022.意外な一面
「アダラの誘いは断るのか?」
これからの方針を決め、互いの予定を共有し、帰宅しようと立ち上がったときだった。別れの挨拶を済ませたはずのガカクが、書類から顔を上げる。
「はい。仕組んだ者を見つけるのが最優先ですから」
いつも通りにさらりと返した嘘。
婚約を仕組んだ犯人たちが野放しだろうと、ロディナには正直どうだっていい。偽シルフが目論む処刑さえ回避できれば、魔王討伐まで立場を利用して情報を集められる。
勿論、教会の調査を怠るつもりはない。一度目の人生で出会った白髪の司教は、繰り返しに関与している疑いがある。教会の情報は必要だが、犯人を見つけての婚約破棄は避けたい。
「僕としては非常に有難いが……。魔王討伐という過酷な使命でも、世界中を見て回れる機会はそうそうないと思うぞ?」
ガカクの意図を考える。どう考えても、純粋な厚意とは思えない。
「もしや殿下は――」
「ハッ! 主様と結婚することになってしまったら、ロディナ様の旅行は外遊になってしまいます。今のうちに旅を楽しんでもらおうということですね?」
扉の側に立っていたマルティナが、大変だと言わんばかりに割り込んだ。
「マルティナさん…殿下が仰りたいのは、そういうことではないかと」
首を傾げるマルティナに苦笑を返して、ロディナは続ける。
「私に時間を稼げと仰りたいのですか。婚約期間の延長にも限界がありますし、アダラさんの旅に参加すれば例外として——」
「いや、それはどうとでもなる。僕は立場上、諸外国を気軽に訪問できない。そこが問題だ。犯人が暢気にアレクトンやセルチドで腰を据えて待ってくれているとはかぎらないだろう?」
「勇者一行に加われば、まだ婚約者の私のほうが動きやすいと。情報が手に入ったら、代わりにその国へ調査に向かってほしいわけですね?」
「それもある」
(も? 私がアレクトンから離れる時間が多くなれば、殿下は動きやすくなる、とか?)
ロディナの険しい表情とは裏腹に、ガカクはハーブティーでひと息ついている。
(次、ここまで自由に動ける可能性は低い。調べたいこともまだまだある。旅に同行する利点も、わかってはいますが……分身とかできるようになったりしませんかね?)
ザミを捜すにも、繰り返しの秘密を暴くにも、世界中を巡るのは悪くない。
(ですが物語通りなら、数ヶ月後には魔王が学園へ潜り込み、エイレアを——…。旅をしている間に、サナさんに何かあっては)
暢気に茶を啜る主と目を伏せるロディナを交互に見たマルティナは、焦った様子で口を開いた。
「ロディナ様、主様の我儘に付き合わなくていいのですよ? どこかへ行きたくなったら、わたくしがどこへだってお連れいたします!」
「……マルティナさん」
(ごめんなさい。私は貴方も信用できな——)
「でもですね、胡散臭い主様との結婚は嫌でしょう? 『それもある』なんて、相手に考えさせるような言い方をする人ですもの。破棄のために手を尽くしたほうがいいのは確かです」
(マルティナさん?)
とても主への言葉とは思えない単語が、彼女の口から飛び出す。
ガカクはカップを置いて、眉の片方をくいっと上げた。
「僕のどこが胡散臭いんだ」
「え、あえて申し上げるなら全身?」
「胡散臭いが服を着て歩いていると」
ギュッと握った拳がプルプルと震える。ロディナは口を引き結んだ。
「主様は、胡散臭いの権化ですね!」
「ふぐっ」
急いで口を押さえても、ロディナの声は漏れてしまった。
「もっ、申し訳ございません。殿下」
「君も胡散臭いと思っていたのはよくわかった。兎にも角にも、マルティナの言うようにもう少し考えてみるといい」
「……はい。その、胡散臭いと思っては」
「誰にどう思われようが、どうだっていいと言ったろ? で、同行を勧めたもう一つの理由だが――」
(絶対に、嘘だ…)
ロディナは薄目でガカクの言葉の続きを待つ。
「まず尋ねておきたい。なぜ、時の精霊を調べている?」
ガカクの口元は、いつものように緩やかな弧を描いていた。けれども、眼差しはどこか鋭い。
(貴方様なら、訊ねてきますよね)
ロディナは、彼ならば問い質してくるだろうと踏んでいた。あらかじめ考えていた仮の理由を、頭の引き出しから取り出す。
「実の両親について知りたいからです。時の精霊様は能力の性質上、全てを記憶しているとか。生死だけでも教えていただきたくて。時を遡って会いたいとお願いするのは、調べたかぎり難しいようですし」
僅かに視線を彷徨わせ、ガカクは何か言葉を飲み込んだようだった。
「幼少期の記憶がないんだったな。叔父上の調査報告書にあった。気がついたら森で座っていたとか。僕が思い至るべきだった。申し訳ない」
