027.仕組まれた婚約
(あの女……自分を助けさせて婚約に漕ぎ着けるため、ヴァルク様に――)
シルフの父ガラモスは、誕生日パーティーの際『救い出してくれた』と言っていたはず。それがまさか、殺し合うような状況だとは想像もしていなかった。ロディナはてっきり、シルフを連れて逃げた程度だと勘違いしていた。
「……手に、掛けたって。その。比喩とかですよ…ね?」
「言葉通りです。十一の私は、ヴィルトガンス嬢を救うために魔族一人と戦った。奇跡的に勝利を収め、それをお聞きになったガラモス閣下が、『娘と婚約を』と」
事務的に返したヴァルクは、手に取ったカップの飲み物を飲んで目を伏せる。
(ヴァルク様は、弱くはない。けれど十一で、単独で人攫いを実行するような魔族に勝てるはずがない)
シルフは、きっと操った。自分とヴァルクと魔族の三人となる状況を作り出し、魔族に自分を襲わせ、ヴァルクでも勝てるように調整を施したのだろう。
「助けたん…だろ? だったら仕方ねぇよ。相手は、悪いやつで、必死に助けようとしてって……ことだろ?」
ガチャリと、カップを乱暴に置く音が嫌に響いた。
「私は…彼女に覆いかぶさる魔族を、ありったけの力で斬った。必死だった。でも、よく覚えている。絶命間際の表情を。『なぜ、私は殺されようとしているのか』、そんな顔だった」
「お前の考えすぎじゃ――」
「では問おう。公爵令嬢が簡単に攫われることなどあるのだろうか。わざわざオスキロスという王領の地にやってきて、彼女を襲う意味は? どうして攻撃を上手く外してくれるんだ? 急所を避けて短剣を振る意味は? なぜ、魔法を使わない?」
ヴァルクは、わかりきった返答など聞きたくないと言わんばかりに耳を塞いで縮こまる。剣を振り下ろした両手は、小刻みに震えていた。
「周りの大人たちは、よくやったと褒めてくれた。けれど時間が経つにつれて、おかしなところが次々浮かび上がってくる。手に掛けたのは悪人だったと、思いたかった。隣で笑う彼女をどんどん信じられなくなって、この婚約を望んだのは誰なのだろうと、ずっと、ずっと……」
くぐもったすすり泣く声が部屋に溶けて、空気が重く沈んていく。
ペルレは爪が食い込むほど両手を握りしめ、アダラは下唇を噛んで俯いていた。
(手に入れるため、壊すのですか……。アダラさんの言うように、命を物のように扱うのですね。優しい彼を、ここまで傷つけるのですね。彼がたとえ覚えていなくとも、何度も何度も何度も)
沸々と沸き上がる怒り。ヴァルクはロディナがどんな状況に陥ろうと、最後まで信じてくれる人間だ。何度繰り返したって、婚約者であるかぎり、味方でいてくれた人間だ。
(無意味なのは、わかってる。次にはなかったことになるのだから)
シルフを現段階で潰したとして、協力者がどう出るかは未知数。ガカクとの婚約にも影響がでるかもしれない。それでも――
(……私も壊してやる。あの女が思い描いてた、独り善がりの幸福を。私は悪女だ。お望み通り邪魔をして差し上げますよ)
勢いよく立ち上がったロディナを、アダラとペルレが困惑した表情で見上げる。
「ヴァルク様、真実を明らかにいたしましょう」
ロディナは彼の側に屈み、力強く言った。
「しん…じつ、ですか」
「貴方の苦しみや過去の行いを取り除くことはできません。ごめんなさい。ですが、今も貴方を苛み続けている婚約から抜け出す手伝いはできます。私が訴えても構いません。証拠が見つからなければ、精霊裁判に持ち込めます。そうすれば、婚約の真実が白日の下に晒される」
体を起こした彼の両手が、力なく落ちていく。鶯色の潤んだ目から、涙が頬を割った。
「あ、あたしも手伝います! 聖女なら訴えを退けられそうになっても、なんとかできるかも!」
ペルレはテーブルに手をついて身を乗り出す。
「なら勇者もいるな。ダチを救えないやつが、魔王どうにかできっこねーし」
アダラは肩を組むようにヴァルクに腕を回した。
「私は、殿下にでも頼んでみましょうか。意地でも通してくださいと」
