023.異世界コンカツ?
マルティナが挨拶を終えて帰宅し、しばらくたった頃。ニフテリーザ邸に一台の馬車がやって来た。
来訪者の予定もなく、旅人や商人の馬車にしては煌びやかで大きい。商人が訪ねてくるには辺りは暗く、急事ではと屋敷の者たちは馬車を囲む。
馬車から降りてきたのは、大荷物を抱えたエイレアことサナだった。
「いやー驚きました。まさか寮を追い出されるとは。ロディナ様、手伝ってくださってありがとうございます」
サナは言って、最後の一冊を本棚に収める。
「いえいえ。大変でしたね」
「ほんとですよ。いきなり危ないから出てけって」
王家の使いがやって来て、『教会の人間は危険だ』と寮から出るように言われたらしい。荷物を馬車に積み、屋敷に一番近い記録石へ馬車に乗ったまま転移、そこからは王家が用意した御者と侍女の三人旅だったそうだ。
「ニフテリーザ家の疑いが完全に晴れたのか、まだ共謀を危惧しているのか」
「どっちでしょうね。セルチドで事件があったからとは言ってましたけど。王子が修道女に求婚しだしたとか。ロディナ様が言っていた洗脳魔法じゃないですかね? ってなると、修道女は異世界人なわけですが」
「何人こちらにいらっしゃっているのやら。ま、婚約を仕組んだ者でないのは確かですね」
「でしょうね…。あ、今日の作戦会議は何か収穫ありました?」
「ありましたけど、動きづらくなったというか」
力なく椅子に座り、ロディナは今日の出来事を掻い摘んで語る。
「魔法陣なしで転移する侍女ですか。それはまた、背後に立たれたら怖い人が……。でもですよ! 殿下とっておきの従者をロディナ様に付けてくださったわけです。あまり疑うのも――」
『彼女の能力は、どう考えても監視や潜入に向いている』と返そうとして、ある考えに思い至った。
(マルティナさんを使えば、犯人探しはあっという間に終わるのでは? 変装させるとか、魔道具を持たせるとか。もしかして殿下は既に、犯人を絞り込んでいる?)
ガカクの従者ともなれば、彼女を知る要人は多い。けれど魔力探知で個人を判別できる者は少数だ。大半の者は、魔力の量と位置を把握できるだけ。変装で事足りる。
もし、個人を識別できる魔力探知使いがいたとしても、この世には魔力を偽る魔道具があるらしい。大々的に販売されているような代物ではないが、王家の人間なら入手できるだろう。
何よりも彼は、『今の教会に潜り込むのは容易いだろう』と言っていた。王家としては、ロディナが破棄を申し立ててくれるのは有難いとも。つまり、『仕組んだ者を共に見つけよう』と言ったのは、彼が動けない状態にあるということ。
(偽シルフの協力者は、マルティナさんでも立ち入ることができない領域にいる人間。もしくは、彼が言っていたように逃げ回っているか。リストに載っていたのは司教以上の者。おそらく殿下の見立てでは教皇様に近しい――)
「ロディナ様、聞いてます?」
「殿下が共にと言った時点で、気づくべきでした。偽シルフの協力者は思ったより厄介な相手かもしれません」
「え? いきなりどうしたんです?」
困惑を顕わにする彼女に、ロディナは自身の考えを伝える。
「うーんと、つまり王子はほぼ犯人を絞り込んでいると。迂闊に手を出せない人か、世界中を逃げ回っている人。でもロディナ様の目的は、婚約者の立場を利用しての情報収集ですよね。放っておいてもいいのでは?」
「異世界の方々は、世界情勢など興味もないようですし、自身の都合で動くでしょう?」
「あー……。想定外の邪魔者になれば、破棄も躊躇なくするってことですね」
どこか含みのある言い方。ロディナは正面に座るサナのほうへ身を乗り出した。
「確証が得られたらと仰っていましたが、攻略の意味について教えていただけませんか? 彼女たちの目的がわかれば、対処の仕様があるかもしれません」
「むぐぐ……真剣な顔もとーっても素敵! じゃなくて、対処。あの理由を聞いて、対処はなぁ」
サナは俯いて口をモゴモゴと動かしている。
「彼女たちは、異世界で他人の体を乗っ取ることを知った状態で、こちらに来ていますよね。サナさんが例外なだけで」
彼女はわかりやすくビクリと体を揺らした。相変わらず正解がわかりやすい。
「む、無駄かもしれませんよ? あと、ロディナ様に理解していただけるかどうか」
「聞かなくては判断できません」
「ムッとした顔も可愛い…あっ、そうですね。できませんよね……」
サナは両手で音がなるほど頬を叩き、大きく息を吸う。
「こっ、婚活です! わかりやすく言うなら」
「………………コンカツ?」
待ちに待った瞬間。吐き出された意味不明な単語に、ロディナは首を捻った。
サナはやっぱりと言わんばかりに手を振りながら、説明を付け加える。
「彼女たちは物語で知ったこの世界の住民と、結婚しようとしているんです! 意中の男性の攻略を悪役のロディナ様に邪魔されると思ってて」
(攻略の邪魔の意味は理解できましたが。物語で知った異世界の殿方と、結婚? ん?)
