鳩
翌日、豊子は弁当を二つ抱えて、沢田の前に立った。
「沢田さん、今日はね。お弁当を二つ作ってきたの、お昼になったら、一緒に食べよう」
一瞬、隣にいた妙子の表情が浮かんで、沢田は困惑した。
どう答えたらいいのかわからなかったからだ。
妙子はこれまで一度も自分に弁当を作ってきたことはなかったので、妙子の視線が突き刺さるように感じた。
彼女の表情は怒りとも焦りともつかないものだった。
豊子の気持ちを考えると断ることができなかった。
断るべきだったけど、豊子の期待に満ちた目を前にすると、「いや」とは言えなかった。
翌日になって、沢田の前に妙子が現れて、少し得意気な表情を浮かべており、手には豊子の弁当よりも一回り大きな弁当を持っていた。
「ほら、今日は私もお弁当を作ってきたの、一緒に食べよう」
沢田は妙子が弁当を作ってくるとは思ってもいなかったので言葉を失った。
豊子は、妙子の弁当をちらりと見て、わざとらしく微笑んで言った。
「本当? 本当? 私にも見せて、あら、ゆで卵が半分しか入っていないじゃない。私のお弁当には半分ずつ二つも入っているのよ。妙子のお弁当より美味しいわよ」
沢田はさらに困惑した。二人が争うのが目に見えていたからだ。
案の定、言い合いが始まった。
「そんなことはないわよ。私のお弁当は梅干しが二つも入っているのよ」
そう妙子が言い返すと、今度は豊子も強い口調で言い返した。
「梅干しなら、手料理じゃないでしょ。私のお弁当にはたくあんが入っているのよ」
豊子がもっと強い口調で言い返した。
「たくあんも手料理じゃないでしょ。それに私のお弁当の方が大きくていっぱい入ってるの」
「大きいのより、可愛らしいのがいいのよ」
二人で言い合いが始まり、次第に興奮する二人を見ながら沢田は困り果て、か細い声で告げた。
「じゃあ、仲良く三人で食べよう……」
「駄目よ。沢田さん。私のお弁当を食べて」
「妙子のお弁当は美味しくないわよ」
「そんなことはないわ」
さらに興奮していく二人を見かねた沢田は、なだめるように伝えた。
妙子はくるりとした目で豊子を睨みつけ、豊子も細い目で睨み返した。
沢田は二人の顔を交互に繰り返し見ながら、恥ずかしそうにうつむいて食べ始めた。
辺りには梅干しの甘酸っぱい香りが可愛いらしく漂っていた。
その後、豊子は妙子に冷たくあたるようになったが、妙子は黙ったままで、豊子の気持ちが痛いほど伝わってきては悩んでいた。
豊子は恋敵であったが、沢田が自分のことを想っているのは十分に感じていたからだ。
妙子と彼女は幼馴染みでもあったので、豊子の気持ちを考えると、何とも言えなくて自らの心は灰色がかった色のように思えた。
帰りはいつも三人で帰ることが多くなった。
沢田に一方的に話しかけるのは豊子であり、学校で起きた出来事を早口で沢田に話しかけていた。
妙子は豊子の懸命な姿を見ては、目線を下に移し、静かに話を聞いて黙りながら頷くことが多くなった。それは沢田も同じであった。
豊子は沢田に必死に言葉を投げかけるも、悲恋の映画のフィルムとしか自身には映らなかった。
豊子は沢田に告白することができなかった。
なぜなら、明らかに沢田が想っているのは妙子であったことに気づいていたからだ。
それでも豊子は、いつか自分のことを好きになってくれるのではないかと思っていた。
遠く消えゆくような光が豊子を覆っていた。
沢田と妙子は、そのことに気づけば気づくほど胸が痛くなり、どうすることもできなかった。
雲ひとつなく晴れ、蝉の音が騒がしいある日のこと、天気も良かったので、豊子は帰り道に沢田と妙子を近くの公園に誘った。
沢田が住む町は少しずつ賑わいを増していたため、憩いの場として小さな公園ができていた。
公園へ三人が到着すると、白い木製のベンチがあった。
真新しいもので三人には新鮮に感じられ、そこに三人は座った。
ベンチの周囲には、色とりどりの花が咲いており、可愛らしく囲んでいた。
三人は鳩が止まっていたことに気づくと、沢田は小さな木箱に入った無人販売の餌を買った。
沢田が真っ先に公園の中央へ進み、餌をばらまいた。
羽ばたきが乾いた風のように鳴り、鳩たちは一斉に集まってきた。
「ほら、餌をばらまくと鳩が寄ってくるよ」
「あら、本当。私も沢田さんと餌をあげるね」
そう言いながら、豊子は沢田の元へ行き、一緒にばらまいた。
すると、鳩は二人の周囲から逃げるように飛び立っていった。
「おかしいわ。どうして私が餌をあげると飛んでいくの?」
豊子はむすっとした表情でベンチへ戻ってきた。
「じゃあ、今度は私があげるから」
そう笑顔で言いながら、妙子は沢田の元へ行き餌をばらまいた。
すると鳩は二人に喜びの声をあげるかのように集まってきた。
その様子を見て、豊子は悲しくてたまらなく、泣きながら走り去ろうとした。
「豊子、待って」
「もういいの。もういいの。もういいのよ」
「豊子さん、待って」
突然、雨が豊子の涙をかき消すかのように降ってきた。
彼女が走り始めると、路面の水たまりの水がはね上がって、一つの道が悲しみの欠片の足跡を残しては消えていった。




