021.信用していません
王族が住むには、あまりにも質素な屋敷だった。華美な装飾や美術品もなく、必要最低限の物だけが並んでいる。
ロディナが特に驚いたのは、使用人の少なさ。魔力探知の限りでは、彼を除いて屋敷には片手で数えられる人数しかいない。
「そこに掛けてくれ。書類はーっと……」
「失礼いたします」
本棚に囲まれた執務室。ロディナは執務机の前に置かれた椅子へ腰掛ける。
彼は机の引き出しから、見慣れない数枚の紙を差し出した。
(獣皮紙ではありませんね。薄くて、白い)
ニフテリーザで使われていたのは主に獣皮紙。薄い褐色でザラザラとしたものが多く、高級品である仔牛の獣皮紙でも、ここまで白くて表面が滑らかなものはない。
「殿下、こちらの紙は?」
「ジュリエット嬢が開発した植物紙だ。木から作られているらしい」
フォレスタ男爵家の次女ジュリエット。以前ガカクが語っていたふざけた婚約破棄が流行るきっかけとなった演劇を手掛けた、新進気鋭の劇作家でもあるらしい。
紙の大量生産には資金が足りないと補助金の申請があり、王家が出資したところ、ガカクの屋敷にもお礼として紙が大量に届いたそうだ。
(演劇に、この紙。ジュリエット様も異世界の?)
木材をすり砕いて作られているらしい紙を撫でる。水車などを使ってボロ布から作る紙とは圧倒的に質が違った。
ガカクの話では、これからフォレスタ家と共に更なる用途開発や、他国へ売り込むことも視野に動いているらしい。
「獣皮紙のように文字を書き換えるのは難しそうですし、案外、契約書に向いているのかもしれませんね。本も軽量化できそうです。耐久性に難はありそうですが」
「ご明察のとおり、燃えやすくて水にも弱い。魔法工房の職人に頼めば、加工できるが、今のところ無価値な代物だ」
王領での獣皮紙の大半は、耐火性のあるもの。火に耐性のある牛系統の魔獣を家畜化し、魔法工房での加工の手間を省いたり、代わりの加工を施したりする。そうしないと王領では相手にされないらしい。
「加工もとなると、専属の職人さんが大勢必要なわけですか。費用が嵩みますね。それに、木材となれば森番の仕事も増えるでしょうし」
「というわけで、いざというときはすぐ燃やせるよう、問題山積の紙を選んだ。学園に在籍する教会関係者リストだ」
ロディナの持つ紙を、ガカクは冗談めかして指差した。
「……。記憶し、この場で処分いたします」
教会を探っていることが露呈する可能性は少しでも減らしたほうがいい。それに、裁きの精霊を連れた男の前でなら、いざというときに潔白を証明できる。
「ロディナ嬢は本当に機転が利くな」
(この人、持ち帰ったら全部私の仕業にするつもりだったのでは?)
ニコニコとご機嫌そうな男を無視して、ロディナは受け取ったリストを熟覧する。
名前はもちろん、学年とクラスと出身地、親がどこの教区の教会に所属しているのか。教師として働く者の名もある。大半が、女神教会の本拠地セルチド出身の司教以上の者たちだった。
サナが異世界人だと疑っている者の名は、残念ながら見当たらない。教皇様に近しい者や、異世界人だと思われる人物と同じクラスの人間を中心に記憶する。
(あれ? セルチドの方が多いのは当然として、アレクトン出身者が一人もいない?)
上目でガカクの様子を窺うと、頬杖をついた彼と目が合って、いつもの笑みを返された。
「あの、殿下。アレクトンの関係者は調べてくださったのですね」
「大臣や叔父上も動いてくれてな。皆、上の命令に従っていただけだった。それと、ニフテリーザ家への疑いも晴れている」
ロディナは思わず顔を上げる。
(ニフテリーザ家から切り崩すのが、手っ取り早いとの判断なのでしょうけれど)
婚約式での行動から、王家が腹に据えかねているのは見て取れた。しかし、ここまで仕事が早いのには驚くほかない。
「気分を害したのなら申し訳ない。ニフテリーザ家は教会の協力者だという意見が大多数でな」
「王家の立場であれば、仕方のないことかと。むしろお忙しいなか、ありがとうございます」
「僕も当事者だ。礼には及ばない。さて、覚えられたか?」
「はい、大方は」
「僕が処分しよう」
ガカクは書類を受け取り、屑籠の上で燃やす。苦労して手に入れたであろう情報が、あっさり灰となってパラパラと落ちていった。
「では、学園内の調査はお任せください。それでも殿下の負担が――」
話を進めようとするロディナを、ガカクは真顔で見つめている。
「何か、懸念がおありで?」
「いやな。仕組んだ人間を絞り込むために、色々と考えたんだ。教会は、何を狙ってこの婚約を仕組んだのだろうかと。我が国を乗っ取るには計画が杜撰、身分格差を訴える手段としても割に合わない」
ニフテリーザ家の関与が否定されたとなれば、王家は尚のこと目的が読めなくなったのだろう。ロディナをわざわざ選ぶ理由は、異世界人にしかわからない。
馬鹿正直に『異世界人が私と貴方の処刑を目論んでいます』とは言えないので、ロディナは誤魔化すしかなかった。
「私は、身分格差は全く関係がないと考えています。仕組みを変えなければ改善は見込めないでしょうし、下手に手を出せば、貴族や教会の在り方を問われることになりかねません」
「同意見だ。教義との乖離は、随分前から指摘されているしな。この婚約はどうにも、教会自らの首を絞めているように思える。反教会の人間が仕組んだなら、納得はできるが」
教会嫌いの権力者や国を敵に回すことになろうが、魔王を倒せば終わると知っている異世界人たちには関係ない。自分たちが物語で知る範囲の世界に、望む変化が起こればそれでいいのだろう。
悪女と黒幕の動きを封じ、円滑に物事を進めたい。世界情勢など知ったことかと、安易に教会を動かしたのかもしれない。そこまで考えて、疑問が生じる。
(サナさんは事故でこの世界へやって来た。あの焦り具合からして間違いない。では、他の者たちは? そもそも、物語を書き換えることに何の意味が? 儀式?)
