第6話 冒険者の報酬、高すぎませんか?
空白の支出は一旦保留にした。
問い詰めてもベルナードさんが縮こまるだけなのは目に見えているし、調べる順番というものがある。前世の上司いわく、一番気になるところから手をつけるのは素人のやり方らしい。まずは一番大きな数字から片づける。
そしてこのギルドで一番大きな支出は、冒険者さんへの報酬だった。
「ギルド長。依頼の報酬額って、どうやって決めてるんですか」
「依頼主さんと相談してだね」
「相談して」
「あとは、まあ……なんとなく?」
「なんとなく」
予想はしていた。していたけど、実際に聞くと膝から力が抜ける。
ギルドの仕組みはこうだ。依頼主がギルドに依頼料を払う。ギルドはそこから仲介手数料を引いて、残りを報酬として冒険者さんに渡す。本来ならギルドの懐は手数料の分だけ温まるはずなのだ。
ところが帳簿を見ると、依頼料より報酬のほうが高い案件がいくつもあった。
「これ、差額はどこから出てるんですか」
「ギルドのお金からだね」
「つまり働くほど赤字になる依頼があるんですね」
「そういうことになる……のかな?」
「なります」
◇ ◇ ◇
私は過去三か月分の依頼書の控えを引っぱり出し、一枚ずつ並べた。依頼内容、場所、危険度、報酬額。前世で作らされた比較表の要領で、白紙に線を引いて書き込んでいく。
閉館後のカウンターは、すぐに紙で埋まった。
「……ギルド長。ちょっと見てください」
「うん?」
「これ、西の丘での薬草採りです。魔物はほとんど出ない場所ですよね」
「そうだねえ。新人さん向けだよ」
「報酬、八千ゴルドです」
「あ、それは依頼主さんが急ぎだって言うから」
「こっちは街道沿いの荷物運び。三千ゴルドの依頼料に対して報酬が五千ゴルドです」
「重い荷物だったからねえ。かわいそうだと思って」
かわいそう、で報酬を決めないでほしい。
ほかにも似た案件がぞろぞろ出てきた。依頼主の顔なじみだから。常連さんだから。今月は大変そうだったから。理由はどれも優しくて、どれも帳簿の上では赤い数字になっている。
「安全な依頼なのに、報酬が高すぎませんか」
「でも、冒険者さんたちは喜んでたよ?」
「そりゃ喜びますよ。私だって同じ仕事で倍もらえたら喜びます」
カウンターの向こうから笑い声がした。閉館間際まで残っていた冒険者さんが、酒臭い顔で身を乗り出している。
「姉ちゃんわかってんじゃねえか。西の丘の薬草採りはこのギルドの名物だぜ。楽して稼げるってな」
「名物にしないでください」
「隣町のギルドじゃ同じ仕事が半額だってよ。だからみんなここに来るんだ」
「余計に困る情報をありがとうございます」
依頼が増えているのに赤字が膨らむ理由の一端が、ようやく見えた気がした。安全で楽で報酬のいい依頼が集まれば、冒険者さんは集まる。そしてギルドは働くほど痩せていく。
◇ ◇ ◇
冒険者さんを送り出してから、私はもう一度比較表を見下ろした。
高すぎる報酬に赤丸をつけていく。薬草採り。荷物運び。迷子の猫探し。猫探しが一万ゴルドなのはさすがにどうかと思う。
赤丸が二十を超えたあたりで、私の手が止まった。
「ギルド長。これは?」
「どれだい?」
「北の森の狼討伐です。群れで出るって書いてありますけど」
「ああ、あそこは毎年出るからねえ。危ない仕事だよ」
「報酬、四千ゴルドです」
ベルナードさんの返事がなかった。
薬草採りの半分。荷物運びより安い。それなのに危険度の欄には、依頼主の字で大きく「群れ」と書いてある。
比較表を指でたどる。東の沼の大蛙退治、三千五百ゴルド。廃坑近くの見回り、四千ゴルド。どれも魔物が出ると書かれていて、どれも妙に安い。
安全な依頼ほど高く、危険な依頼ほど安い。
「……逆じゃないですか、これ」
「逆?」
「危ない仕事ほど高くないとおかしいんです。普通は」
ベルナードさんは困ったように頬をかいた。
「危ない依頼は依頼主さんもお金がないことが多くてね。村の人たちとか。だから、あまり高くできないんだよ」
「じゃあ、この依頼は誰が受けてるんですか」
「誰って……」
私は依頼書の控えの、受注者の欄を見た。
並んでいる名前に見覚えがあった。受付で毎日のように番号札を渡している顔ぶれだ。そしてその多くが、冒険者になってまだ日の浅い人たちだった。
「安い依頼を、どうして新人さんが受けるんでしょう」
答えは帳簿のどこにも書いていなかった。
数字だけでは見えないものがある。前世ではそれを確かめる前に、次の書類が積まれていくのが常だった。
でも今は違う。聞ける相手が、毎日カウンターの向こうに並んでいる。
「明日、冒険者さんたちに聞いてみます」
「聞くって、何をだい?」
「どうしてその依頼を選んだのか、です」
赤丸だらけの比較表の端に、私は小さく書き足した。
安い依頼の受注者、要聞き取り。




