024.作り物
サナには、言えないことが山ほどある。
ロディナ・ニフテリーザはゲームの住人で、ただのプログラム。ループを断ち切ろうとしてきた努力は全て無駄で、記憶が引き継がれているのもただのバグで、この世界に魔王討伐の先はない。
ロディナの感情も言動も、情報の集合体から算出された最適解。エイレアの両親の愛情も、友人となってくれたNPCの親愛も、全部全部、十二名のプレイヤーのためにある。
(攻略の意味だってさ、ほんとは言うべきじゃなかった。でもさ、推しが目の前で動いて、笑って、苦悩して……)
サナに言えるはずがなかった。愛する推しの努力を、否定なんてしたくない。兄を一緒に捜してくれるという優しさが、作り物だなんて認めたくはなかった。
少し狭く感じるようになった自室のベッドで、大の字に寝転ぶ。体は疲れているはずなのに、目は冴えわたっていた。
(あーあ。私も兄さんも、邪魔だから放り込まれたんだろうな。騙されて)
エイレアとして目覚めたあの日を思い起こす。
サナは『兄が目覚めない理由を知っている』という情報に、藁にも縋る思いで飛びついて、気づけばハコニワ社のゲームに放り込まれていた。
目覚めるとそこは、西洋風の部屋。小さな手に、見慣れない色の髪、鏡を見るとゲームでよく知るキャラクターの姿があった。
『ひえっ、エイレア様!? ……え、なんで? 兄さんのことを教えてくれるって、あのビルに』
『おはよう。ミスミサナさん』
『ほあっ、透けてる美少年っ!』
『ボクは案内人。君は、【聖女と三つの毒】の世界で、エイレアとして生きることになったよ。質問はある?』
彼に見覚えはある。ハコニワ社の転生体験だとかで流行っているゲームのキャラクター。この瞬間に、騙されたのだと気がついた。
(兄さんの調べてた事件に、ハコニワ社が関わってたってこと?)
サナの兄は、不思議な行方不明事件を追っていて、植物状態で発見されている。
行方不明になった者が記憶を失って、まるで別人のようになって戻ってくるという前代未聞の事件。
(皆、ここに? もしかして兄さんも……?)
『質問はないの?』
案内人が首を傾げる。
『あぁ! 混乱していまして、ごめんなさい』
『そうだったんだ。たまにいるんだ、ゲームなのにビックリしてる人』
『…………あ』
サナのなかで繋がってしまった。兄が追っていた事件も、自身がここにいる理由も。
(ここに、放り込まれて、記憶を消されて――)
『どうしたの? プレイが難しそうならログアウトする?』
『したら……どうなるのですかね?』
青い顔をしたサナに、案内人は無邪気に微笑んだ。
『質問に答えるよ。君は違法プレイヤーだから、他のプレイヤーにバレないように行動するのがおすすめだよ!』
『あの、ログアウトについて伺ったのですが――』
『質問に答えるよ。君は違法プレイヤーだから、他のプレイヤーにバレないように行動するのがおすすめだよ!』
『ひっ…』
『質問に答えるよ。君は違法プレイヤーだから、他のプレイヤーにバレないように行動するのがおすすめだよ! バグだって報告されて、殺されちゃうからね』
『え……ころさ』
ガクガクと脚が震える。力が入らなくなって、サナは床にへたり込んだ。
『君のデータを参照したら、違法プレイヤーだったよ。ログアウト不可、命の保障なし。注意してね!』
『つま、り、プレイ中に死んでも、バグだと報告されても、死ぬ? しかも、死ぬしか……終わりがないと?』
『そうだよ。でも、大丈夫! ボクが案内するよ』
『何を言って…っ! そもそも私は違法プレイヤーではありません! 勝手に、勝手に連れてこられてっ! 兄さんも私もっ! こんなことしてるやつらが悪いのにっ!』
悲しそうな表情の案内人が、床を叩くサナを見下ろした。
『……ロディナのことは、好き?』
『え?』
『今の進行状況は、ロディナが誘拐された時点だよ。シナリオ改変が起きてるよ』
『いきなり何ですか! 私はもういっぱいいっぱいで。大好きですけど!』
やけくそに叫ぶと、案内人は別人のように柔らかく微笑む。
『そっかぁ。みっちゃんたちだけが頑張っててさ、心配だったんだ。じゃあ、よろしくね。ロディナはきっと、君を助けてくれる』
『みっちゃんって誰! あのっ! 消えないでっ。まだ質問があります! ちょっと! 案内するって言ったじゃん!』
『ロディナ、死んじゃうよ』
『不穏な言葉を置き土産にしないでっ! 待ってよ!』
案内人は、ひらひらと手を振って消えてしまった。
呆然とするエイレア姿のサナが一人、部屋に取り残される。
(なんで? 私、死ぬの? ねぇ………………また、ひとりぼっち? 兄さんがいるかどうかだけでも、聞けばよかった)
涙が止まらなかった。ゲームなのに目の下がヒリヒリする。泣きすぎて頭も痛い。自分の体ではないというのに。
(………シナリオ、改変。正規プレイヤーが、ロディナ様を殺そうとしてるってこと?)
