セカンドハンドベビー
アリスを「リターン」してから、48時間が経過した。
里奈と和樹の元には、ライフ・ベンダー社の特急配送便によって、傷一つないシルバーのカプセルが届けられていた。
今度の個体は、里奈が神経質に弾いた「左右の指のわずかな長さの違い」もなければ、音楽家が嫌った「泣き声のノイズ」もない。あやせば黄金比の笑顔を返し、眠る時は機械のように静かだ。里奈が事前に細かく指定した仕様書通りの、まさに完璧な「2人目」だった。
しかし、里奈の心は奇妙なほど晴れなかった。
白を基調とした洗練されたリビングのソファに座り、寸分の狂いもない「完璧な赤ん坊」を抱きながら、彼女は凍りついたような手つきでスマートフォンを操作していた。画面に入力されているのは、「LB-99021」――手放したはずのアリスの個体識別番号だった。
「……何してるんだ、里奈。もう終わったことだろう。新しい子が来たんだから、前を向こう」
和樹が淹れたてのコーヒーをローテーブルに置きながら声をかける。平静を装おうとするその声は掠れており、目の下には濃い隈が浮き出ていた。和樹の顔もまた、この2日間で急激にやつれ果てていた。
二人が取り憑かれたように画面を見つめていたのは、正規のルートでは決して表に出ない、ネットの暗部で囁かれる「セカンドハンド・ベビー(二級生命)」という闇市場の噂だった。
【セカンドハンド・ベビー】
ライフ・ベンダー社の公認ルートから外れた「返品個体」の中には、再調整や廃棄のコストを嫌った下請けの管理業者が、密かにデータを偽装して外部へ横流しするケースがあるという。
正規の自販機を購入・維持する資金のない貧困層や、公的な適性審査を通らない層が割安で命を買い取る、通称「廃棄区」と呼ばれるスラム街の裏流通だった。
「……いたわ。この番号、間違いない」
里奈の指先がピタリと止まった。血の気の引いた顔で彼女が見つめていたのは、暗号化された個人売買サイトの掲示板だった。
そこにアップロードされていたのは、かつて自分たちの清潔なリビングにあったものとは似ても似つかない、湿気でカビたコンクリートの床に、直に転がされたアリスの写真だった。よれよれの安物の服を着せられ、ストロボの粗い光に照らされている。
『ワケあり個体(リターン品)。視線に固有のバグありのため格安。初期化パッチ未適用。即引き渡し可能。ノークレームでお願いします』
「嘘でしょう……? 私たちがオプションを吟味して、850万も払って注文したアリスが……たったの5万円で、ゴミみたいに売られてる……」
里奈の声が、恐怖と屈辱で激しく震えた。
写真の中のアリスは、あの夜、リターン・ボックスのハッチが閉まる直前と同じ「不自然な視線」で、レンズの向こう側を真っ直ぐに見つめていた。初期化されず、親に捨てられた記憶のノイズを抱えたまま、5万円の「中古品」として暗い底へ沈んでいく。




