第31話 初めての合同依頼、出発です!
合同依頼の案件は、思ったより早く見つかった。
「銀葉の谷で、月光草の大量採集?」
「はい。薬師ギルドからの依頼です。冬に向けて薬の在庫を増やしたいそうで、普段の五倍の量が欲しいと」
ギルド長室で依頼書を広げると、ベルナードさんが眼鏡を押し上げた。
銀葉の谷は、南の丘のさらに奥にある。剣士さんが月光草を採っていた丘より一段深い場所で、危険度は二。魔物は少ないけれど、谷が広いぶん見通しが悪い。
「五倍の量となると、剣士くん一人じゃ無理だねえ」
「無理です。採集に夢中になっている間、周りを見張る人もいません」
「だから合同依頼、なんだね」
「はい。採集する人と、見張る人と、いざというときに全員を連れて帰る人。役割を分けます」
私は冒険者適性管理表を広げて、名前に印をつけていった。
採集は、採集五の剣士さん。月光草を見分けられるのは、このギルドで彼だけだ。
索敵は、目のいい弓使いの子。谷の上から周囲を見張ってもらう。
撤退の判断と、全員の誘導は、リリアンさん。講習で唯一生き残った子だ。
「あと一人。全体のまとめ役と、万が一のときに前に立つ人が要ります」
「誰にするんだい?」
「それが、問題なんです」
まとめ役には、経験と、現場を知っていることと、いざというときに戦える腕が要る。
条件に合う人は、二人しか思い浮かばなかった。一人は協調性一の人。もう一人は、講師をやらないと言い張っている人。
◇ ◇ ◇
「断る」
デジャヴだった。言った人は違うけれど。
「ガーランドさん、まだ何も」
「合同依頼のまとめ役だろ。聞こえてたよ。カウンターでそんだけでかい声で話してりゃな」
「……聞こえてましたか」
「聞こえてた。断る」
ガーランドさんは腕を組んで、そっぽを向いた。
「俺は一人でやるのが性に合ってる。若いのを引き連れて、子守りなんてごめんだ」
「子守りじゃありません。全員、適性に合った役割があります」
「新人二人に、中堅一人だろ。子守りじゃねえか」
「リリアンさんは新人ですけど、撤退の判断はガーランドさんより早いかもしれません」
ガーランドさんの眉が跳ね上がった。
「……なんだと?」
「講習で、レオンハルトさんの奇襲から唯一生きて帰ってきたのが、リリアンさんでした」
「あの元Sランクから?」
「はい」
ガーランドさんはしばらく黙っていた。それから、ちらりとカウンターの端を見た。そこではリリアンさんが、ほかの新人さんたちと依頼書を眺めながら笑っていた。
「……ガーランドさんの十か条、覚えてますか」
「俺が言ったんだぞ。覚えてるに決まってんだろ」
「五つ目。仲間がいるなら、行く前に逃げる方向を決めとけ」
「……」
「仲間がいる依頼のことも、ちゃんと考えてくれてたじゃないですか」
ガーランドさんは盛大に舌打ちをした。
「お前、本当にずるいな」
「よく言われます」
「誰にだよ」
「ギルド長と、レオンハルトさんに」
ガーランドさんは天井を仰いで、深いため息をついた。
「一回だけだ。うまくいかなかったら、二度と付き合わねえからな」
最近、この台詞をよく聞く気がする。
◇ ◇ ◇
出発の前日。ギルドの奥の小部屋に、四人が集まった。
ガーランドさん。採集五の剣士さん。目のいい弓使いの子。リリアンさん。
「では、合同依頼の打ち合わせを始めます」
私は銀葉の谷の地図を広げた。弓使いの二人組が前に描いた分布図をもとに、谷の地形を書き足したものだ。
「月光草の群生地はここ、谷の底です。剣士さんはここで採集に専念してください」
「は、はい」
「弓使いさんは、谷の東側の岩場から周囲を見張ってください。何か見えたら、この笛で合図を」
「了解!」
「ガーランドさんは全体のまとめ役です。採集地点の近くで、剣士さんの護衛を兼ねてください」
「おう」
「リリアンさんは、撤退の判断係です」
ガーランドさんが顔をしかめた。
「撤退の判断を、新人に任せんのか」
「判断係です。決めるのはリリアンさんですが、全員がそれに従います。ガーランドさんも」
「……俺も?」
「はい。昔の依頼書の撤退条件と同じです。条件を決めておいて、条件を満たしたら、誰が何と言っても帰る」
私は依頼書の撤退条件の欄を指さした。新しい依頼書に、昨日から復活させた欄だ。
撤退条件。見張りから二度の合図があった場合。または、日没の二刻前に達した場合。判断係の合図で、全員即時撤退すること。この場合、違約金は発生しない。
「撤退の方向は、谷の西の出口。集合地点は、谷の入口の大岩です」
「逃げる方向を、先に決めとくってわけか」
「ガーランドさんの五つ目です」
ガーランドさんは何も言わずに、ふんと鼻を鳴らした。
リリアンさんは、緊張した顔で地図を見つめていた。
「あの、受付さん。私で本当に大丈夫ですか。ガーランドさんみたいなベテランの人がいるのに、私が判断するなんて」
「大丈夫です。リリアンさんが一番、逃げるべきときをわかっていますから」
「……がんばります」
ガーランドさんは腕を組んだまま、じろりとリリアンさんを見下ろした。
「おい、新人」
「は、はい!」
「お前が逃げろって言ったら、俺は逃げる。約束だからな。けど、くだらねえ理由で逃げろって言ったら、そんときは怒鳴るぞ」
「……はい!」
前途多難な予感がした。
◇ ◇ ◇
翌朝。南の門の前で、四人を見送った。
「では、いってらっしゃい! 全員無事に帰ってくるまでが依頼ですからね!」
「わかってるよ。母ちゃんかお前は」
ガーランドさんがぶっきらぼうに手を振る。剣士さんは籠を背負ってぺこりと頭を下げ、弓使いの子は笛を首から下げて元気に手を振った。リリアンさんは、地図を胸に抱えて何度も深呼吸をしていた。
四人の背中が、街道の先に小さくなっていく。
「アリサちゃん、心配かい?」
いつの間にか隣に来ていたベルナードさんが、私の顔を覗き込んだ。
「心配です。でも、これ以上はできることがありません」
「準備は全部したもんねえ」
「はい。あとは、四人を信じるだけです」
信じて、任せる。前世の私が一番苦手だったことだ。全部自分で抱え込んで、誰にも任せられなかった。
でも今は、適性表があって、撤退条件があって、十か条がある。そして何より、四人がいる。
ギルドに戻る途中、通りの向こうから黒い外套の人が歩いてくるのが見えた。
「レオンハルトさん。おはようございます」
「……今のは、ガーランドか」
「はい。合同依頼で、銀葉の谷へ」
レオンハルトさんの足が、一瞬だけ止まった。
「銀葉の谷」
「月光草の採集です。危険度二の」
「そうか」
それだけ言って、彼はまた歩き出した。
その背中が門のほうへ向かっていくのを見て、私は少しだけ首をかしげた。ギルドとは反対の方向だ。
まあ、あの人にはあの人の用事があるのだろう。
そう思って、私はカウンターに戻った。




