第7話 安い依頼ほど、命懸けなんです。
聞き取り調査、と言えば聞こえはいい。
実際にやっていることは、受付で手続きを終えた冒険者さんに「ちょっとだけお時間いいですか」と声をかけ、カウンターの端でお茶を出して話を聞くだけだ。お茶はベルナードさん持ちである。本人がやりたがったので任せた。
「依頼の選び方ぁ? そりゃ報酬が高いやつだろ」
最初に捕まえたのは、昨日の閉館間際にいた酒臭い冒険者さんだった。今日も少し酒臭い。
「西の丘の薬草採りとか、ですよね」
「おうよ。あれは朝一番に来ねえと取れねえんだ。俺たち常連で回してる」
「回してる?」
「順番だよ順番。新入りが割り込んできたら、まあ、ちょっと教育してやる」
「教育しないでください」
なるほど。高くて安全な依頼は、古株の冒険者さんたちが早い者勝ちで押さえている。番号札を配る前から、掲示板の前では見えない行列ができていたのだ。
「じゃあ新人さんは、残った依頼から選ぶしかないんですね」
「そういうこった。俺らも昔はそうだった」
彼は悪びれもせずに笑った。悪意はない。ただそれが当たり前になっているだけだ。
◇ ◇ ◇
次に話を聞いたのは、腕に包帯を巻いた若い剣士さんだった。たぶん私より年下だ。
「北の森の狼討伐、受けましたよね。先週」
「……受けました」
「その怪我、そのときのですか」
「はい。三匹って聞いてたのに、六匹いて」
彼は包帯をさすりながら、恥ずかしそうに目を伏せた。
「一人で行ったんですか?」
「仲間と分けたら、報酬が半分になるので」
「四千ゴルドを半分」
「二千ゴルドじゃ、宿代と飯代で消えちゃうんです」
私は手元の比較表を思い出した。薬草採りが八千ゴルド。狼の群れが四千ゴルド。その四千を二人で割れば、一日の生活費にも届かない。
「回復薬は持っていきました?」
「一本だけ。高いので」
「途中で引き返そうとは」
「思いました。でも、失敗したら報酬ゼロですし。違約金も取られるかもしれないって聞いて」
違約金。依頼を途中で放り出したときの罰金だ。たしかに規約にはある。
つまりこういうことだ。安い依頼を一人で受ける。準備にお金をかけられない。危なくなっても引き返せない。引き返したら一文無しになるから。
「……生きて帰ってこられて、よかったです」
「運がよかっただけです」
彼はそう言って小さく笑った。その笑い方が、前世で終電を逃して会社に泊まった同僚にそっくりだった。
◇ ◇ ◇
その日、私は十人以上から話を聞いた。
弓使いの女の子二人組は、東の沼の大蛙退治で片方が毒を受けたと話してくれた。解毒薬代で報酬の半分が飛んだらしい。廃坑近くの見回りを受けた青年は、予定より魔物が多くて途中の記憶があまりないと笑っていた。笑い事ではない。
誰も文句を言わなかった。それが一番怖かった。
「冒険者ってそういうもんですから」
「新人のうちは仕方ないですよ」
「死ななきゃ安いもんです」
閉館後のカウンターで、私はメモを読み返していた。ベルナードさんが隣で黙ってお茶を注ぎ足してくれる。
「ギルド長」
「うん」
「私、昨日まで報酬が高すぎるって話ばかりしてました」
「そうだったね」
「でも本当に怖いのは、安すぎるほうでした」
安全な依頼の報酬が高いのは、ギルドのお金が減るだけだ。危険な依頼の報酬が安いのは、冒険者さんの命が削れる。
同じ赤い数字でも、重さがまるで違う。
「安い依頼ほど、命懸けなんです」
ベルナードさんは湯気の立つカップを見つめたまま、しばらく何も言わなかった。
「……知ってたよ」
「え?」
「危ない依頼の報酬が安いことは、ずっと知ってた。だから少しでもなんとかしたくて、いろいろやってみたんだけどねえ」
いろいろ、という言葉に引っかかった。いろいろって何ですか、と聞きかけて、やめた。今の彼の顔は、それを聞いていい顔ではなかった。
代わりに私は、受注者名簿と報酬の支払い記録を引き寄せた。
危険な依頼を受けた新人さんたちが、ちゃんと報酬を受け取れているのか。せめてそこだけでも確かめておきたかった。
「明日は支払い記録を確認します。危ない依頼の報酬が、ちゃんと本人に届いているかどうか」
「そこは大丈夫だと思うよ。完了報告があれば、すぐ払ってるから」
「完了報告があれば、ですよね」
「うん?」
「念のためです」
前世で学んだ真理その二。大丈夫だと思うよ、と言われた場所ほど、だいたい大丈夫じゃない。




