025.悪女の誤算
「ロディナ、はよ~」
「ロディナ嬢、おはようございます」
「おはようございます。アダラさん、ヴァルク様」
サナと別れて教室へ向かうと、ロディナが座っていた前の席に、アダラとヴァルクが座っていた。三人掛けの一つ空いた席には、本が積んである。
「んあ? マルティナさん?」
ロディナの数歩後ろを歩くマルティナに、アダラが目を見開いた。
「これはこれは、アダラ様にヴァルク様。お久しゅうございます。本日より、ロディナ様の護衛を任されました。わたくしのことは、空気とでもお思いください」
「いや…無理だろ」
「教室の隅に立っていますので」
「そういう問題じゃねぇと思う」
アダラの指摘に無言でヴァルクが頷く。二人ともマルティナを知っているらしい。
(それにしても、お二人はいつの間に仲良くなったのでしょう?)
食堂での二人を思い出しながら、ロディナは昨日と同じ席に着く。
「彼女を護衛にしたとなると、アイツ…移動はどうするつもりだ?」
ヴァルクが怪訝な表情で言った。
どうやら本当に、ガカクが転移魔法を使えることを知らないらしい。
「移動できないって仕事減らすつもりじゃね?」
「さすがに別の者を雇うと思うが」
友人のようなやり取りを続ける二人に、ロディナは申し訳なさそうに片手を上げる。
「あのー……すみません。お二人は、いつの間に仲良く?」
二人は横目で互いを見た。
「親睦会で話してみたら、面白いやつでさ! 旅にも付いて来てくれることになったんだ」
「アダラ殿の修行法は斬新で、学ぶことが多かったのです」
「そうだったのですね」
「あ! そうだよ。ロディナはどうする? やっぱ難しそうか?」
アダラが僅かに眉を下げる。
精霊を探したい、枢機卿が同一人物かも確かめたい。精霊は難しくとも、枢機卿が同一人物だった場合、繰り返しの謎に一歩近づける。
「……ずっとは難しいのですが、たまに合流させていただくことは可能でしょうか? マルティナさんがいますので」
昨晩出した結論は、サナに教えてもらった枢機卿の出現場所で合流すること。彼らが物語通りの順で旅をするとはかぎらないし、枢機卿の動きも同じではないかもしれない。常に同行するのが理想だが、偽シルフの協力者の動きも気掛かりだった。
「もちろんいいぜ! 俺たちも、学校ずっとサボって旅するわけじゃないし。ほら、これ!」
アダラが制服のポケットから取り出したのは、記録石と同じ色をした掌に収まるほどの石。星のように粒が散っている。
「勇者と聖女にしか使えないという記録石、小! この石を世界各地の記録石にかざすと、転移魔法が使えなくても、移動できるようになる優れもの! 便利だろ?」
「それは便利ですね。記録していくのは、大変そうですけれど」
(小って…その言い方はどうなんです? アダラさん)
サナの本によると、一つで三人まで移動可能らしい。
アダラの掌に乗る石を、ヴァルクは繁々と観察する。
「転移魔法が使えるのは、大国でも十名いるかいないか。遠距離まで移動可能な魔力量を持つものとなると、さらに絞られる。小さな石のようだが、距離は無制限なのか?」
「どこでもひとっ飛びらしいぜ。最大二回。俺たちの魔力消費なしで、半日で一回分回復するんだと」
「便利だな」
「だろ? だからロディナ、一緒に来たいときは学校で声かけてくれていいからな。ペルレと話し合って、宿代を浮かせようって話になってるし」
「宿代を。国や地域によっては危険も伴いますからね」
「ペルレ様がいるのなら、ロディナ嬢の仰るように学生寮に戻ってきたほうが安全ですね。しかし、充分な支度金を支給されたはずでは?」
「さてはヴァルク君、帝国のヤバい地域を知らねぇな?」
揶揄うような言い方に、ヴァルクは仏頂面になった。
「……宿屋で身包みを剥がされるとは聞いている。武器を携帯して眠ったほうがいいとも」
「甘いねぇ。自分ごと売り飛ばされるぞ。吹っ掛けられるのはザラだし、金なんて持って歩けねぇよ。しかもスゲェ魔法を使うペルレ連れてさ」
「そう、なのか……」
ヴァルクの表情が曇っていく。アダラは追い打ちをかけるように続けた。
「記録石が学校にあるのも、帝国ならありえない。人質取り放題だ。つか、学校が跡形もなくなると思う。あー、まず記録石が持ってかれるかもな」
「それは、授業で習った。裁きの精霊様が、怪しい者に記録させないよう目を光らせているから、辺鄙なところ以外にも記録石があると。……アダラ殿は苦労してきたのだな。無知ですまない」
ヴァルクは深々と頭を下げた。
「え? あ、謝るなよ~。今知ったからいいだろ? 気にすんな! 俺もこの国の歴史知らねぇし」
場の空気が見事に沈んでいる。
