第32話 仲間がいると、面倒なことばかりです。
月光草は、摘んだその日のうちに薬にしないと効き目が落ちる。
だから銀葉の谷の合同依頼は、三日がかりの日帰りを繰り返す形にしてあった。朝に谷へ入り、夕方までに摘んだ分をギルドへ持ち帰って、その日のうちに薬師ギルドへ納める。それを三日続けて、五倍の量を集める計画だ。
一日目の夕方。夕方の鐘より少し早く、四人はギルドに帰ってきた。
全員、無事だった。怪我ひとつない。
そして全員、ものすごく機嫌が悪かった。
「……おかえりなさい」
「おう」
「ただいま戻りました……」
「戻ったよ」
「……ました」
四人の挨拶が、見事にばらばらだった。
剣士さんが背負っていた籠をカウンターに下ろす。中の月光草は、たしかに質がいい。でも、量は。
「予定の半分、ですね」
「半分だな」
ガーランドさんが腕を組んだまま答えた。
「何があったんですか」
四人が同時に口を開いた。
◇ ◇ ◇
「こいつが三回も撤退って言いやがったんだよ!」
「だって、気配がしたんです!」
「鹿だったじゃねえか! 一回目も二回目も三回目も、全部鹿だ!」
「鹿だってわかったのは、逃げたあとじゃないですか!」
ガーランドさんとリリアンさんが、カウンターを挟んで睨み合った。
私は両手を上げた。
「お、落ち着いてください。順番に聞きます。まずリリアンさん」
「はい。谷に入ってしばらくしたら、茂みががさがさって鳴って。撤退条件の二回目の気配だと思ったので、みんなに撤退の合図をしたんです」
「撤退条件は、見張りの合図が二回、でしたよね」
「……あ」
リリアンさんの顔が固まった。
「見張りの合図、じゃなくて、自分で聞いた気配で判断しちゃいました」
「ほらみろ!」
「ガーランドさん、まだ聞いてる途中です」
次に弓使いの子。
「あたしはちゃんと見張ってたよ。鹿だってのも見えてた。でも、合図の笛を吹く前にリリアンが撤退って叫んじゃったから」
「笛、吹かなかったんですか」
「鹿で笛吹いたら、それこそ撤退条件の一回目になっちゃうでしょ。だから吹かなかったの」
「なるほど」
見張りは見えていた。でも合図は出さなかった。判断係は合図を待たずに動いた。噛み合っていない。
次に剣士さん。
「僕は、撤退の合図が出るたびに籠を抱えて走って……。三回走って、三回戻ってきて……。採集の時間がほとんどなくて」
「籠を抱えたまま走ったんですか」
「せっかく摘んだのを置いていけなくて」
重い荷物は足を遅くする。レオンハルトさんの声が頭の中でよみがえった。
最後にガーランドさん。
「俺は、新人の判断に従うって約束しちまったからな。三回とも従って走ったよ。鹿から」
「……お疲れさまでした」
「最後は日没の二刻前ってやつで帰ってきた。採集の時間が足りるわけがねえ」
◇ ◇ ◇
話を聞き終えて、私は額を押さえた。
誰も悪くなかった。いや、少しずつ全員が悪かった。そして、一番悪かったのは計画を立てた私だった。
撤退条件は決めた。でも、その条件を「誰が」「何を見て」判断するのかが曖昧だった。見張りの合図を待つのか、判断係が自分で決めるのか。鹿と魔物をどう見分けるのか。荷物はどうするのか。
紙の上では完璧に見えた計画が、現場では穴だらけだった。
「仲間がいると、面倒なことばかりだな」
ガーランドさんが吐き捨てるように言った。
「一人なら、鹿かどうかなんて自分で見りゃわかる。誰かに合わせて走る必要もねえ。採集だって、自分のペースでやれる。だから俺は一人がいいんだ」
「……」
「お前の合同依頼ってのは、こういうことだ。四人いりゃ、四倍面倒になる」
リリアンさんが、ぎゅっと唇を噛んでうつむいた。
私は少し考えてから、口を開いた。
「ガーランドさん。一人だったら、今日はどうなってました?」
「あん?」
「今日の谷に、一人で入っていたら」
「そりゃ、採集もできて、見張りもして」
「月光草の見分けは」
「……」
「ガーランドさん、採集はいくつでしたっけ」
適性管理表の数字を思い出す。ガーランドさんの採集は、二だ。
「月光草と、そっくりな毒草の見分けがつかない人が一人で入ったら、毒草を籠いっぱいに摘んで帰ってきます。剣士さんが一人で入ったら、採集に夢中で周りが見えません。弓使いさんは見張れても摘めません。リリアンさんは、逃げることはできても戦えません」
四人が黙った。
「仲間がいると、面倒なことは増えます。でも、一人じゃできないことができるようになります。今日は面倒なほうだけが出ちゃいました。それは仕組みが悪かったからで、皆さんのせいじゃありません」
◇ ◇ ◇
それから一刻、五人で話し合った。
撤退の判断は、見張りの合図を基準にする。判断係は、見張りの合図を受けて全員に伝える役。自分で気配を感じたときは、まず見張りに確認する。
見張りは、魔物の可能性があるものを見たら必ず笛を吹く。鹿だとはっきりわかるときは、笛ではなく手で合図を送る。
採集した月光草は、小分けの袋に入れて、撤退のときは袋ごと置いていく。命と籠なら命を取る。
「あと一つ」
ガーランドさんが、ぶっきらぼうに付け加えた。
「鹿と魔物の見分け方は、俺が明日の朝、谷の入口で新人どもに教える。一回しか言わねえからな」
「ガーランドさん……」
「勘違いすんな。また鹿で三回も走らされたらたまらねえからだ」
リリアンさんが顔を上げた。
「あの、ガーランドさん。今日は、すみませんでした」
「……謝るこたねえよ。気配で止まれるのは、悪いことじゃねえ」
「え」
「止まれねえやつのほうが多いんだ。ただ、止まったあとに確かめろ。それだけだ」
リリアンさんの目が、少しだけ潤んだ。
話し合いが終わったあと、私は改めて明日の計画表を見直した。
紙の上だけで考えた結果が、今日の半分の収穫だ。だったら、明日は紙の外に出なければいけない。
「ガーランドさん。明日、私も谷の入口まで同行させてください」
「は? お前が?」
「谷の中には入りません。集合地点の大岩で待って、皆さんの動きを記録したいんです。今日みたいなことが起きたとき、何がうまくいかなかったのかをその場で見ておきたいので」
ガーランドさんは呆れたように天井を見上げた。
「お前、本当に現場が好きになったな」
「好きというか、紙だけじゃ足りないってわかったので」
「……大岩から一歩も動くなよ」
「動きません」
その夜。家に帰る前に、ギルドの扉の前で、ふと思い出したことがあった。
朝、門のほうへ歩いていったレオンハルトさん。結局、今日は一度もギルドに顔を出さなかった。
あの人は、どこへ行っていたのだろう。