サナは考え抜いた結果、開き直ることにした。立ち上がって部屋の窓に手を掛ける。
(くそう、やってやるよ! どうにもなんないなら、推しを拝み倒して死んでやる!)
サナはゲームのマップを思い出しながら、森を駆けた。魔力探知の使い方も、固有魔法の使い方もわからぬままに。
最悪な案内人のことや、これからのことを考えて、サナはあまり眠ることができなかった。眠気を吹き飛ばすために、そっと隣を見る。
「ロディナ義姉様と登校できるなんて」
サナは制服に身を包み、屋敷の前でマルティナの到着を待っていた。
昨日、王家の使いに送迎について尋ねたところ、『義姉の侍女に頼め』と雑な返答。婚約式での一件を謝罪しに来てくれたガカク王子が、聖人に思えてしまうほど最悪な態度だった。
「登校といっても一瞬ですけどね」
「一番嬉しいのは、ロディナ義姉様と屋敷でたくさんお話しできるようになったことです」
くるりと回ろうとして、今はエイレアを演じているのだと足の位置を戻す。
(あ~~~ッ! 呆れた笑顔が今日も美しい! 意味わかんない。初対面のときの、少しクールな子供ロディナ様も捨てがたいけど)
心中で悶えていると、覚えのない魔力反応がすぐ隣にあった。
「ひょあっ」
突如現れたマルティナに、サナは思わず奇声を上げる。
「おはようございます。ロディナ様。エイレア様については昨日、王家の――エイレア様?」
「マルティナさん。もう少し距離を」
「あぁっ、失念しておりました。申し訳ございませんエイレア様。マルティナと申します」
「え、エイレアです。お義姉様をよろしくお願いいたします。こちらこそ、変な声を出してしまって申し訳ありません」
(ロディナ様が疑う理由、よくわかった。この侍女さん、本当に暗殺者に向いてる)
エイレアの魔力探知は個人を識別できる稀有なもの。その力のおかげで、森で別方向に走るロディナを見つけることができた。識別できるとしても、この速さで近づいて来られたら気づいたときには確実にお陀仏している。
「わたくしとしたことが……主様にも注意されたというのに。あっ、主様といえば! こちらはロディナ様の髪飾りに付いていたものではありませんか」
マルティナの手には、赤い小さな石。
「あっ、金具から一つ無くなっていたものです」
「よかったです! 大事なものでしょう? 主様がいつも同じ髪飾りをしていると仰っていましたので」
ロディナは目をパチパチと瞬かせた。
(ロディナ様、『王子、なんで気づいてるんだよ』って思ってそう。やっぱあの王子を相手にするのは、大変なんだろうな……。私じゃ絶対、頭がついていかない。兄さんならいけるだろうけど)
「ありがとうございます。とても大事な、私の宝物です」
石をそっと包むように握り、ロディナは微笑む。
(今のなに? 圧倒的美! 慈悲深き女神のような笑み。浄化される…。記憶はないけど、ご両親からの贈り物だったりするのかな? シナリオブックも設定資料集も読み込んだはずなんだけど)
「それは何よりでございました。……主様が見つけてくださったのですけれど」
「では、次にお会いするときに、お礼を申し上げなければなりませんね」
「よかったですね。お義姉様!」
サナは言って、髪飾りを直す二人を見守った。荒ぶった感情を表に出さないのは、もう慣れたもの。案内人が言っていたように、バグ報告されて死ぬわけにはいかない。特に今は。
(現実に戻れないなら、せめてロディナ様を手助けし続けられたらいいなぁ。それが、どれだけ無駄なことであっても。これだけ一生懸命な推しを、放っておけないよね)
サナは理解している。ロディナに物語の情報を提供するたびに、自身の首を絞めていることを。プレイヤーに違和感を持たれる確率が上がっていることを。
(作り物なのは、わかってるけどさ。たまに、本当にこの世に存在するんじゃないかって)
「エイレア様? 参りましょうか。帰りは時間が異なりますので、別々にお送りいたしますね」
髪飾りを直し終えたのか、マルティナが声を掛ける。
「あ、はい! よろしくお願いします。お手数をお掛けしてしまいますね」
「お気になさらず。王家の不手際ですので。護衛は付いているのですが、送迎の人員までは用意できなかったらしく――」
会話をしながらマルティナの手を取ると、一瞬で校門前に景色が変わった。
「困ったものですよね」
(普通に会話を続けないで? かなり怖い。コマ送りみたいに景色変わったんですけど)
怯えながら隣を見ると、ロディナが諦めた顔で首を小さく横に振っている。
どうやら、慣れるしかないらしい。




