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第12話 銀貨の取引


 スラムの住宅地へ、入り組む道を時々前の記憶と照らし合わせて、思い出しながら進んで行く。ここ、シェラード公爵領は他領に比べれば、平民達も裕福に暮らしている。ただそれはあくまで比較的マシなだけであり、全ての領民が満足な生活ができているとはいえない。その上、平民の中では実際に家に住んで働き、最低限の生活が送れている者を裕福という。そう、貴族にとっては最低限ともいえない生活を裕福というのなら、他の平民の暮らしは……?

 入り組む道を奥へ進んでいけば、その答えが広がっている。酒に溺れて道端に座り込む者、盗みを働く者や痩せ細った子ども。そして……既に生き絶えた虫の集る、人だったもの。これが、本当のスラム街だ。

 場違いに小綺麗な装いで歩いていれば、当然標的として認知される。だが残念な事に、私はそこらのか弱い令嬢達とは違う。どこかへ向かうふりをして走ってきた子どもがぶつかる。私は即座に子どもの服を掴んで持ち上げた。あまりにも軽かったから、捕まえるだけのつもりが持ち上げてしまった。


「くそっ……はなせ!」

「そう言われても。あなたは私の物を盗もうとしたのよ。盗みを働くくらいなら、それ相応の覚悟はしているのでしょう。さぁ、対価を払って貰おうかしら。とは言っても、あなたは何が払えるかしらね」

「チッ! なんももってねぇーよ! はやくはなせ!」

 

 口の悪い子どもに少しばかりカチンときたが、私は見た目はどうあれ中身は大人。しっかり我慢しておいた。

 小汚く汚れ、腕や足に骨が浮く程痩せ細った子ども。このスラムにはこんな子どもが溢れるほどいる。そして、そんなスラムの人間に、差し出せる物などないことも、私は知っている。その身ひとつで今日は一口でも食事に有り付こうと必死になる。明日生きているかも分からない、そんな世界で生きているのが、ここの子どもたちだ。


「それじゃあ、取引をしましょう。私、この辺りに住んでいる子どもを探しているの。名前はシエル。その子を探してくれるなら、駄賃代わりに銀貨一枚くらいなら払ってあげるわ」

「ぎんか……けど、ここの奴らみんな名前なんてないぞ……オレだって、名前分んねぇし」

「なら、銀……もしくは白の髪に、白か空色の目の男の子は知らない?」

「……もしかしてシロのことか? 髪が白いやつそうそういねぇから、みんなそう呼んでる。キラキラした白い頭してるやつなんてシロくらいしか……」

 

 ここはスラム、まともな教育どころか、最低限の言葉も知らない子ども達が住んでいる。大人だってまともに生活できていないのが現状だ。銀髪と言いかけて、白と言い換えて正解だった。実際この子どもは銀色を知らなかった。銀貨を知らなかった。存在くらいは聞いたことがあったのかもしれないが、実際に見たことはないのだろう。

 見たことがない色を言ったって、なんのことか分からない。ここの子どもたちからしたら、ちょっと光って見える白か灰色がせいぜいだ。


「じゃあそのシロって子のところまで案内して。駄賃はやるわ。それか……そうね、あなたひとりくらいなら、スラムから出してあげることもできるけど……まぁ、私にできる範囲でってことなら、あなたの希望をひとつだけ叶えてあげる。それでどう?」

「なん、でも……」


 なんでも、と言った私の言葉に目の前の子どもの顔色が変わる。スラムに住む子どもは大抵、親がスラムにいるからそこで生活せざるおえない。そうして、そこから抜け出せないまま一生を過ごす事になる。好き好んでスラムに住む人間はそうそういないのだ。

 子どもひとりくらいなら、スラムから出してやることはできる。身なりを整えて、最低限の礼儀を叩き込んでから、ある程度の金を持たせて外へ出してやれば、最低でも普通の平民の生活くらいはできるだろう。優秀な子どもであれば使用人の仕事を紹介したり、よっぽどでなければ有り得ないが、貴族の養子になることだってできる。


「母さんを、助けて欲しい。それができるってんなら、案内してやる」

「あら意外。スラムから出して欲しいって言うと思ってたのに。まぁ良いわ、それならまずあなたの母さんとやらのところへ案内しなさい。出来る限りのことはしてあげる。あくまでできる限りだから、手の施しようがなくても文句は言わないでね」


 私は子どもを静かに下に降ろす。すると私の手を取って一直線に走り出した。ガリガリに痩せた体に私を引っ張る力なんてあるわけがなくて、私はただ子どもの足取りに着いて行くだけだった。


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