「当人でもないのに訴えることがどれだけ馬鹿げたことか。虚偽だった場合、どうなるかはおわかりでしょう? 全て、失うことに……」
「あぁん? 今までのは演技だったってのか? 大した役者だなぁ、ヴァルク」
「いや、嘘は言っていない。しかし、卒業したら式を挙げると両家が」
「家のために、ヴァルク様が蔑ろにされていいはずがありません。魔族を殺めてしまった子供を、褒めそやすだけの周りがおかしかったのです。誰も貴方様の心を労わらなかった。その罰ですよ」
ヴァルクは口をきゅっと窄めて、ポケットから出したハンカチで涙を拭う。
「よーし、そうと決まればとっとと訴えよう!」
アダラが気合いを入れるように拳を突き上げた。
「だね! ヴァルク様の話からして、魔族が操られてたってことだよね。その犯人がわからないって訴えたほうがいいかな? 特定の人の名前出したら、精霊裁判で間違ってたとき大変だし」
「俺の勘だとほぼほぼシルフなんだが……。でも魔法が得意じゃねーとなると、うーん…」
「魔道具とか! それなら魔力流したら使えるんでしょ? 公爵家ともなれば、色んなの持ってるんじゃない?」
「魔道具なぁ。しかも操るようなやつ。フィシンなら無法地帯だが、アレクトンはなぁ。不定期に取り締まってるって聞いたけど」
(魔道具の取り締まり?)
ロディナも聞いたことのない話が飛び出して来た。
「えっ、そうなの? 誰が? 隠しちゃえばいいんじゃないの?」
犯人がわかっているであろうペルレは思わぬ展開に焦っている。
「ガカク。裁きの精霊の雷で、国中の登録外魔道具をぶっ壊すんだって。魔力めっちゃ使って一日ぶっ倒れることになるらしい」
「は? 私もその話は初めて聞いたが」
「降誕祭のときに――ん? これ言っちゃいけなかったやつか」
三人が勇者に呆れ顔を向けた。
「おそらくそうでしょうね。同じ契約者だからと信頼してお話ししてくださったのでしょう」
「バカアダラ。あたしたちだからいいけど、悪い人が知ったら国外に持ってくじゃん」
「ペルレ様に語っていたことに感心したというのに、どちらなのだ貴方は」
三人を順に見て、アダラは小さくなる。
「…………ごめん。今度ガカクにも謝っとく。ま、ヴァルクが元気になったからいいよな!」
「よくなっ………感謝は、しています。ロディナ嬢、ペルレ様、私のために心を砕いてくださりありがとうございます」
「俺は? なぁ、俺は?」
「黙ってくれ。動きまで喧しい」
アダラが不機嫌な顔で黙った。そして、無言のまま立ち上がる。
「……。力の精霊フォルよ。我が声に応え、右手に頬を引き千切るほどの――」
「床、光ってる? ちょっとアダラ!」
「アダラさん。冗談でもやって良いことと悪いことが」
部屋の床に神々しく輝く精霊召喚の陣。
「おい待て! 謝ってない。私は謝って――……あ、アダラ殿にも感謝している!」
「フッ。ならいいんだ……よ?」
部屋になかった魔力反応が一つ。大きな手が、アダラの後頭部を鷲掴みにしていた。
「アダラ様。ロディナ様に何をなさろうと?」
魔力の異変を感じ取ったのだろう。アダラの背後にマルティナが立っていた。
彼の額を冷や汗がつたう。
「ま、マルティナさん…。あの、これは、本気で喚ぼうとは思ってなくてぇ」
「お好きな場所を仰ってください。転移の魔石を使い、特別に行ける場所を増やして差し上げましょう。旅が楽になりますね」
「あっ。校門の記録石……登録したっけ? 俺、帰ってこれ」
その言葉を最後に、アダラは部屋から姿を消した。間を置かず、笑顔のマルティナが戻ってくる。
「あの、マルティナさん。アダラさんは」
「頑張れば、日が暮れる前に戻って来られると思いますよ。うふふ、特訓ですね。あら! お飲み物が冷めてしまっています。淹れなおしてきますね。少々お待ちください」
ロディナは自業自得だと思いながらも、彼の無事を祈った。一瞬で姿を消した彼女を呆然と見送る二人もきっと、祈っていることだろう。




