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第4話 再接近は剣と共に


 ルクスに結婚を迫って父に呼び出しをくらってから数日が経った。医師からの許可もあり、私は普段通りに動けるまでに回復した。とはいえ、山積みの問題は何一つとして解決していない。

 何度も考えてはみたものの、私にとっては十年以上前のこと。覚えていない方が当然で、やはり何ひとつ思い出す事はできなかった。そう、そしてもうひとつ。気付いてはいたが、事の重大さには気付いていなかった大きなミスに気付いてしまった。


(私、この時期まだお兄様なんて読んでいなかった!)


 日記をよく読めばやはり兄という文字は一つも出てこなくて、書かれていたのはルクスという名前。思い返してみれば、私は最初お兄様ではなくルクスと名前で呼んでいたのだ。

 だって年上だなんて聞いていなかったし。父からは養子に迎え入れるとしか言われていなかったし。名前だけは聞いていたから名前で呼んでいたのだ。こればっかりは仕方がない気もする。


(直接聞かなかった私も悪いけれど……お父様もお父様でどうしてちゃんと言ってくださらなかったのか!!)


 これからのことを考えれば、このまま何事もなかったかのようにルクスと呼ぶのが一番良い。というか、私にとって都合が良い。一度はっきりとお兄様なんて呼んでしまったが、どうにかこうにか誤魔化すしかない。押し切ってでも名前呼びを継続させてもらおう。それもこれもルクスとの幸せな未来のためだ。

 

 自室で休むと言いながら考えていた数日間、時折外から木剣のぶつかる音が聞こえてきた。窓から覗いてみれば、ルクスが稽古をしている様子が見えた。丁度良い。散歩がてら外に出て、私も剣の稽古をつけてもらおう。少しでも鈍った身体の感覚を早く取り戻したい。

 私はあと数ヶ月なんて待っていられない。一刻も早く親しくなって、婚約者になってもらいたい。一体何がきっかけなのかは分からないが、ルクスは割と大人しい方だからこう言ってはなんだがまず原因は私だろう。覚えがないなら素の私の言動のはずだ。


(それなら、私は普段通りに振る舞えば良い)


 ドレスに着替えて日傘を持ち、のんびりと庭を散歩する体で外へ出る。我が家の庭園は広いから、稽古場まで少しだけ距離がある。私の部屋はどちらかというと稽古場に近い。父と母の部屋からは綺麗な庭園がよく見える。父は毎年、母が好きそうな花を選んでは、庭師に植えてくれと頼んでいるらしい。

 近くで見てもよく手入れの行き届いた綺麗な庭園だ。流石はシェラード家の庭師。勉強が嫌でこっそり庭園に隠れていた時は手作りお菓子なんかの賄賂を渡して味方をしてもらった。おかげでよく逃げ仰せていた。


 少し歩けば、木剣を打ち合う鈍い音が聞こえてくる。そろそろ稽古場が見えてくるはずだ。今日はルクスとその相手の騎士だけのようだ。本当に稀だが、騎士団全員と稽古日が被る時がある。私は決まってたくさんの騎士達と一対一での打ち合いをさせてもらっていた。

 私とルクスの稽古をつけてくれていたのは、いつも決まって副団長だった。若く細身で力が弱いけれど速さがある。いや、力がないと言っても騎士の中ではの話で、一般の人と比べれば十分力も強い方だが。正直にいえば、速さだけならこの国でもトップクラスだと思う。

 

(お兄様は早さも力もあったし……副団長殿はそのうち打ち負かされてしまいそうね)


 私は二人の元へ走り寄ろうとして、今自身がドレスを着ていることを思い出した。ドレスのまま走り回るほどお転婆ではない。今は。昔走り回って怒られたのでもう懲りたのだ。

 走らないように稽古場にいる二人の元へ歩く。前はバカ王子との婚約が決まってから、段々稽古ができなくなっていったから、ルクスが剣を振っている様子を見るのは久方ぶりだ。これから見る機会が増えるかもしれないとはいえ、見れるのであれば間近で見ていたい。できるのなら試合もしたい。


「ルクス、副団長殿、ごきげんよう。」

「セシリア!?」

「お嬢様、こんにちは。」


 副団長は特に驚いた様子もなく挨拶を返してきた。悪戯心に気配を消してみたのだが、流石は副団長というべきか。もうちょっと驚いたふりくらいしてくれても良いのに。


「お疲れ様です、副団長殿。ルクスはどうです?」

「アットですよ。毎度のことではありますが、相変わらずお嬢様は名前を覚えてくださらないですね。覚える気あります?」

「ごめんなさいね、名前は覚えるのが苦手なの。それに、副団長で通じるなら別に良いのではなくて?」

「いや、せめて覚える努力くらいはしてくれないと傷付きますよ。まぁ、もう半分ほど諦めましたが……」


 つまり、もう半分程は諦めていないと。 


「ルクス様の剣術でしたか。かなり筋は良いと思います。まだ始めたばかりですが、鍛えれば私より強くなるやもしれません。お嬢様にも勝てると思いますよ。もしかしたら、もう勝てたりして。」

「あらら。さっきの悪戯の仕返し?」


 気位の高い令嬢であれば怒鳴られても文句は言えない言い草だが、私は──というか、シェラード家の者はあまり気にしない。シェラード家は生来実力主義の者が多い。使用人も気軽に話せるし、軽口を叩いてふざけることだってある。夜にこっそりお父様と執事がお酒を飲んでいることも知っている。お父様はバレていないと思っているらしいが、いつかお母様に怒られそうである。

 それに、ルクスのことを純粋に褒めてくれているのは私にとっても嬉しく感じる。我が家に来てから三ヶ月程、剣術を習い始めたのも最近なのに、もう副団長に褒められるなんて流石だ。私は鍛えてはいるものの、やはり男性に比べて力は弱い。今ルクスに負けるのは何もおかしくないことだ。


 それでも、私は剣術を得意とするシェラード家の長女だ。剣の才能であれば私にだってある。まぁ、あまり勝ち負けに固執するつもりはないが。


「それは素晴らしい。是非とも一度打ち合ってみたいですね。ルクス、病み上がりで万全とはいきませんが、ウォーミングアップも兼ねて、一度お手合わせ願えません?」

  

(私は数ヶ月も悠長に待つつもりはない。待っていられる程気も長くない。さっさと兄……いや、ルクスとの距離を縮めてしまおう!)

 

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