう。
またドッと笑い声が起こる。慶次郎が大盃を笠に見立て舞い遊んでいた。
「流石は太閤殿下より『天下御免』を認められた御仁だ。馬鹿になりながら華もある。意図的な面はあれど、当の本人が一番面白がっている」
「……憎らしいとか上杉家の和を乱すとは、思わないのですか?」
以前慶次郎の悪評を申し入れてきた事が脳裏を過った兼続が訊ねると、親憲は首を振る。
「風聞で人を判断するのは如何なものかと考え、慶次郎殿と差し向かいで酒を酌み交わした。腹を割って話をしてみれば、見た目の奇抜さに反して諧謔や風雅が言葉の端々に伝わって参った。外面だけの似非ではなく真の傾奇者と分かってからは、共に戦う同志として頼りにしておりまする」
落ち着いた語り口の親憲に「左様でしたか」と安堵する兼続。慶次郎は誤解の多い人物ではあるものの胸襟を開いて接すれば文武兼備の傑物と分かる筈だ。それを裏付けるように慶次郎の座に一人また一人と吸い寄せられ、刻を追う毎に輪が大きくなっていく。人を惹き付ける魅力に溢れる証と言っていいだろう。
ただ、親憲が兼続に話し掛けたのは慶次郎の件ではなかった。
「この際なので申し上げますが、殿の御下知であれど戦を興すのは誤りであると今でも思っておりまする」
慶次郎の方に目を向けながら、親憲は自らの胸中を打ち明ける。その衝撃的な発言に、兼続は泰然としていた。互いの視線は交わらぬまま、親憲は続ける。
「確かに最上は目の上のたん瘤でしょう。佐渡に有事があっても我等は庄内を経由する他なく、この機に乗じて憂慮は取り除くべきとの考えは理解出来ます。然れど、徒に武力を行使するのは如何なものかと」
「……常陸介殿には気懸かりな点がお在りで?」
平静を保ちながら訊ねる兼続。すると親憲は人差し指を立てる。
「まず一つ。あの“暴れ龍”が大人しくしているとは思えませぬ」
親憲の“暴れ龍”とは言わずもがな、伊達政宗のことである。共闘関係にある最上領に上杉家が侵攻すれば、盟約に従い上杉勢の後背を突くか手薄になった上杉領へ雪崩れ込むかのどちらかを選ぶ可能性がある。尤も、最上を助けたとて領土は増えないので旧領奪還に動く公算が大きいか。
この点については兼続も対策を施している。伊達方面には家中屈指の戦巧者・本庄繁長を筆頭に歴戦の猛者を配してある。もし上杉家と結んだ和睦を破るような行動を起こした場合、最上を滅ぼした勢いで伊達も潰しに行く。最上亡き状況で奥羽に孤立する伊達家の劣勢は明らかで、野心家の政宗であろうと流石に滅亡覚悟で火遊びに出るとは考えにくい。
想定している旨を伝えると親憲も予見していたらしく黙って引き下がる。しかし、追及は止まらず「二つに」と中指を立てる。
「こちらを最も危惧しているのですが……もし内府が勝った場合、どう弁明をするお心算で?」
常と変わらぬ声色ながら、質された兼続は喉元に刃の切先を突き付けられた気分だった。
無反応の兼続へ、真意を迫るべく親憲は畳み掛ける。
「内府率いる征伐勢は畿内の挙兵に伴い反転しましたが、我等は追撃しませんでした。これは背後に伊達・最上という厄介な敵を抱える状況で見送った訳ですが、見方を変えれば“内府に恩を売った”とも解釈出来まする。このまま静観し内府が天下を獲れば“貸し”を梃子に本領安堵または越後帰還の交渉に臨めるでしょう。然りながら……ここで内府方の最上を攻めれば、“敵対行為を行った”と見做され処罰の対象となりましょう。御味方勝利の為に最善を尽くす所存ながら、負けた場合の対処はどうお考えで?」
以前同様、大局的な視点で語る親憲。その俯瞰した分析力は正鵠を射ており、兼続も内心唸る。
会津への進軍を中止し退却する上で家康が最も恐れるのは、上杉勢の追撃である。予め侵攻に備え三万の大軍を擁する上杉勢は数で上回る家康でも脅威に感じていた。最悪の展開は下野・武蔵辺りで上杉勢に追い付かれ、泥仕合に縺れ込む間に東進してきた畿内からの大軍が箱根を越え、関東の地で二方面の対処を迫られる事だが……上杉勢に会津から出撃せず命拾いした恰好だ。もしこのまま家康が内府追討勢を打ち破り勝利すれば『あの時に我等が追い撃ちせなんだからこそ掴めた天下ですぞ?』と暗に“家康の天下獲りを後押しした”と交渉する事だって出来る。会津という好立地に石高が大きい為に本領安堵は難しいだろうが、折衝次第で減封を受け容れる代わりに越後へ戻る本懐を達成するのも夢ではない。
