一 : 慶長四年 - (11) “大ふへん者”の言い分
越後も雪国だが、冬の訪れは奥羽の方が早い。十一月の後半に初雪の便りが届き、十二月には銀世界となる。
十二月の始め、兼続は若松城下を馬で進んでいた。連れるのは轡取りの小者一人だけ、私的な行動である。
会津へ移封してきた上杉家の家臣達は、前任の蒲生家が居住していた屋敷を位に応じて割り当て、軽輩の士分は長屋に振り分けた。ただ、これはあくまで直臣の話。最近召し抱えた牢人達の住まいは各々で探してもらった。本来なら上杉家が手配し予め用意すべきなのだが、何分人手も土地も足りず、金を立て替えてもらい後日支払う程に多忙を極めていた。
この日兼続が訪れたのは、城下で呉服屋を営む“春日屋”。春日山城の頃より奥へ反物を御していた事から上杉家と関わりが深く、京に支店を構える豪商で知られる。店の主たる吉右衛門は兼続も知らぬ仲ではないが、今日は別の用事があった。
店の暖簾をくぐった兼続を目にした吉右衛門は、挨拶もそこそこに建物の中へ案内する。廊下を歩き奥へ進むと、離れが見えてきた。
「それでは、ごゆるりと」
吉右衛門はそう言い残し、来た廊下を戻って行く。兼続は目礼した後、離れの戸を開ける。
「よう、早い御出座しで」
離れに居た人物は片膝立ちに座った姿で声を掛ける。かなり寛いでいる様子で、ニヤニヤと愉快そうに兼続の方を見ていた。
それに構わず相手の向かいに腰を下ろす兼続。直後、相手は茶碗を差し出してきた。
「酒か?」
「うんにゃ、焙じ茶よ。天下の直江山城守様を昼日中に酔っ払わせるのは流石に気が引けるからのぅ」
言いつつ、鉄瓶を手に持ち兼続の茶碗へ傾ける。湯気を漂わせる琥珀色の液体は確かに焙じ茶で、自分の器にも注ぎ入れる。
悪戯っぽい笑みを浮かべるは、前田“慶次郎”利益。会津下向後は以前より親交のあった吉右衛門の離れに寄寓していた。普段は茶室として使われる部屋は炉が切られた四畳半の広さだが、荷物は槍と鎧櫃に長持くらいで殺風景に映る。
こちらの考えている事を感じ取ったのか、慶次郎は背筋を伸ばして言った。
「男鰥夫同然に暮らしてきた手前、雨風を凌げ飯を食える場所さえあれば充分。着る物も書く物も吉右衛門殿に頼めば事足りるしな」
慶次郎は前田利家の末兄・安勝の娘を妻に迎え、嫡男の正虎や二人(四人の説あり)の娘を儲けている。しかし、前田家を出奔した際に妻子は連れて行かず、その後も独り暮らしを続けた。正虎は慶次郎の義父・利久の遺領五千石の内から二千石を引き継ぎ前田家に仕えているのもあるが、自由気儘な傾奇者の道を歩む慶次郎にとって家族の存在は足枷のように感じていたのかも知れない。若しくは、年齢不相応に燥いだり苦労したりする様を身内に見られたくない細やかな沽券を守る為か。
その点、今の生活環境は慶次郎からすれば申し分ない。食事は春日屋の者が運んでくれ、和歌を詠んだり手紙を書いたりしたい時は店の者に頼めば用意してくれる。そして何より、金さえ払えば当代流行している着物や自分好みな着物はいつでも手に入る。“大きな屋敷に住む”とか“多くの者達から傅かれたい”という欲に乏しいのもあり、四畳半の居候暮らしは快適そのものだ。
因みに、慶次郎の愛馬は牢人時代より付き従っている従者が厩の併設されている上杉家下級士分が暮らす長屋に住みながら世話をしている。この特別扱いについても批判の的になっていた。
今日訪ねた用件をどう切り出すべきか茶を喫しながら思案していた兼続へ、慶次郎は唐突に投げ掛ける。
