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月海  作者: 月原 悠


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6/7

ホタルの舞う中で

樹木からあふれる春の日差しも、初夏を思わせるものへとうつろっていき、風鈴が風に揺れ、澄んだ音色が初夏の空気に溶けていった。

沢田と妙子は想いを、より育んでいった。


小太鼓の音が鳴った。

笛の音色が怪しそうに聞こえて来た。

外は祭りの賑わいが感じられた。

音に導かれるように沢田と妙子は喜びにあふれかえりながら、うちわで互いにあおいでいた。

笑顔がはじけ彼女は彼に首をもたせて歩いていった。


外は夕闇が優しい微笑を隠せず、人々の笑い声がこだしていた。

祭りの余韻が二人を小川へ導き、周囲はホタルの輝きが飛び交い、薄明かりに提灯がぼんやりと辺りを照らした。

気が付くと川の中央にある、二つの岩に立っていた。


沢田は思わず、小さな妙子の体をそっと抱きしめた。

壊れものを包むように腕を回すと、唇からこぼれた微かな音が耳を撫で、春のかげろうのように、ふたりの間の時が静かにほどけていくようだった。

すると、妙子の表情が突然に曇り始めた。それに気づいた沢田は声をかけた。


「妙子さん、急に元気がなくなったけど、どうしたの?」

「沢田さん、実はお父さんの仕事で引っ越しをすることになったの」

「どうして、急に?」

「生活が苦しくて出稼ぎに行くの。最初はお父さんだけだったのだけど、お母さんが病気がちだから、私も一緒に行くことになったのよ」

「じゃあ、もう会えないの?」

「ううん。三カ月くらいしたら帰ってくるから待ってて」

「わかった」

「時々手紙を書くから返事をくれるでしょ」

「そうするよ」


外の夕闇から悪戯な微笑みが消えた。

辺りにはホタルは既に舞ってはいなかった。

まるで寂しく色あせて勿忘草(わすれなぐさ)のような香りを残していった。


数日後、小さな白いリュックを背に妙子は、小型のトラックへ乗り込んだ。

しばしの別れの時がやってきた。

沢田にはエンジンの鳴る音が冷たく聞こえた。

たとえ短い期間であったとしても、なんだか不安に思えた。

妙子の瞳には、うっすらと流れるものがあった。

沢田は不安な気持ちを押し殺すように妙子に声をかけた。


「早く帰ってきてね」

「うん」


妙子は軽く手を振った。

なぜなら、もう会うことができないように思えたからだ。

トラックの中から遠ざかる沢田を目で追いかけていたら、紫色の蝶が出会いのきっかけの時のように舞い込んできて、いつまでも蝶を眺めては、最初に言葉を交わした時のことを思い出していた。

しばらく、蝶は妙子の目の前を行ったり来たりすると、半開きの窓ガラスから出て行った。

それがなんとなく彼女にとって、沢田との出来事を白黒の映像のように映し出したようであった。


妙子はトラックの中から映る景色に、過去の出来事が映し出された。

過去と言っても、つい最近のことだったが、遥か遠く感じた。

沢田の明るい笑顔と、豊子の悲しい表情が浮かんでは消えて、空にぽっかりと浮かぶ雲が、うっすらと消えていくように思えた。

果たして、このままで上手く生活できるのだろうか? 

引っ越し先の学校の友達と、上手くいくのだろうかと不安な気持ちになった。

僅か三カ月とはいえ、沢田に会えないことが、なんだかいつまでも続くようで悲しかった。


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