ただ、徳川方の最上家を攻めれば話は変わる。自領に引き篭もっているだけなら『徳川を利する為』と弁解は通るが、上杉が徳川方に与する最上家へ牙を剥けば言い訳は通らなくなる。例え最上家を滅ぼしたとしても徳川方の味方を侵略した事実は残り、その責任は重大として処罰対象となる。そうなれば減封で御の字、先の挑発も考慮した場合改易も充分に有り得る。扱いは天と地の開きがあり、上杉家の存続を含め慎重に判断すべきだと親憲は説くのだ。
この追及に対し、兼続は表面上にこやかに微笑むのみで回答は控えた。
今から出撃する状況で面と向かって攻撃中止を進言する親憲に兼続は不謹慎や不愉快だと思わなかった。大きな流れが出来上がる中で正反対の意見を表明するのは勇気が要るし、頭を空にし上の者の命じるままに動く方が圧倒的に楽な状況に於いて御家の為に智恵を絞る姿勢は高く評価出来る。全員が揃って同じ方を向くのは結束が固い反面、別の可能性を排除し視野狭窄に陥る危険が伴う。多様な価値観や考え方を持つ者が居る組織こそ健全なのだ。こうした観点で言えば、親憲は稀少な人材だろう。
しかしながら、正論は常に正しいかと言われれば、それは違う。兼続のように御家を利用し立身出世を目論む私情を含んでいるなら余計に、だ。
純粋に御家の為と思い提言しているのだろうが、兼続が三成と密約を交わしている事を親憲は知らないし、知られてはならない。家宰たる兼続が自らの野心を混ぜて御家存亡の賭けに出ようとしているのが露見すれば、上直ぐ家は不信感からたちまち崩壊することだろう。親憲は戦略的思考の高い相手で誤魔化すのは至難の業だが、明智光秀が言ったとされる『仏の嘘を方便と云い、武士の嘘は武略と云う』に倣い騙す他あるまい。
暫し考え込んだ兼続は「常陸介殿」と穏やかな口調で呼び掛けてから切り出す。
「損得や利害も大切ながら、我が上杉家にとって最上はどういう存在ですか?」
「それは……」
質問を質問で返され、答えに窮する親憲。
天正年間に出羽・庄内地方の領有を巡り因縁のある最上家を、上杉家は好く思っていない。最上家を滅ぼせば領地が拡がる以上に庄内・佐渡の統治に関する不安が解消される。そして、上杉家を脅かす北方面の敵は伊達家のみとなり、兵力をそちらへ集中出来る。家康勝利時の懸念はあれど、最上領侵攻は益の多い作戦である事は親憲も認めていた。
矛先が鈍ったのを受け、兼続はさらに言葉を重ねる。
「もし万一、内府が勝利した際は『山城守の一存で決めた事』と罪を擦り付けて結構。私一人の咎で上杉家が救われるならば喜んで責めを負いまする」
唐突に飛び出した衝撃発言に、親憲の顔色が変わる。上杉家中の勢力図に直接の影響を及ぼす程に重大な内容だが、幸い周りの者達は宴に夢中で二人の立ち話に聞き耳を立てる者は居なかった。
出兵反対派の親憲を黙らせる一時凌ぎで言った訳ではなく、兼続は本気だった。御家の行く末を左右する大一番を任されたからには、自らの政治生命を懸け不退転の覚悟で臨む腹積もりを固めていた。
今回の出兵に於ける負の側面は、兼続も承知している。恐らくは主君・景勝も把握していると思われる。それでも清濁併せ呑んだ上で全権を託してくれた主君の期待に応えるべく、全身全霊で成功の為に手を尽くす。もし失敗し地位や封土、命を喪っても悔いはない。それで御家が助かるなら甘んじて罰を受け容れる覚悟だ。
はきと自らの進退について明言され、親憲もそれ以上の論及は控えた。代わりに了承の意で軽く黙礼し、静かに去って行った。
下卒の者達へ親し気に声を掛けたり酒を注ぎながら徐々に小さくなっていく親憲の背中に、兼続は心の内で頭を下げる。異なる考えを持ち御家が危うい道へ進む事を本気で憂慮し戦の直前にも関わらず真正面から諫言する親憲のような存在は真に稀少な忠臣だ。もし最上攻めが失敗してもあのような者が多く居る上杉家はどんな手を用いてでも改易を避けるべく奔走してくれることだろう。後事の心配をせず済む為、眼前の作戦に注力出来る。
「おーい旦那!! そんなトコで突っ立ってないでコッチへ来て一緒に飲もうぞ!!」
思念の海に暫し揺蕩っていた兼続はハッと我に返る。呼ばれた方に目を遣れば、顔全体を朱に染めた慶次郎が大盃をブンブンと振って招いていた。周りの者達は景勝に次ぐ家宰の兼続が近くに居た事にたった今気付いた様子らしく、慶次郎の袖を引いたり居住まいを正したりとアタフタしている。その反応があまりに滑稽で、思わず噴き出してしまった。
「あぁ、分かった。すぐ参る」
そもそも今宵は無礼講。持て成す側の自分が輪に加わらぬ方が無粋だ。堅苦しさを脱ぎ捨て熱気に浮かれるのも一興。嬉々とした表情を浮かべ兼続は慶次郎の誘いに応じたのだった。
こうして、米沢城を舞台に愉快な宴は未明まで続いた。士気が大いに高まった上杉勢は一致結束し最上攻めへ突き進むこととなる――!!




