リターンボックス 3
ついに、里奈たちの番が来た。
投函口のセンサーが、アリスの首筋に埋め込まれたICタグに反応し、冷たい電子音が路地裏に響く。
『個体識別番号:LB-99021。認証されました。返品理由を選択してください』
液晶パネルに並ぶ無数の選択肢――「健康状態の不安」「鳴き声の音量過多」「知能成長の遅延」。里奈は迷うことなく、「初期不良(外見的欠陥・イメージ相違)」の項目をタップした。
「……さよなら、アリス」
和樹がその名前を呼ぶ唇を震わせる間もなく、里奈は躊躇なくアリスを抱き上げ、ベルトコンベアと直結したカプセル状の受取トレイに載せた。ガチャン、という重苦しい金属音が、夜の静寂を切り裂く。トレイが奥へと引き込まれていくその振動が、和樹の足元まで伝わってきた。
その瞬間、アリスが目を覚ました。
彼女は泣かなかった。赤ん坊特有の無垢な産声すら上げず、ただ、真っ直ぐに母であったはずの女を見つめ返した。その眼差しは、母を求めているのか、あるいは自分を廃棄する存在への冷徹な観察なのか、判別がつかないほど澄んでいた。
「……あ」
和樹が何かを言いかけて声を漏らす。
完全に閉まった防音ハッチの向こうから、アリスの小さな指が、ステンレスの壁を力なくカリカリと引っ掻くような音が聞こえた気がした。それは、生命が物へと還元される直前の、最後の抵抗のようだった。
「さあ、行きましょう。48時間後には、もっと『最適化』された子が来るわ。今度は指の先まで、ピアノに相応しい完璧な形を指定しておいたから」
里奈は一度も振り返らず、ヒールの音を高く響かせて歩き出す。
背後では、リターン・ボックスのステータスランプが、穏やかな青から警告のような赤に変わり、「清掃・フォーマット・回収中」の文字が点滅を始めた。
それは、ひとつの「命」が名前と履歴を剥奪され、匿名性の高い「在庫」へと戻った合図であった。明後日には、また別の夫婦が、同じ遺伝子コードから生成された「新しいアリス」を、今度こそ完璧な幸福だと信じて、ライフ・ベンダーの自販機の前に立つのだ。




