第2話 結婚したいだけなのですが?
私は今、お父様の執務室で怒られている。
「ようやく熱が下がって心労もなくなったかと思えば、お前はまた……どうして大人しくできないんだ? もしかしてまだ熱が下がっていなかったか……それとも熱で頭でもおかしくなったのかな。なぁセシリア、せめて熱の影響があるのだろう? あると言っておくれ」
「お父様、私は至って真面目なのですが……?」
「真面目で何故ルクスへ婚約を申し入れた!?」
部屋に兄が入ってきた瞬間、私は兄へ婚約して欲しいと大々的に、大声で申し入れた。するとどうだろう。兄は私の見舞いとして持ってきたお菓子と紅茶を全て落とし、そのまま固まって動かなくなってしまったのだ。
そして、紅茶やお菓子を持ってきたという事は、落とした際に陶器の割れる音が響くという事。盛大にガシャンと音を立てて割れた陶器達は、部屋の外の使用人達へ異常を伝えた。程なくして、私の部屋には大慌ての使用人がやってくることとなった。
まぁ、使用人がくれば、当然大騒ぎになるわけで、固まったルクスにあたふたとする私。まるで地獄絵図である。そのまま、私は父の執務室へ連行、もとい連れて行かれたわけだ。ちなみに放心状態のお兄様は使用人が丁重に部屋に運ばれていった。勿論だが溢れた紅茶や床にばら撒かれたお菓子と陶器の破片諸々も全てしっかり片付けられた。
「逆に一体どのような問題があるのですか? 別にルクスが兄であろうと婚約者であろうと変わらないではありませんか。むしろシェラード家を継ぐなら私と婚約した方が良い……というか、お父様は元々そのつもりでルクスを引き取ったのでしょう?」
「いやそうだが……気付いていたのか。いや、お前は妙に聡いから、気付くのはもう想定内だ。そういうことにしておいてくれ。だが、それなら尚のこと、わざわざルクスに直接婚約を申し入れる理由などないだろう。一体何故あんな事をしたんだ?」
「好きだからですけど?」
その瞬間、お父様の目の前にある机からとてつもない音が聞こえた。いや、もしかしたら音の発生源は父かもしれない。ものすごい勢いで机に突っ伏したお父様はもれなく机とご対面。バッチリしっかり痛そうな音が鳴り響いた。
はてさてどうしたものか。だってこれ以上に説明のしようがない。私がルクスを好いているのは別に嘘でも方便でもなく真実で、けれど確かにそれ以外にも理由はある。ただ、このままバカ王子婚約すればシェラード家は没落まっしぐら、私はひとり取り残されたまま反旗を翻して復讐するため国取りを始めますよとでも言えば良いのか。それでは本当にただの狂った奴ではないか。
この際、私がルクスを好いているのが、兄弟愛か異性愛なのかはどうでも良い。お父様の当初の予定通り、私とルクスが婚約、公爵家を継げば万事解決である。
(少なくともまた第一王子と婚約するのだけは御免被りたい)
第一王子以外であれば、ルクス以外との婚約は視野に入らない。そもそも家格の釣り合う相手がいない。残念ながら歳の近い他の貴族達も軒並み令嬢ばかりで令息がいないのだ。困ったことに。そもそもシェラード家は現状、とでも豊かだ。
領地の状態も他国との関係も現在は良好。家格も申し分なし。戦争の兆しもない。他の貴族との婚約で失うものは多いが、得るものはほとんどない。なんせ欲しいものがないので。あるとすればシェラード家に何も求めない私の婚約者くらいである。
こう言ってはなんだが、その点に関してルクスは非常に都合が良い。伯爵家から養子として引き取った上に、ラウダー家から求められるものは何もなかった。ただただルクスを差し出したのだ。なにかあったのだろうが、無理に聞くつもりはない。
シェラード家に求められるのは現状維持もしくは更なる発展。しかしそのどちらも、シェラード家は支援も援助もなくこなせるものだ。既にラウダー伯爵家とはほぼ縁が切れているとはいえ、貴族の出であるルクスが私の婚約者というのは非常に都合が良く、最善手でもある。
(何よりこの家でルクスと一緒にいられる!)
