ホタルの舞う中で
樹木からあふれる春の日差しも、初夏を思わせるものへとうつろっていき、風鈴が風に揺れ、澄んだ音色が初夏の空気に溶けていった。
沢田と妙子は想いを、より育んでいった。
小太鼓の音が鳴った。
笛の音色が怪しそうに聞こえて来た。
外は祭りの賑わいが感じられた。
音に導かれるように沢田と妙子は喜びにあふれかえりながら、うちわで互いにあおいでいた。
笑顔がはじけ彼女は彼に首をもたせて歩いていった。
外は夕闇が優しい微笑を隠せず、人々の笑い声がこだしていた。
祭りの余韻が二人を小川へ導き、周囲はホタルの輝きが飛び交い、薄明かりに提灯がぼんやりと辺りを照らした。
気が付くと川の中央にある、二つの岩に立っていた。
沢田は思わず、小さな妙子の体をそっと抱きしめた。
壊れものを包むように腕を回すと、唇からこぼれた微かな音が耳を撫で、春のかげろうのように、ふたりの間の時が静かにほどけていくようだった。
すると、妙子の表情が突然に曇り始めた。それに気づいた沢田は声をかけた。
「妙子さん、急に元気がなくなったけど、どうしたの?」
「沢田さん、実はお父さんの仕事で引っ越しをすることになったの」
「どうして、急に?」
「生活が苦しくて出稼ぎに行くの。最初はお父さんだけだったのだけど、お母さんが病気がちだから、私も一緒に行くことになったのよ」
「じゃあ、もう会えないの?」
「ううん。三カ月くらいしたら帰ってくるから待ってて」
「わかった」
「時々手紙を書くから返事をくれるでしょ」
「そうするよ」
外の夕闇から悪戯な微笑みが消えた。
辺りにはホタルは既に舞ってはいなかった。
まるで寂しく色あせて勿忘草のような香りを残していった。
数日後、小さな白いリュックを背に妙子は、小型のトラックへ乗り込んだ。
しばしの別れの時がやってきた。
沢田にはエンジンの鳴る音が冷たく聞こえた。
たとえ短い期間であったとしても、なんだか不安に思えた。
妙子の瞳には、うっすらと流れるものがあった。
沢田は不安な気持ちを押し殺すように妙子に声をかけた。
「早く帰ってきてね」
「うん」
妙子は軽く手を振った。
なぜなら、もう会うことができないように思えたからだ。
トラックの中から遠ざかる沢田を目で追いかけていたら、紫色の蝶が出会いのきっかけの時のように舞い込んできて、いつまでも蝶を眺めては、最初に言葉を交わした時のことを思い出していた。
しばらく、蝶は妙子の目の前を行ったり来たりすると、半開きの窓ガラスから出て行った。
それがなんとなく彼女にとって、沢田との出来事を白黒の映像のように映し出したようであった。
妙子はトラックの中から映る景色に、過去の出来事が映し出された。
過去と言っても、つい最近のことだったが、遥か遠く感じた。
沢田の明るい笑顔と、豊子の悲しい表情が浮かんでは消えて、空にぽっかりと浮かぶ雲が、うっすらと消えていくように思えた。
果たして、このままで上手く生活できるのだろうか?
引っ越し先の学校の友達と、上手くいくのだろうかと不安な気持ちになった。
僅か三カ月とはいえ、沢田に会えないことが、なんだかいつまでも続くようで悲しかった。




