第8話 終わっていない依頼に、報酬が出ています。
支払い記録の確認は、思ったより順調だった。
依頼書の控えを一枚取る。完了報告書を探す。帳簿の支払い欄と照らし合わせる。金額が合っていれば丸、合っていなければ付箋。前世で千回はやった突き合わせ作業だ。体が勝手に動く。
「アリサちゃん、手がすごい速さで動いてるねえ」
「慣れてますから」
「受付嬢の修行で?」
「……前の、修行で」
嘘は言っていない。前世という名の修行である。
昨日の包帯の剣士さんの狼討伐。弓使いの二人組の大蛙退治。どれも完了報告があって、報酬はきちんと本人に払われていた。危ない仕事をして、安い報酬すらもらえていなかったらどうしようかと思っていたから、そこは少しだけほっとした。
「ほらね、大丈夫だったろう?」
「そうですね。ここまでは」
「ここまでは?」
「まだ半分残ってます」
ベルナードさんがそっとクッキーの皿を私のほうへ寄せた。応援のつもりらしい。ありがたく一枚いただいた。
◇ ◇ ◇
付箋が一枚目に貼られたのは、閉館の鐘が鳴る少し前だった。
「……あれ」
南の谷の魔物討伐。依頼書の控えはある。受注者の名前もある。帳簿の支払い欄には報酬額がしっかり書かれている。
完了報告書だけが、どこにもなかった。
「ギルド長。この依頼の完了報告書、どこかに別にしまってあります?」
「どれどれ。……うーん、見覚えがないねえ」
「でも報酬は払ってることになってます」
「書き忘れじゃないかな。報告書のほうの」
「報告書を書き忘れたら、普通はお金を払いませんよね」
「……そうだね」
そうなのだ。完了報告がなければ報酬は払わない。それがこのギルドの、ほぼ唯一きちんと守られている決まりだった。ベルナードさん本人が昨日そう言っていた。
私は残りの依頼書をめくる手を速めた。
二枚目の付箋。三枚目。四枚目。
全部、討伐依頼だった。
「ギルド長。この四件、全部完了報告がないのに報酬が出ています」
「四件も……」
「しかもどれも、金額がかなり大きいです」
薬草採りの比ではない。狼討伐の何倍もの数字が並んでいる。この四件だけで、毎月の赤字の何割かに届きそうだった。
◇ ◇ ◇
「支払いの手続き、誰がやったんですか」
帳簿の該当箇所を指さすと、ベルナードさんが眼鏡を押し上げて覗き込んだ。
「ああ、これは本部経由の依頼だね」
「本部経由?」
「中央ギルドの本部が受けて、こっちの支部に回してくる依頼があるんだよ。そういうのは報酬も本部がまとめて精算するから、うちは送られてきた精算書を書き写すだけなんだ」
「書き写すだけ」
「うん。で、その分はうちに入るお金から差し引かれる」
「差し引かれる!?」
つまり、こういうことだ。本部が依頼を受ける。本部が報酬を払ったことにする。その報酬分を、リンドヴァル支部の収入から勝手に引いていく。
支部の側は、本当にその依頼が終わったのかを確かめないまま。
「完了報告は、本部のほうにあるんですか?」
「たぶんあるんじゃないかなあ。本部だし」
「たぶん」
「本部のことを疑ったことはなかったからねえ……」
ベルナードさんの声が、また小さくなっていく。
私は付箋のついた四行を見比べた。依頼名。受注者名。報酬額。それから行の端に、小さく書き添えられた記号と数字。
「この端っこの番号、何ですか」
「精算書に書いてあったのをそのまま写したんだと思うよ。本部の管理番号じゃないかな」
四件とも、同じ番号だった。
依頼の内容も、場所も、受注者もばらばらなのに。端の番号だけが、判で押したように揃っている。
前世の記憶が、また小さく警報を鳴らした。経費精算で同じ勘定科目番号がやたら続くときは、だいたい誰かがそこに何かをまとめて押し込んでいる。
「受注者の名前、見覚えありますか」
「うーん……うちの常連さんではないねえ。旅の人かもしれないけど」
私もアリサとしての記憶を探ってみた。毎日のように受付に立っていたはずなのに、四人の名前のどれにも顔が浮かばない。
完了報告のない依頼。誰も顔を知らない受注者。揃いすぎた管理番号。そして確実に支部から引かれていく、大きな金額。
偶然にしては、条件が揃いすぎている。
「ギルド長」
「うん」
「これ、もしかしたら不正かもしれません」
ベルナードさんの手からクッキーが落ちた。
「ふ、不正? 本部が?」
「本部かどうかはまだわかりません。誰かが書類のどこかで、何かをごまかしている可能性がある、というだけです」
「だけ、で済む話じゃない気がするんだけど……」
「済みません。なので、確かめます」
私は四枚の付箋の横に、管理番号を書き写した。
まだ証拠と呼べるものは何もない。あるのは揃いすぎた数字と、嫌な予感だけだ。
それでも、終わっていない依頼にお金が出ていく理由は、どこかに必ずある。




