リターンボックス 2
列の最後尾。そこには、里奈と和樹の姿があった。二人の間に置かれた最新型のベビーカーの中では、アリスと名付けられた赤ん坊が、街灯の冷たい光を浴びて静かに眠っている。
「本当にいいんだな、里奈。……この子を戻せば、もう二度と『同じアリス』には会えないんだぞ」
和樹の声は微かに震え、湿り気を帯びていた。ベビーカーの縁を握る指先が白く強張っている。だが、隣に立つ里奈の眼差しは、冬の夜気よりも冷徹で鋭かった。
「和樹、これは『投資』なのよ。妥協した商品に一生を捧げるなんて、私たちの人生にとって最大の損失だわ。見て、この子の左手の薬指。ほんの数ミリだけど、右より長い気がするの。……完璧じゃないわ」
里奈は、不快なノイズを検知したかのように眉をひそめた。彼女にとってアリスは、慈しむべき娘ではなく、検品ではじかれるべき「不良品」だった。
二人の頭上では、筐体の巨大なモニターが、神々しいまでの高精細映像で政府広報を映し出している。
『少子化は国家の病。ライフ・ベンダー社は、あなたに最適な“家族”という処方箋を届けます』
画面の中では、黄金比で整えられた顔立ちの子供たちが、汚れ一つないリビングで完璧な微笑を浮かべていた。「失敗を恐れる必要はありません。やり直しこそが、最高品質への最短距離です」というナレーションが、福音のように路地裏へと降り注ぐ。
その一方で、広場の反対側では、街灯の届かない暗がりに反対派のデモ隊が固まっていた。
「命をリセットするな!」
「リターン・ボックスは現代の処刑場だ!」
その必死なシュプレヒコールは、夜の街を切り裂くように響く。しかし、行列に並ぶ者たちは一様に、ワイヤレスイヤホンを耳にねじ込んでいた。彼らにとって、デモ隊の声は「管理能力のない旧時代の遺物」が発する、意味を持たない雑音に過ぎない。
里奈もまた、ノイズキャンセリングのスイッチを静かに押し込んだ。
「アリスは、私たちの『最高傑作』であるべきなの。さあ、和樹。もうすぐ私たちの番よ」
前方の機械が、また一つ、低い吸い込み音を立てた。それは、一つの命が「名前」を剥奪され、再び膨大なデジタル在庫の海へと還元される音だった。和樹は力なく頷き、眠れるアリスの乗ったベビーカーを、ゆっくりと黒い投函口の方へと押し進めた。