「お主も大変だな。家中から噴出する新参者への不平不満を宥め、一人一人に家中の和を乱す振る舞いを慎むよう注意せねばならぬからな」
他人事のように話す慶次郎に胸中を言い当てられ、固まる兼続。沈黙を肯定と捉えた慶次郎はさらに続ける。
「風当たりの強さは承知しておる。吾が上級家士格ながら相応の住居で暮らしておらぬ事に反発しているみたいだが、仮に与えられた屋敷に住んだとしても『生意気だ』と文句を垂れる。要するに、破格の厚遇を受けている吾が憎いのだ」
サラリと問題の本質を突く慶次郎に、黙り込む兼続。従前より燻っていた景勝・兼続に向けた批難の矛先が、新たに召し抱えられた牢人衆へ対象が移っただけだ。異端の存在の粗を見つけて攻撃しても譜代の者達は誰も傷つかない点も要因の一つに挙げられる。
茶を一口啜った慶次郎は、淡々と述べる。
「巷で吾が“大武辺者”と称してると流布されている様だが、アレも誤解だ」
言うなり火箸を手に取った慶次郎は炉の灰に『大ふへん者』と記してから説明する。
「皆は『武辺者』と解釈して騒ぎ立てるが、実は違う。吾は世間からはみ出した生き方しか出来ぬ『不便者』故、そう名乗ったに過ぎない」
現代では濁音の仮名に必ず濁点を付けるが、こうした様式が広く定着したのは昭和に入ってからである。実際、昭和二十年〈一九四五年〉八月十五日に発表された『大東亜戰爭終結ノ詔書(通称“玉音放送”)』の原文でも一部濁点が付けられていなかった。その点、慶次郎が意図せぬ形で家中の反感を買ってしまった次第だ。尤も、最初から漢字にしておけば誤解を招かずに済んだのに敢えてそういう表記にしたのは、傾奇者として生きていた慶次郎の遊び心に拠るところが大きい。
ここまで殊勝な態度で弁明してきた慶次郎。一拍の間を挟み「しかしな」と一転し声が変わる。
「朱塗りの槍については吾の初陣以来挙げてきた武功を顕す勲章である。例え中納言様の御指図であれど、枉げる心算はござらん。その代わり、持つに相応しい働きは約束致す」
断固たる口調で宣言する慶次郎に、兼続は共感を覚えつつも内心頭を抱えた。
上杉家には先代・謙信以来、数々の戦で手柄を挙げてきた強者を多く抱えていた。その中でも謙信・景勝が“特に秀でた功績がある”と評価された者にのみ朱塗りの槍を持つ事が許可され、家臣達は憧れを抱くと同時に認められるべく奮起する良い刺激材料となっていた。にも関わらず他所からやって来た新参者が『別の家で許されたから』と用いれば、当然ながらこれまで頑張ってきた者達は面白くない。仮に慶次郎が特別に所持を認められれば「では自分も!」と家中から手を挙げる者が続出する恐れがある。朱塗りの別格感を保ちつつ慶次郎の面子も立てねばならず、板挟みになる兼続からすれば非常に悩ましい問題だ。
「……相分かった」
慶次郎の確固たる想いに押される形で、兼続は承諾せざるを得なかった。
厄介な難題を主の許しも得ず独断で認めた事に頭を抱える兼続は、この件から一旦目を逸らすべく話題を変える。
「ところで、御郷の波乱について慶次郎殿はどう思われておられます?」
家康の暗殺未遂事件に端を発した前田家を巡る騒動は、当主たる利長の母・芳春院や家老・村井長頼など数名を叛意の無い証左として差し出す事で終息した。冬が差し迫っていた為に約束の履行は来春へ先延ばしされるも、前田家の人質は大坂ではなく江戸へ送る決定がなされた事に対して豊臣家中枢の一部から反発の声があったとされる。
事実無根の罪を擦り付けながら家康の軍門に事実上降る判断を下した利長について、元は前田家の一門に列していた慶次郎の見識を伺いたかった。
