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第3話 やり直しは思い通りにはいかない


 さて、これでお父様からの許可は出たも同然。いや、頭が痛いとか胃が痛いとか言っていたが、残念ながら私に泣き落としは通用しないので全てきっかり無視させてもらおう。と、いうことで後はルクスの意思のみ。こればっかりは私がどうこうできる話ではない。残念なことに私は人の感情の機敏が分からない。あからさまな態度で示してくれるのであれば良いが、令嬢達の世界はそうもいかない。圧倒的に向いていない。


 仕方がないんだ。ルクスと過ごすまで私はほぼ無感情、無表情で生きていたのだ。剣ばかり振り回しては、出来たことに喜ぶでもなくただ積み上げていた。全く、最初から私の中には何もないじゃないか。


「いや、今はその問題は置いておこう。むしろもっと重要なのは……第一王子の婚約だよなぁ」


 まさかこんなに早く申し入れがあるとは思っていなかったのだ。けれど、父が申し入れを受け入れていなかったのは幸運だった。父の返答次第では、既にこの計画は頓挫していたところだった。まぁ、計画といえるほどしっかり順序立てたりはしていないが。

 現在私は十歳。後数ヶ月もすれば、王家主催の大々的なパーティーが開かれる。表向きは若い貴族の子どもたちに社交を経験させること。だが、裏で動くのはパーティーの主役。言うまでもなくあのバカ王子の婚約者探しだ。てっきりそこで目を付けられたのだと思っていたが、前々から根回しやら準備やらしていたようだ。こういうところだけは抜け目ない。


 私は前回、ルクスをパートナーとして参加した。ご丁寧にお兄様なんて公衆の面前で呼びながら歩いていたのだ。パーティーに行く以上パートナーは必須だ。しかし若いというより幼いという言葉の方が似合う歳の子ども達のパートナーといえば、良くて幼馴染、普通は兄弟だろう。婚約者を連れている子どもなんてほとんどいない。だって今が丁度見繕い時なのだから。

 さて、それなら私のやる事は絞られて来た。まずはパーティーが開かれる前にできるだけルクスと交流して、婚約を受け入れてもらおう。パーティーに参加したら、私たちは将来の婚約者、パートナーですと公言するかのような態度を取れば良い。できるなら噂も流そうか。その辺りは得意な子がいるから任せよう。どちらにせよ、ルクスの協力は不可欠。


(まずはルクスに直接会いに行くのが一番よね)


 善は急げ、とどこかの異国の血ではいうらしい。使い方は分からないが、意味合いとしてはおそらく合っている。父の執務室を出てまっすぐ兄のいる部屋まで進む。

 さぁまずは当人同士の意思疎通──コミュニケーションが必須……と、思ったところで嫌な予感がふと脳裏を過ぎる。今はルクスが家に来てから約三ヶ月。私がルクスと親しくなったのは……そう、確か十一歳になる少し前、パーティーが開かれた時期とそう変わらなかった気がする。


 油断していた。毎日のように見舞いに来てくれるから、確認し損ねていた。私は自室に戻り、日記を乱雑に開く。そこには、ルクスと親しくなったとはひと言も書かれていなかった。むしろ私は、兄と呼んだこともなく、ただ家に養子が来たくらいに思っていたらしい。


(もしかして私……やらかした?)


 私が熱を出している間、ルクスが付きっきりで看病してくれていたし、毎日見舞いにも来てくれていた。嫌われてはいない……はずだ。けれど急に親しくもない相手に兄と呼ばれた上に結婚してくれなんて言ってしまったのか。おかしいと思われなかっただろうか。放心状態になっていたのも頷ける話ではある。


(次からはもう少し考えて行動しよう)


 初めて父の言葉を素直に受け入れた気がした。

 反省と共に日記を読んでいく。やはりルクスとの関係は会えば挨拶を交わす程度。お互いに会いにいく事はないし、特に干渉し合うこともなかった。その割には、随分と私のことを心配してくれていたようにも思うが。

 

 私が目を覚ました瞬間に、涙を流すくらいには……


 前回は熱を出して倒れたりはしなかったから、私が寝込んだことで何かが変わった……? いや、熱が出たくらいでそこまで変わるとは思えない。けれど、今回の結婚してください、という流れのまま、ルクスから距離を取られるようなことがあれば元も子もない。既に私は以前と全く違う行動をとった。この先何が起こるかの確証は、どんどんなくなっていく。できる限り前回をなぞりながら、ルクスと共に生きられる道を探るほかなさそうだ。

 それにしても、私は一体何をきっかけに兄と仲良くなったのだろうか。何か特別なきっかけがあったかと言われれば、私に覚えはない。が、それがルクスにとっては重要な出来事だったのかもしれない。私にとって特別ではなくて、ルクスにとっては特別なこと……


 そういえば、ルクスから初めてお茶をしないかと誘われたことがあったはずだ。その日は確か、剣術の稽古があった日。私はほぼ毎日のように剣を振り回してはいるが、基本的にしっかりと剣術を教わっている。シェラード家は代々剣術の優れた家系だ。その子どもである私が剣術の稽古をしないなんて事はあり得ないわけで。教わる時は、確かシェラード家が抱える私兵の騎士団に教わっていたはず。

 ちなみに、母の家系は魔術の優れた家系だ。母も、体さえ弱くなければ、宮廷魔術師筆頭にさえ届くと言われたほどの魔術の使い手だ。


(そんな父と母から良いところばかり取ったように生まれたのが、私なんだけど)


 魔術が得意というわけではない。ただ、珍しい全属性の適性持ちだっただけ。光や闇のような特殊な属性は使えないが、代わりに基本属性全てに適性があり、全て人並みには使える。だがあくまで人並み、得意ではないのだ。残念ながら私には女に似合わぬ剣術の方が素質があった。


(それをあのバカ王子は……女性が剣を振り回すなんて野蛮だとか言いやがって……! 剣術の家系なのだからそのくらい嗜んでいてもおかしくはないでしょうに!!)


 元より剣術に優れた家系であるシェラード家。その長女である私が剣術を嗜んで、しかも得意で一体何が悪いのだ。

 まぁそんな感じで、ルクスと二人で稽古を受ける日もよくあった。ルクスにだって剣術の才能はある。長い目で見れば私よりずっと強くなる。どうしたって女性と男性では身体の作りが違う。埋めようのない差はあるものだ。もしかして、剣術の才能があったから引き取った、とか?


(考えるだけ無駄か。やめておこう。深入りするつもりはないのだから)

 

 そう、あの日は剣術の稽古で……確か初めてルクスと練習試合をしたのだった。そういえば、あの後からルクスがよく私と話をしにくるようになった気もする。お茶に誘われたのも、稽古の後だったような……。


(どうしてこういう大切なことを覚えていないんだろう。もっとしっかり覚えておくんだった!)


 兄にとって稽古の一体何がきっかけになったかは……正直分からない。練習試合だって、別に特別なことをしたわけではない。


 唸るように考えて、結局、ひと晩経っても何かを思い出す事はなかった。


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