第10話 静かな開戦
「ごめんなさい。とんだ醜態を……」
気が緩んでいたからか、つい声を荒げてしまった。幸いなのは部屋の近くにいた人が少なかったこと。テラスではあったものの、ルクスのおかげで私の醜態が周囲に見えなかったことだろう。流石にあの状態を見られれば勘違いをされかねないし、お父様にも話がいくだろう。
いや、どちらにせよ父には伝わりそうだ。もう終わったことだ。過去の話は誰にもするつもりはない。既に終わった復讐の話を誰が聞きたいと思うのか。
「僕は気にしていないけど……もう大丈夫なの?」
「はい、もう大丈夫です。急に泣き出したりして申し訳ない……」
お茶会はそのままお開きになってしまった。ルクスは何も聞かずに部屋へと戻っていった。気を遣わせてしまった。
けれどもう大丈夫。かつての私も確かに私だが、もう過去の話だ。今の私はセシリア・シェラード。十歳の公爵令嬢。確実に前より良い方向に進んでいるはずだ。
(後は王家からの縁談を断るだけ……)
勝負の日があるとすれば、あのパーティーだろう。王家が主催する大々的なパーティー。表向きはまだ幼い令嬢令息達の交流の場とされていたが、裏の目的は王子の婚約者探しだった。あの日、私はきっかけを作らせてしまった。あれさえなければ、私は王家と接触することなく、きっかけもないまま婚約を結ぶには些か理由が足りない状態になる。
ただ、それだけでは足りない。多少強引にでも婚約を押し通そうとすれば罷り通ってしまう。相手は王家──この国で最も尊いとされる者。今の私ではそれを退けるほどの力はない。ならばどうするか、評判が……噂がいる。情報は貴族にとって重要なものだ。特に女性の間では情報ひとつひとつが大きな意味を持つ。
このままではいけない。シェラード家の地位にばかり頼ってはいられない。
私は机の引き出しから便箋を取り出す。頭が良くて、顔も広い、私にとっての数少ない友人。彼女に手紙を出せば、瞬く間に噂は広がる。本当は父に許可を取ってから書くべきなのだろうが、あまり悠長に待ってはいられない。そも、父に止められては意味がない。簡潔に、事務的な内容ばかり書かれた手紙に封をする。
彼女は商家でもあるから、ついでとはなんだが流行のドレスについて教えてもらえるように頼んでおいた。できるだけシンプルなデザインの物も欲しい。
手紙を書き終え、私は父の執務室は無かった。三度のノックの後に入りなさいと低い声が答えた。急に訪ねてきた私に驚いたようだが、私の顔を見た瞬間全く別の驚きが表情に映し出された。
「セシリア……どうしたんだその目は……!」
「あぁ、聞かないでください。少々恥ずかしくなってしまいます。それより、お話があります」
「それより……」
慌てている父はどこか娘に甘い。過保護も良いところだが、それならばもう少し娘との時間を取っても良い気がする。わざわざ私が執務室まで足を運ばなければならないのは父と会わないからだ。
だが仕事が忙しいことも理解しているつもりだ。真面目に考えた事であれば真剣に、ふざけたことを言えば嘲笑を、失礼な態度にはお返しを。朗らかな顔をしながら、時には国王すら黙らせる程の強かさ。ただし、それだけの仕事ができるということは、逆に言えばそれだけの仕事を任せられるということ。そういう意味では流石と言わざるおえない。
「改めて言いますが、私は王家との婚約を望んでいません。ただ、王家が強引に押し進める可能性もあります」
「そうだね、けれど私にできることはそう多くないよ」
「えぇ、お父様にできることは限られています。それは私も同じ……けれど、できる限りを尽くすのは、構いませんよね?」
齢はたった十。そんな子どもに何ができるかと問われれば、確かにできることはほとんどないと思われるだろう。けれど私は、一度王家相手に騙し合いをして勝ったのだ。この経験を、記憶を、利用しない手はない。
信用すべき人も、信頼できる人も、利用できる人すら全て頭の中に入っている。全てを使って、私自身に王家を跳ね除けられる程の力があると見せつけてやろう。
「最終確認ですが……お父様は私とルクスの婚約は認めてくださる──そういう認識で構いませんか」
「あぁ、認めている。だが決定は下せない。それは分かっているはずだ」
「えぇ、理解していますよ。あぁでも、外部から流れた噂なら問題はないと思うんです」
「待てセシリア、お前それは……」
一瞬で父の顔色がガラリと変わる。私のやろうとしている事を理解したらしい。私はやると言ったらやる、昔から変わらない性格だ。そして、手段はあまり選ばない。シェラード家に対して迷惑がかからないようにと気をつけてはいるが、関わりがなければ良い話。そのための人脈、そのための手段。それが私の武器になる。
「お前は……何をしようとしているのか、意味は分かっているんだな?」
「えぇ、勿論。大丈夫です、上手くやりますから、心配しないでください。ルクスにも、お父様にも……シェラード家にだって迷惑はかけませんから」
貴族社会は情報戦。一歩間違えれば王家を敵に回す行為にもなり得る。いや、バレたらその時点で王家の敵として認知される。けれど、私は王家の弱みも強みも、その崩し方も頭に入っている。一度やった事だ。もしバレたら、また繰り返すだけ。いざとなれば国さえ乗っ取ってやろう。まぁ、戦略は私の案じゃなかったし……そのために味方に付けておかないといけない人もいるが……そこはなんとかしよう。
まず私がやるべきは噂を流してもらうこと。注意しなければならないのは、噂の中心は私で良いが、噂の源流になってはいけないこと、源流を知られてはいけないということ。でも大丈夫、私の友人は噂好きでひっそりと噂を流すのも得意だから。私がやったことと言えば、家の中で埋もれていた才能を外へ引っ張り出しただけ。
私は部屋に戻る途中で使用人に書いておいた手紙を渡した。これを出しておいて、と。これで噂は勝手に流れる。
(あとは……あれは早めにやっておいた方がいいわね)
急遽明日外出する予定を今立てた。この国を裏から丸っと手に入れられるような、そんな人に協力してもらうためのもの。明日、それを取りに行く。
ルクスは私と並ぶに相応しい人になると言っていた。ならば私も、ルクスに負けないくらい強くいなくちゃ。ルクスの隣に並ぶためならば、私はまたこの手を汚す。相応しくないと思われるかもしれないけど……それでも、ルクスが生きる未来を掴み取るなら。
さぁ、明日は忙しくなりそうだ