「気になさらないでください。して、理由というのは?」
居住まいを正す彼に、思わずロディナの体にも力が入る。
「君が読んでいた本の著者以降、時の精霊は誰とも契約していない。今では幻の精霊扱いだ。情報が欲しいなら、本とにらめっこするより、その足で会いに行くほうが有意義だと思わないか」
「勇者様と聖女様がいれば、精霊様に会える可能性が上がると?」
「さぁな。でも、一人には限界がある。僕が信用ならないなら、他を頼れ。体を壊したら、余計に時間を無駄にする」
「周りを疑うことになると仰ったのは殿下ですが」
「全て疑って信じるなとは言っていない。頼れないなら、利用すればいい。アダラに時の精霊を見つけたら教えてくれと言えば、きっと快諾してくれるだろうさ」
「アダラさんたちの負担に——」
言いかけると、彼はふっと呆れたように笑った。
「友人の婚約者が倒れるまで無茶するほうが許せないだろうな、彼は。僕と君を誘ったのも、王族の息苦しい生活を、僕から聞いていたからだ。彼は存外、考えて動いている」
「アダラさんなりの気遣いだと?」
「恐らくは。しかし、周りを疑いながら人の心配か。環境が変わっての疲れもあるのだろうが、菓子を食べまくるほど無茶するのはやめたほうがいい」
「お菓子は、ですね……気をつけます」
美味しすぎてたくさん食べたとは、恥ずかしくて言えない。
「話が逸れたな。あと、引き留めて悪かった。帰ってゆっくり休んでほしい」
「いえ、お気遣い痛み入ります。同行については、もう少し考えてみます。殿下もお仕事はほどほどになさってください」
「わかった。説教しておいて倒れたら笑われてしまうからな。マルティナ、送ってやってくれ」
「うふふ。丸く収まったようで何よりです。ではロディナ様、手を」
今日のお礼を改めて告げてから、マルティナの手を取る。魔力に包まれたと理解する前に、目の前の景色が変わった。
驚かせないための配慮か、ニフテリーザの見慣れた屋敷から少し距離がある。
(一瞬で、ニフテリーザに……。この地も彼女に記憶されている)
「到着いたしました。ニフテリーザ伯にご挨拶をと仰せつかっていますので、取り次いでいただいても構いませんか」
「わかりました。この時刻でしたら、魔物の奇襲がない限りは仕事を終えて――」
恐ろしい能力を持つ侍女を引き連れ、ロディナは屋敷への舗装された道を踏み鳴らした。
マルティナは屋敷に入ることなく挨拶を終えて、ロディナたちの前からガカクの執務室へと戻ってきた。
「ただいま戻りました。おや、主様。何をなさっているので?」
「おかえり。ジュリエット嬢が開発した中性紙とやらの耐久年数を確かめている」
ガカクが持っていた紙は淡く光り、ボロボロと崩れていく。
「その魔法、あまり使わないほうがよろしいのでは?」
「紙一枚程度なら時間を進めるのは問題ない。それより、石灰を使うんだぞ。建築にも農業にも必要な石灰を。こんなものに追加で補助金を出されては困る。金も石灰も無駄だ」
ガカクは摘まんでいた紙の切れ端をポイっと投げた。
「耐久性の向上に石灰が必要なのでしたよね?」
「あぁ。彼女はこの世界での石灰の価値を知らないらしい。何が、耐久性に優れた安価に生産できる紙だ。市場を荒らして僕の仕事を増やす気か? 固形チョコレートによるカカオ買い占め問題もあるというのに」
「あちらの方々は毎回考えなしですね。珍しい物を作って売ればいいと安易に考え、主様に無駄な仕事をさせる」
ロディナと相対していたときより冷たい表情で、マルティナは淡々とカップにハーブティーを注ぐ。
礼を言って受け取ったガカクは、一口飲んで天井を仰いだ。
「しかし、安直な彼女らより厄介なのはロディナだ。あの様子だと、全て覚えている」
言って左手で頬杖をつき、何かを計算するように右手の人差し指でコツコツと執務机を叩く。
「でしょうね。時の精霊だなんて、この世界が繰り返していることを知らなければ調べないでしょうし……定例会議で報告するおつもりですか?」
「しろと言われているからな。どうせ対処は次だ。魔王討伐までは僕に丸投げだろう。ロディナの見張りは任せたぞ」
「承知いたしました。怪しい動きがあればご報告いたします」
マルティナは僅かに微笑んで、恭しく一礼した。
本日、こちらの作品の番外編(短編版)も投稿しました!
サクッと読めますので、お時間がございましたら、ぜひあわせてお楽しみくださいませ。
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