いやに落ち着き払った歴代のエイレアを思い返していると、ガカクの困ったような声が割り込んだ。
「そこまで考え込まなくていい」
「あ……、その。反教会の者が、紛れ込んでいることもあり得るのかと」
「今の教会なら、潜り込むのは容易いだろうな」
彼は大きく息を吐き、背凭れに身を預けて続ける。
「ま、考えても時間の無駄か。休憩にしよう」
「主様の仰るように、不毛な会話かと」
(え……? 今の声は——幻聴?)
ロディナの背後から唐突に、女性にしては低い声が飛んできた。戸を叩く音も、開く音も、足音も聞いた覚えはない。この部屋には、確かに二人だったはず。
「呼んでもないのに来るやつがあるか。ロディナ嬢が硬直してしまっただろう?」
「わたくしとしたことが! 大変申し訳ございません。お許しください。驚かせるつもりはなかったのです」
「驚かせるつもりしかない行動だと思うが?」
呆れ声を聞きながら恐る恐る後ろを見ると、暗い色のドレスを纏った女性が立っていた。
邪魔にならないよう纏められた真紅の髪。縹色の目を細めて、温顔に笑みを湛えている。
(いつから、後ろに?)
動悸が治まらず、ロディナは浅い呼吸を繰り返した。
「主様、ロディナ様の顔色が」
「お前のせいだぞ」
「そんなっ! どうしましょう。何か飲み物をお持ちしなくては! 確か、良いハーブが」
彼女は言って、音もなく姿を消した。魔力の反応が、一瞬にして屋敷のどこかへ移動する。
(転移魔法? もしかして、彼女が――)
「あー……今ので察したとは思うが、彼女が馬車で説明した使用人、マルティナだ」
「ご紹介に与りました。マルティナと申します。本日よりロディナ様の送迎、学園内での護衛を務めさせていただきます」
茶器を載せた木製の小間車と共に現れ、流れるように会話に入ってきたマルティナ。
ロディナは勢いよく椅子から飛び上がる。
「ろっ、ロディナ、ニフテリーザと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「ふふふ。わたくしのような一介の使用人に、ご丁寧にありがとうございます。主様の婚約者様は、素敵な御方のようです」
マルティナは、鼻歌交じりにカップに何かを注ぎ始めた。
(悪い人ではなさそう、ですけど。護衛より監視や暗殺に向いている転移魔法だとは聞いていませんが)
移動系の魔法は、術者の見えている範囲には魔法陣なしで移動できる。しかし、遠距離や視界に入っていない場所は別だ。魔法陣が浮かび上がるからこそ、事故も防げている。マルティナの移動には、その魔法陣がない。
(何が『疑いは晴れた』ですか。護衛という名の監視。貴方、私のことを一切信用していませんね?)
ロディナは、座ったままのガカクを目を細めて見下ろす。
彼女の憤りを感じ取ったのか、ガカクは右手で頭を掻きながら目を逸らした。
「慣れてくれ。マルティナの移動はいつもこうだ。悪気もない。私室には、入れないことをおすすめする。もしくは魔法を遮断する魔道具を――」
「主様ったら~。さすがに私室には入りませんよ。次からは驚かせないように、もう少し離れた位置への移動を心がけますね。よろしければこちらをどうぞ、ロディナ様」
(距離の問題ではないのですが)
爽やかな香りの立つカップを手渡され、ロディナは小さく会釈する。
「あ、毒味したほうがよろしいですか?」
「いえ。お気遣いありがとうございます。……美味しい、ですね」
「ふふふ。お気に召していただけて嬉しいです。ハーブティーは癖がありますから、蜂蜜を入れておきました。王家御用達の菓子もありますよ」
(監視役から出されたものとはいえ、無下にはできませんね)
「いただきます」
幸せそうに咀嚼する彼女を見たガカクは、手で口を覆って肩を揺らした。
「殿下? 話を続けましょう」
「あぁ、そうだな。菓子が足りなくなるほど、話すべきことはある。マルティナ、なくなったら補充を頼む」
「承知いたしました」
(つまり、食べ放題? こんなに美味しいお菓子を?)
なぜか声を出して笑い始めた彼を、ロディナはキッと睨みつけた。
お久しぶりです。改稿を続けながら、まったりではありますが更新再開いたします。