アダラが助けてとこちらに視線を寄越すが、ロディナもどう切り出していいものか、さっぱりわからない。
「……えっと、ヴァルク様。これから勉強していけばいいかと。私もアダラさんも、知らないことがたくさんあります。そのための学校ではないですか」
「そ、そうだ! 何なら聞いてくれたら答えるぞ? 代わりにアレクトンのこと教えてくれよ、な?」
「ロディナ嬢、アダラ殿……。わかってはいるのですが、本だけで知った気になっていた己の未熟さが! 憎い!」
「大袈裟すぎるだろ…」
一転して、彼が悔しそうに机を叩き始めたときだった。
顔が隠れそうなほどの本を抱えたペルレが、アダラの隣へとよたよたと歩いてくるのが視界に入る。
「ペルレさん、手伝いますよ」
「あぁロディナ様! ありがとうございます」
「どうしたんですか、こんなに」
「強くなろうと思いまして! 魔法の勉強です。つきましては、あたしもロディナ様に弟子入りさせてください!」
半分ほど受け取った本が、驚きで危うく崩れそうになった。
「で、弟子? 弟子とは?」
「ヴァルク様が風魔法教わるって言ってたので。あたしも! ダメですかね?」
「構いま、せんけど」
「やったぁ! 本、ありがとうございます。よし、勉強するぞ!」
空席に積んであった本も、彼女が図書館で借りてきたものだったらしい。
早速本を開いて、険しい表情で目を走らせている。昨日、『強い人を集めてやっつければいい』と言っていたとは思えないほど、ペルレはやる気に満ちていた。
ヴァルクも困惑した様子で彼女の様子を窺っている。
アダラは呆れ顔で本の山を見て、ふーっと息を吐いた。
「ペルレ、お前さぁ。昨日あの女に何言われたんだよ」
「声大きいよ、アダラ。あと、ここでは言いたくない」
ペルレは一瞥もくれることなく跳ね除ける。
ヴァルクはペルレを見ながら、どこか申し訳なさそうな表情をしていた。
(あの女? もしかして偽シルフが、同じ異世界人のペルレさんを利用しようと…)
「何かあったのですか?」
ロディナが尋ねると、アダラは大きく肩を落とす。
「シルフ、だっけ? と話してから、親睦会でもずっと不機嫌でさ」
「不機嫌にもなるよ。あんな人…………もうっ! あとで話すから、今はやめてほしい。教室に来ちゃったら不味いし」
声量を落としても聞こえていたのか、ペルレは言いながら怒り任せにページを捲った。
「心配すんな、来たらわかっから。あとで返すの手伝うから、ちゃんと言えよ?」
「…………ごめん、アダラ。自分でも馬鹿なことやってるのはわかってる。ありがとう」
「そんだけのこと言われたんだろ? …あの女、やっぱ性格悪いのか」
婚約者を馬鹿にされているというのに、ヴァルクは複雑な表情のまま黙っている。注意をする素振りもない。
「あ。ヴァルク、悪い」
「構わない。彼女は、嘘つきでは……あると思っている…。カカオの件だって、大問題になって……。それに、ペルレ様を傷つけたのなら、言われても仕方がない」
彼の物憂げな雰囲気からは、これまでの苦労が滲み出ている。
三人は目を見合わせた。
「あのさ、ヴァルク。……あ、来やがった」
「おはようございます。皆さま」
アダラの声に被さるように、よく通る高い声が教室を波打つ。
ペルレとアダラは、シルフを睨みつけていた。
マルティナも、教室の隅から彼女の様子を窺っている。
シルフは二人を気に留める様子もなく、俯くヴァルクに声を掛けた。
「おはようございます、ヴァルク様。体調が優れないのですか?」
「お、はよう…ございます。ヴィルトガンス嬢……少々、寝不足で」
ヴァルクの視界を遮るように、アダラが手を広げる。
「シルフさん。あっち行けよ」
「アダラ様、どうして? わたくしは――」
「俺たちは旅のこと話してんの! 悪いけどお前は邪魔!」
どうやらシルフはペルレを利用しようとして失敗し、その結果アダラにも嫌われてしまったらしい。
(親睦会でも、何かあったのでしょうね。婚約者様にまで嫌われているのは驚きましたが……)
「そうですよ。昨日、協力は出来ないって仰ってましたよね? 忙しいからって」
ペルレの追撃に、シルフの表情が僅かに歪む。
「お邪魔してしまったのですね。失礼いたしました。ではヴァルク様、また放課後に」
「はい。お声がけいただいたのに、申し訳ありません」
「気になさらないで。旅に同行なさるのですから、きっちり眠るようにしたほうがいいですわ」
「仰る通りですね。自己管理をきちんとしないと。お気遣いありがとうございます」
ヴァルクに笑みを返し、シルフとその侍女は背を向ける。二人の背に向かって、ペルレはべーっと舌を出した。




