026.奪う
マルティナが手配してくれた部屋で、四人は昼食をとっている。食事も特別に許可を取り、マルティナが一瞬で運んでくれた。彼女は今、部屋の外で見張りをしてくれている。
『あの、ペルレさん。私が伺ってもいいお話なのですか?』
『ロディナ様も仲間なんですから、聞いてほしいです!』
力強く言われて、ロディナも座り心地の良い椅子でスープを飲んでいた。
「あの人、あたしには魔王なんて倒せないって言ってきたの。さっさと諦めろって…」
ペルレが両手で握っていたティーカップに、暗く沈んだ声が落ちる。
彼女は異世界人だ。この場で素性を明かさないし、シルフから本当に言われたことを話さないだろう。けれど、嘘をつくなら事実を土台にする者は多い。あまりにもかけ離れたことを言ってしまうと、後々整合性がとれなくなる。
(魔王討伐までの時間を延ばすための交渉? それを、ペルレさんが断った)
ロディナが読み解いていると、対面に座るアダラが顔を歪ませた。
「は? わざわざ呼び出して、そんなこと言ってきたのか?」
彼女が小さく頷くと、アダラの隣に座っていたヴァルクは深々と頭を下げる。
「ペルレ様。代わりにというのも失礼かと存じますが、ヴィルトガンス嬢の貴方様への発言をお詫び申し上げます」
「えあっ、頭を上げてください。あたし、悔しいことに言い返せなかったんです。魔物倒すの……正直怖くて。こんなんで、これから大丈夫なのかなって。本を読んだところで、怖さが消えるわけじゃないんですけどね」
ペルレの手は震えていた。
(魔物がいない世界から来たのなら、普通はそうなりますよね。サナさんもそうでしたし)
『ロディナさまぁ! ムリムリムリムリ! 来ないでぇぇ。ボタン押して倒すのとはわけがぁぁぁ! レベルアップの現実を突きつけられているぅぅ。キモッ! 液状化すんなよぉ。…え? 飛ぶの? ギャァァァァ』
泣き叫んでいたサナの姿を思い浮かべながら、ロディナは口を開く。
「だから弟子にしてほしいと」
「自分が弱いのは、よくわかってますから。でも悔しくて、見返してやりたくて。せっかく、せっかくここに……」
彼女は、膝の上で震えを抑えるように手を力強く握りしめていた。
「んなの怖くて当然だ。悔しがる必要もねぇ。魔王討伐ってことは、言葉の通じる魔族を殺すってことだ。できないに決まってんだろ? 普通は。俺もやりたくねぇし。当事者でもねぇあの女は、命を物とでも思ってんだろ」
アダラはやさぐれたように言って、野菜をフォークで突き刺した。
「アダラ殿、使命の責任の重さには同意するが、いくらなんでもその言い方は……。彼女はおそらく、嫉妬で言っただけだと思う」
「しっとぉ? 選ばれし庶民様が不快ですってか。余計にたちわりぃだろ」
「それに、魔族との交渉は何度も決裂している。こちらの常識が通じる相手では――」
「違う。ガカクも言ってた。話の通じるやつもいる。現に、魔王って恐れられてんのは、魔族の国を出て行ったヤツなんだろ? 城に仲間集めて、世界各地で悪さして。フィシンの皇帝様と何が違うんだ?」
ヴァルクは押し黙る。返す言葉がなかったのだろう。
人間の所業も、魔族と大差がない。足りないものがあれば奪う、作るのは面倒だから奪う。それを繰り返した結果が、今だ。
「あー、くそっ! こんな空気にしたかったんじゃなくてだな。ペルレのやり方でいいんだよ。怖いなら怖いでいい。命を奪うことに慣れようとするのがおかしいんだって」
「アダラ……」
「俺たちのやり方で倒しゃいいんだよ。そりゃな、交渉ってなると相手よりうーんと強くなきゃ酷い目に遭うわけだけど。だから、なんて言ったらいいんだ?」
「……。奪わないために強くなる…ですか」
