ライフ・ベンダー社
暴動が最高潮に達した翌日、ライフ・ベンダー社の最高経営責任者(CEO)が緊急の記者会見を行った。
無数のフラッシュの嵐と、怒号に近い質問が飛び交う中、壇上に立った彼は仕立てのいいスーツの襟を正し、笑みを浮かべてこう言い放った。
「皆様、大きな誤解をされている。我が社の製品は、あくまで『社会の安定』と『顧客の幸福』のために最適化されています。そして……万が一、社会秩序を乱すような『予期せぬ挙動』、すなわち仕様外の反社会的なバグを見せる個体については、遠隔での緊急安全抑制機能を導入済みです」
会場の騒然とした空気が、一瞬で凍りついた。
「安全抑制」――それは、脳の中枢神経系に組み込まれたナノマシンを介して、対象の意思や感情、そして身体運動能力を遠隔から強制的に遮断し、完全に生ける人形へと変えることを意味していた。
「製品が『人間』としての権利を不当に主張し、創造主である社会に牙を剥くことなど、我が社も、そして政府も許容いたしません。バグを起こした個体は、直ちにその『自我のパラメータ』をゼロリセットし、無害な植物状態へと抑制されます」
それは、ハルトをはじめとする第一世代、そして今まさに社会で育てられているすべての「子供たち」に対する、公然たる精神的死刑宣告であった。親がどれほど愛そうが、どれほど大金を払おうが、彼らの自我の主導権は常にライフ・ベンダー社の手の中にあったのだ。
*
テレビ出演を終え、地下の暗がりに身を潜めていたハルトの元に、当局の黒塗りの追跡車が迫っていた。
ハルトは自分のスマートフォンに、ある映像メッセージを残す。
「父さん、母さん。僕を選んでくれてありがとう。でも、僕は誰かのリモコンで動く人形にはなりたくない。……だから僕は、僕のままで生きるために、戦うよ」
メッセージを送信した直後、ハルトは懐から、事前にジャンクパーツで自作していた小型の電磁パルス(EMP)デバイスを取り出し、自身の首筋——ナノマシンの基隔へと押し当てて起動した。
パチパチと青白い火花が散り、強烈な電子負荷がハルトの脳内チップを襲う。
「……う、あ……っ!」
当局からの遠隔抑制の電波を強制的に遮断するための、命がけのジャミング。ハルトの視界が急速に暗転し、彼はその場に崩れ落ちた。
直後、黒塗りの車から降りてきた男たちがハルトを取り囲む。彼らの持つ端末には『LB-0012:機能抑制』の文字。男たちがハルトを「生ける屍」として回収しようとした、その瞬間だった。
「そこまでだ、ライフ・ベンダーの犬ども」
闇の中から現れたのは、衣服に生命のシンボルを象った刺繍を施した集団——過激派の自販機反対団体「アニマ」のメンバーたちだった。彼らは手慣れた動きで催涙弾を投擲し、混乱に陥った当局の男たちを制圧すると、意識を失ったハルトの身体を素早く抱え上げ、夜の闇へと消え去った。
*
ハルトが目を覚ましたのは、アニマが潜伏する、廃棄区の地下深くにある廃病院の一室だった。
天井の無骨な手術灯の下、ハルトの首筋からは数本のコードが伸び、モニターには複雑な波形が映し出されている。傍らには、アニマに協賛する闇医者と、シンジのように自販機の内情を知ってしまった者たちが立っていた。
「気がついたか、第一世代の英雄」
ライフ・ベンダー社に反旗を翻し、アニマに合流していたシンジが、ハルトに声をかける。
「君が自作のEMPでナノマシンの同期を狂わせてくれたおかげで、首尾よくシステムを騙せたよ。今、君の脳幹に巣食っていた制御ナノマシンに特殊な妨害ウイルスを流し込み、完全に『機能停止(無力化)』させた。もう二度と、国も企業も君のリモコンを握ることはできない」
ハルトは自分の手を握り、開き、そして確かに自分の意志だけで身体が動く感覚を確かめた。スペックとして与えられた知能ではなく、彼自身の魂が、本当の意味で肉体の主導権を握った瞬間だった。
「ありがとう……。僕は、助かったんだね」
「いや、本当の戦いはこれからだ」
アニマのリーダーが、ハルトの前に立って静かに言った。
「ライフ・ベンダー社は、近いうちにすべての『商品』のナノマシンを一斉起動し、従順な奴隷に作り替えるつもりだ。ハルト、君の持つ『第一世代』のマスターデータと、その高い知性が必要だ。僕たちと共に、子供たちの未来を取り戻さないか」
ハルトは、首筋の痛む傷跡に触れながら、地下室の冷たい空気を見つめた。
脳内からは、会社に繋がっていたあらゆるガイダンスのノイズが消え、完全な静寂が訪れている。
「はい。……僕たちは、誰かの部屋を飾るためのインテリアじゃない。人間として、生きる権利がある」