頭が理解を拒むとは、まさにこの状態だった。
「サナさんの世界では、結婚するために人の体を乗っ取る必要があるのですか?」
「ないですよ! うぅ、説明難しいな。この世界に来るには、これしか方法がないんだと思います」
異なる世界となれば環境はもちろん、外見は同じでも肉体の強度なども違ってくる。現にサナの世界には、魔法なんてものはないらしい。彼女が言うには、それを解決するために体を乗っ取ったのだという。
「そもそもどうやって異世界に? 魔法がないのに体を乗っ取った方法は? そういった技術があるのですか」
言語の壁やその他諸々は無視するとして、特に疑問なのはこの二つ。
「私が事故でここにいるってことは、転移魔法に近しい技術はあるんだと思います。ここからは推測ですが、その技術を使って魔法を使える人を捕まえて、利用した! とか」
「魔法以外の移動手段でやってきて、都合よく魂入れ替えの魔法を使える者を見つけて、利用したと?」
「……はい」
サナは自信なさげに頷いた。自身が支離滅裂なことを言っている自覚はあるらしい。
「整理させてください。物語の殿方に興味を持ち、サナさんが事故で巻き込まれた技術または魔法により、彼女たちは自主的にこの世界にやって来た」
「そうです。異世界婚活です」
「あの。サナさんが読んだ物語は、この世界の未来を描いていたことになりませんか?」
「えっ?」
「物語で興味を持ち、結婚するためにこの世界へやって来た。そこでは物語通りの展開が繰り広げられていたってことですよね? この世界には運命の精霊という未来視をもつ存在はいますけど、物語執筆のために協力はしてくれないと思いますし」
サナは大きく口を開ける。頭を掻きむしって、座ったまま暴れ始めた。
「うがぁぁ! 無茶苦茶なのはわかってます! お気づきかとは思いますが、私にはどうしてもロディナ様に言いたくないことがあります! 申し訳ございませぬ」
「…サナさんのことですから、きっと私のためなのでしょう?」
苦笑するロディナに、サナは立ち上がって何度も頭を下げる。「ありがとうございます。天使、いや女神!」と手をこすり合わせた。
「でもですね、男性を狙ってこちらに来ているのは間違いありません。信じてください! それが攻略の意味。狙った男性をどうやって落とすかって意味なんです」
ロディナは小首をかしげる。
(今までのエイレアは、執拗にヴァルク様を狙っていた。ペルレさんやそのほかの異世界人たちにも、狙っている殿方が?)
「信じますけど、物語の登場人物と結婚…ですか、理解できませんね」
「ありがとうございます! え、このキャラ好きだな~って思ったりしませんか? それの延長っていうか」
「結婚しようとは思わないかと」
淡白に返すと、サナの騒がしかった動きが止まった。
「そうだった! 我々が異常者なんだった……」
「ちなみに、彼女たちが狙っている方々はわかるのですか? 偽シルフの協力者が狙っている男性を特定できれば、何かの役に立つかもしれません」
いつもの奇行に触れることなく話を進める。
「もっちろんです!」
鼻息荒く言って、サナは獣皮紙とペンとインクを持ってきて何か書き始めた。
「セルチドなら、この四人です。私が対象だと思う人がアレクトンにも四人、フィシンにも四人いるので、一応書いておきますね」
ロディナはサナの斜め後ろに立った。並ぶ文字を見るかぎり、ミカエル王子と聖騎士ディアン、残りの二人の名はサナがくれた本で見た覚えがない。
「サナさん。白髪で教会の人と書かれた、レイズ・エフェメリスさんは?」
外見の特徴が並び始めたところで、ロディナは思わず指差した。白髪の教会関係者といえば、『呪われている』とロディナをニフテリーザに送った司教を想起させる。
「枢機卿です。勇者様の旅の道中で何度も現れる人で、この人も黒幕だと疑われていたんですよ」
「枢機卿が何度も? 視察だと言い張って、勇者一行を付け回していたと?」
「あはは。付け回してました。身分を偽って、『よくお会いしますね。勇者様』なんて言って。怪しいでしょう? でも、実は手助けしてくれていたんです」
「手助けのために、方々へ…。年齢などはわかりますか?」
「三十代くらいかと」
(あの司教も若かった。同一人物なのか、確認する必要がありますね。アダラさんたちの旅の途中に現れるなら――)
サナは手を止め、心配そうに彼女を見上げた。
「邪魔をしてしまってすみません。一度、お会いしたことがあるかもしれないなと。何度目かの繰り返しで」
「思い出してたから、美しくも怖い顔してたんですね」
肯定を返すと、サナはフィシン、アレクトンの四名をさらさらと迷いなく綴る。
「ヴァルク様と――…これで、全員ですね」
最後に並んだのは、婚約者の名。
(ガカク・アレクトン。つまり彼との結婚を狙い、この婚約を良く思っていない方もいらっしゃると)
ロディナの胸に、得体の知れないモヤモヤとした何かが広がっていく。
(…………胡散臭くて、黒幕かもしれない男を狙う人が? 相当な物好きですね)
どこかに存在する女性に何とも言えない気持ちになり、小さく息を吐いた。
「ロディナ様! 役に立ちそうですか」
「はい。ありがとうございます、サナさん」
喜色に溢れ、キラキラと輝く目を見つめてみても、なぜか心は晴れない。一つ解決しても、次々と面倒事が積み重なっていく生活に、ガカクの言うように疲れていたのだろうか。彼の前で油断して、菓子を食べすぎてしまうくらいには。
(今、一番私を疲れさせてるのは、貴方様なんですけどね)