そう、兄──ルクスの側に並ぶのは私で良い。むしろ私以外に適任はいない。これは好機。せっかくの機会を逃してなるものか。
「セシリアは……この前まで私と結婚したいと……」
「一体それはいつの事ですか。全く覚えがないので言ったことなど一度もないのでは?」
「頭……いや胃も痛む……」
起き上がった父は額が赤くなっていた。随分と派手にぶつけていたのだから、相当傷みそうだけど……まぁ、ここは敢えて触れないのが一番だ。
しかし余程のショックを受けたのか。お父様の事は勿論好きだ。当たり前だがそれは人として尊敬しているからであって、間違ってもファザコン的意味合いではない。断じてない。そもそも目の前の父に結婚してくれなんて一度も言った覚えはない。つまり父の妄想であり、虚言である。
(もしかして……それをいうなら私はブラコンに該当してしまうのか……? いや、まだ兄ではないなら大丈夫だろう。ルクスは養子。ルクスは私の婿養子として婚約するのだからブラコンではない。断じてない)
「良いではないですか。元からルクスは私の婿養子にとお考えだったのでしょう? 不都合などありませんし、他の貴族と婚約するより、ルクスとの婚約の方が余程シェラード家のためになります」
「いつの間にそんな難しいことまで考えるようになったんだ」
「お父様の教育の賜物ですー」
「全く心がこもっていないが?」
前回、兄の婚約者が決まった際に、少しだけ聞いた。ルクスは元々私の婿養子として迎え入れるつもりだったが、その前に私が王族と婚約してしまった。いや、王族に押し切られてしまったのだ。
ルクス自身がシェラード家に養子として来た経緯は知らない。ルクス本人が話さない限り、聞くつもりも調べるつもりもない。訳ありだというのは、大体察しが付く。なんだかんだ、前回は兄との関係がかなり良好だった。よく二人で出掛けたり、お茶をすることもあった。無理に聞いて関係が悪化するようなことがあってはいけない。それは私の望むところではない。
今回も同じ。ルクスが話したいと思ったら話せば良い。その時は、私も聞こう。ただ、話さないなら聞かないし、調べない。そのことに関して関与しない。私は、兄が──ルクスが、幸せに生きていてくれさえすれば良いのだ。
「全く……一体いつからこんなに大人になったのか。いや、成長したならもう少し大人しくしてくれても良いとは思うが……この件は一旦保留だ。ルクスの意思も確認してからでなければ、そう簡単に決められない」
「それについては構いません。私はルクスと婚約できるよう無理矢理にでも歩み寄るつもりですから」
「そこは全く心配しとらん。いや、ルクスに迷惑だけはかけるな。いや迷惑をできる限りかけないように努めなさい。さて、婚約の話ついでにだが……セシリア、お前が第一王子殿下との婚約者候補として名前が上がっている。それは当然だが、王家からも申し入れがあった。あとは、言わなくても分かるね? 自分自身でよく考えて行動したなさい。できれば周りに迷惑をかけないで、私の胃が平穏になるよう努めて欲しいな」
「善処はしますが確約は致しませんね。私は王族と婚約するぐらいなら牢に入るくらい暴れ倒して差し上げますよ」
「やめてくれ。切実にやめてくれ。分かったから、私もどうにか手を回してみるから。だから暴れるのはやめてくれ……」
ガックリと肩を落とした父を背に、もう話は終わりとばかりに切り上げた私。説教は受けたのだからもう良いだろう。特に引き止められることもなかったし、問題なさそうだ。
それにしても、こんなに早くから根回しされていたとは予想外。ルクスが正式に養子になっていないのも、これが関係していそうだ。
全く困る。非常に困る。あのバカ王子と婚約なんて絶対に御免である。しかし、候補……しかも王家から直接の申し入れとなると、最有力候補。いや、もしかしたら既に目を付けられて、王家側では私を婚約者にする前提になっている可能性だってある。これではルクスと婚約もできないわけだ。
ぜっったいに第一王子との婚約だけは避けてみせる!