水を向けられた慶次郎は汚い物を見たが如く顔を歪め、吐き捨てるように言い放つ。
「義理の義従弟ながら、売られた喧嘩から逃げるなぞ漢の風上にも置けぬ軟弱者。真に恥ずかしい限り」
強い怒りを滲ませ慶次郎は手厳しく非難する。ただ、寸時の内に表情が切り替わり続ける。
「……然りとて、義叔父が大きくした御家の名と一族郎党の命運を一身に背負う立場の義従弟には、一介の浪人風情には推し量るのも烏滸がましい程の苦悩があった筈。武士の責務から逃げ出したも同然の吾にあれこれ言う資格はござらん」
いつもの豪快さや勇ましさ・人を食った態度は鳴りを潜め、寂しそうな面持でポツリポツリと語る慶次郎。まるで別人のように話す様を目の当たりにした兼続は、配慮を欠いた己の発言を猛省する。
大名家の当主は百千と存在するが、考え方や性格は百人百様である。皆が皆侮辱されたらやり返す胆力や気概を持ち合わせている訳ではない。武士の矜持・体面を穢され他者から「腰抜けだ」と嘲笑されようとも、残杯冷炙を受け容れ生き延びる道を選ぶ者も居る。それは時に誇りを貫くべく玉砕承知で相手に挑み掛かるより強い心を必要とする場合がある。安直な死より忍耐の生が後年実を結ぶ事もあるので、何方が大名家の当主に相応しいか一概に言うのは難しかった。
謂れの無い罪を着せられた利長にも、滅亡も辞さず抗戦する手も頭に入っていた事だろう。加能越八十三万石の太守たる前田家には勝てずとも一矢報いるだけの軍事力はあった筈だ。にも関わらず膝を屈したのは、家名と版図を次代へ繋ぐ使命を優先したものと推察される。戦国乱世の時代には見苦しいくらいに仕える家をコロコロと変え“表裏者”と蔭口を叩かれる者もごまんと居たが、大名家と比べれば猫の額程の領地を治める弱小国人達は生き残る為にそうした立ち回りを余儀なくされた。その遊泳術を徹頭徹尾一貫したからこそ天下統一まで存続した家も一定数あった。武家は立身出世も大切だが血統と家名を後世に託す事こそ最も重要な役目である。一時の栄華を誇っても家自体が潰えてしまえば水泡に帰す。今の前田家の地位も所領も先代の利家が信長・秀吉と二人の天下人から愛され重用され得たもので、利長には身に余る厚遇と言っていい。受け継いだものの大きさを鑑みれば、“分別者”で広く知られる利長が雲外蒼天の精神で従属する事を決めたとも考えられた。
慶次郎の言う通り、好き勝手に生きられる牢人と比べれば、大名家の当主は背負う重さが桁違いだ。その重みこそ責任であり名誉である反面、慶次郎は自ら捨てた引け目があるのだろう。
暫く重苦しい空気に包まれたが、それを払拭するように慶次郎はカラリと笑って問い掛ける。
「――して、天下の直江山城守様はこのまま内府が天下を獲る様をジッと指を咥えて見ている心算ではあるまい?」
ニヤニヤしながら訊ねる慶次郎に、兼続は「無論」と即答する。
「内府の野望を打ち砕くべく、色々動いておりまする。慶次郎殿には思う存分暴れてもらう機会を必ず設けます故、今暫しの辛抱を」
「おう。楽しみに待っておるぞ」
兼続の言葉に、慶次郎は待ち遠しいと言わんばかりに嬉々とした表情で応えた。武人の血が騒ぐのか体をウズウズさせていたのが印象に残った。
用事を済ませた兼続が外へ出ると、雪がチラチラと舞い降りていた。粒の大きさから察するに、この分だと雪嵩は増しそうだ。
この雪があるお蔭で、雪に馴染みの薄い外敵の侵攻が防がれる。攻めて来られない冬の時季だからこそ、思い切った準備が出来るのだ。打倒家康へ向け、支度を加速させようと気持ちを新たにする兼続であった。