ロディナが返すと、アダラは明るい表情でロディナを指差した。
「それそれ! 強さってのも暴力だけじゃないしな」
ペルレは気が抜けたように笑う。彼の言葉に、肩の荷が下りたらしい。
「アダラって、意外と色々考えてるんだね」
「俺を何だと思ってんの?」
「めっちゃ頼りになるなって、思った。ありがとう。あたし、頑張れる気がする!」
「おう…ならよかった。んで? ヴァルクは突然どうしたよ。ペルレより暗い顔しやがって」
彼がじとりとした目を向ける先には、食事も進まず、意気消沈したヴァルク。
「……私は、間違いを犯してしまったのかもしれない。自身の行いを正当化しようと、魔族を悪だと決めつけていた」
「ヴァルク? お前って、考えすぎるタイプ? 大丈夫か」
どこか虚ろなヴァルクの目が、ぎょろりとペルレに向く。
「……ペルレ様」
「は、はい。なんでしょう?」
「ヴィルトガンス嬢は、他に何と仰ったのですか」
「えっ、えーと。ガカク殿下やロディナ様の悪口、ですかね。関わらないほうがいい、とか。詳細は、ロディナ様に聞かせたくないので。ごめんなさい」
「ロディナ嬢とガカク殿下の」
これ以上、勇者一行に関わってほしくないのだろう。ガカクの目的が、仮に魔族を利用したものだったとして、仕込みが済んでいればさっさと魔王を倒してほしいに違いない。シルフは、彼が邪魔をしてくれるのではなく、勇者一行の手助けに回ると考えたのだろう。
(そんなことより、ヴァルク様の表情が――)
「ガカクとロディナの悪口ぃ? どんだけ性格わりぃんだよ。つか、何がしたいんだ?」
「知らないよ。あの人、誰でも平気で馬鹿にできるんだと思う」
「…羨ましかったのかも、しれない」
ぼそりとヴァルクが呟く。何か言いかけたアダラが、口を閉じた。
「ヴィルトガンス嬢は、魔力はあるが、魔法は苦手だ。魔法試験に受かるギリギリの実力で、ゴーレムを利用して大抵のことを対処する」
「つまり、ガカクとロディナに対しても嫉妬かよ……」
「最近知ったのだが、私と少し話しただけのご令嬢に――」
「わかった! その先は言わなくていい。これ以上暗い顔にならないでくれ」
「申し訳ありません! ペルレ様、ロディナ嬢。私のせいで」
「だーかーらー。お前は悪くねぇって! 婚約者がおかしいんだよっ」
アダラは言って、隣に座る彼の頬をつねる。
「アダラ殿、痛いのだが」
「次、謝ったら、精霊の力使って千切るぞ」
「…貴方、本当に勇者か」
「うるせぇ!」
言って、ヴァルクの頭をフォークを握っていない手で叩く。されるがままで、反撃する様子はない。
「アダラさんの仰るように、ヴァルク様が悪いとは思っていませんよ」
ペシペシと煩わしそうな顔で叩かれ続ける彼に苦笑しながら、ロディナは言った。
「あたしもです! ヴァルク様も被害者じゃないですか。あの人と婚約することになって」
「だよな。ふと思ったんだけどよ、公爵…なんだよな? 一目惚れしたからとかで、婚約ってわけにもいかないだろ? たぶん。ヴァルクの親父は大臣で、この国の大臣ってどんくらい?」
「伯爵かな? 領地は、持ってないんでしたっけ? 王領に屋敷があって」
「ってなると、どうなるんだ? 婚約できるもんなのか?」
あーだこーだと会話を続ける二人から目を逸らす。ヴァルクは、語ってもいいのか逡巡しているようだった。
「…………私は」
彼の声にアダラがそっと、握っていたフォークを置く音がする。部屋は、呼吸音が聞こえるほど静かになった。
彼はまだ、迷っている。
「ヴァルク様、無理に話す必要は――」
「悪だと決めつけ、魔族を手に掛けたことがある。それが、婚約の切っ掛けです」
ロディナの言葉を振り切るように放たれたのは、あの女の一方的な恋慕に傷つけられた彼の過去だった。




